百三十八話 レベル差の謎を紐解いてみよう
魔物に逃げられるという衝撃的な事態に、閃いたレベル差の可能性を確認するため、素材収集を切り上げる。
深夜の暗闇が明け、夜明けの時間の美しい薄青の木漏れ日が降り注ぐ中、お気に入りになっている神殿裏まで戻って来た。
巨樹にやわらかく背をあずけ、情報収集ならばと開いた石盤に、語り板のページを映す。
『なになに~~???』
ふよふよと石盤へと近寄ってきた、小さな三色の精霊さんたちが不思議そうな声を上げるのに、微笑んで答える。
「えぇ、レベルについての情報を、少し調べてみようかと思いまして」
『れべる~~!!!』
興味津々、といった様子でくるくると舞う精霊のみなさんに微笑みを深めつつ、さっそくレベルについての情報を探していく。
「ええっと……[レベルの効率的な上げ方]、[初心者用:レベル上げが簡単な狩り場]……[レベル差の影響?]、これですね」
レベルについて書かれたさまざまなタイトルの中から、それらしきタイトルを見つけて内容を開くと、書き込んだかたの考察と思しき文章が並んでいた。
いわく、一応レベル差による影響自体は存在するように思うが、しかしまだまだ検証が必要で詳しいことは分からない、とのこと。
それはプレイヤー対魔物だけではなく、プレイヤー対プレイヤーにおいても、まだはっきりとしたものは分かっていないらしい。
存在するように思う影響とは、やはりさきほどの私と同じく魔物に逃げられるという体験から導き出したもので、端的に言うと魔物より自身のレベルが遥かに上であれば、好戦的な魔物も逃げるのではないか、というものだった。
「ふむ……さすがにまだ、明確な答えは出ていないようですね」
そっと片手を口元にそえ、思案しながら呟く。
しばらく無言のままに、他の情報もないかと語り板の文字を視線で追う。
ただ、さきほどの情報以外では、現状私自身が閃いた内容と同等ていどの情報しか載っていないようで、小さなため息と共に語り板を閉じる結果となった。
さて……それならば、とそくざに気持ちを切り替える。
語り板で明確な情報がないのならば――直接、ご同輩にたずねてみよう!
「エルフの世迷言板」
凛と響かせた言葉に応じ、石盤のページが切り替わる。
この際、思い切って同じエルフのシードリアのみなさんが語り合う、世迷言板に問いを投げかけてみようではないか。
ちょうど会話が止まっていた世迷言板の中、そっと石盤に伸ばした指先で文字記入欄をなぞり、新しく文字を打ち込んでいく。
[こんにちは。少々おたずねしたいことがあるのですが、どなたかいらっしゃいますか?]
声かけに似た文字には、すぐに反応があった。
[なにか、お困りですか?]
[いますよ~! どうしました?]
[見てますよ。質問どうぞ]
快い応えに、自然と微笑みがうかぶ。
さいわいにも、おたずねすることはできそうだ。
さっと文字を打ち込む。
[応じていただき、ありがとうございます。実はさきほど、エルフの里でハーブラビットという魔物を見かけたのですが、戦おうと思い近づくと、逃げて行ってしまいまして]
「ほう」
[あぁ、なるほど]
[逃げられましたか]
説明の文章に、すぐさま入るあいづちを読む限りでは、すでに状況を把握したかたがいるらしい。
頼もしく思いながら、つづきを打つ。
[はい。そのことから、好戦的な魔物でも、戦闘をさけて逃げていくことがあるものなのかと、気になったのです。みなさんは、このようなご体験はありますか?」
少し緊張を感じながら、疑問を問う。
果たして――。
[ありますよ]
[俺もあります]
[私はまだそういう状況になったことはありませんが、事前テストの情報でなら聞いたことがあります]
「なんと!」
『おぉ~~!?』
予想以上の返答に、思わず声が出た。
書かれている内容を分かっているような、分かっていないような、絶妙な驚きを示す精霊さんたちの可愛さに一瞬気をとられながら、素早く文字を打ち込む。
[お二方もご体験なさっているのですね。それに、事前テストでもそのような事例があったと]
[はい]
[ですね]
[たぶん、この仕様は正規版でもかわっていないみたいですね]
[なるほど……。あの、もしよろしければ、この件についてみなさんの見解をきかせていただけませんか?]
[かまいませんよ]
[よろこんで]
[いいですよ]
[ありがとうございます、お三方]
とんとんと進む会話に、口元の微笑みを深めて本題に入る。
[私は、本来好戦的な魔物に逃げられてしまう現象は、プレイヤーのレベルが魔物よりも高いために引き起こされるものなのではないか、と考えているのですが、みなさんはいかがでしょうか]
[レベル差、ですか?]
[えぇ]
[……あぁ、たしかに一理あるかと]
少しだけ文字を打ち込んでいると思しき間があいた後、残りのお二方からも文字が送られてきた。
[俺の実体験で言うと、スライムは逃げなかったけど、ラビット系の弱い魔物だと逃げられました。なので、レベル差が原因だとすると、一部は例外もありそうですね]
[事前テストでは、レベル差がありすぎると、圧力のようなものを感じたり、デバフがかかったりしていたらしいので、ありえると思いますよ]
「おや、なるほど」
貴重な情報に、呟きを零しながらうなずく。
[たしかに、私もハーブラビットには逃げられて矢を狙い撃つのに苦労しましたが、ハーブスライムとは問題なく戦うことができました]
先に一理を示してくれていたかたの追加の言葉に、確信が湧いた。
[なるほど……それでは、スライムは少々謎が残りますが、レベル差が原因であること自体は間違いないようですね]
[おそらくは]
[ですね。スライムは例外みたいですけど]
[そうですね。スライムは謎ですけど]
事実上の答え合わせに、満面の笑みが広がる。
若干スライムの謎が残ったものの、レベル差に関してはやはりゲームの仕様として影響があると考えて、間違いないだろう。
一度深くうなずき、納得と感謝をそのまま文字にして伝える。
[ありがとうございます。気になっていたレベル差についての疑問が解けました。みなさんとのお話から、また一つ【シードリアテイル】の魅力を知ることができたように感じます]
[それは何よりです]
[それは良かったです]
[お役にたてて良かったです]
「とても素敵な方々でしたねぇ」
あたたかに連なる文字に、微笑みを返す。
一礼をする気持ちで、しめの文字を送った。
[お話、ありがとうございました。とても楽しかったです]
[こちらこそ、学びになりました]
[お話楽しかったですよ~! またいつでも質問どうぞ]
[質問大歓迎なので、また分からないことがあればきいてください]
[はい。またの機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。――それでは]
[はい]
[また~]
[またね]
優しい言葉に見送られて、穏やかな感情のままに石盤を消す。
レベル差についての謎はあるていど解け、素敵なシードリアのかたがたとの会話も楽しむことができた。
満足感に、ついにこにこと笑顔になってしまうが、これはそのままにしておこう。
『しーどりあ、おはなしたのしかった?』
「えぇ、とても」
小さな水の精霊さんの問いかけに、笑顔で即答する。
とたんに、三色のみなさんの輝きが強くなった。
『よかった~!』
『たのしいの、いいこと~!』
『いいこと~!』
「はい! いいこと、ですね」
くるくると嬉しげに眼前で舞いながら、そう言葉を紡ぐみなさんに、うなずきと肯定を返す。
しみじみと、貴重で素晴らしい学びの時間だったことをかみしめていると、ちょうど現実世界では昼食の時間になったことを知らせるように、夜明けの時間から朝の時間へと切り替わった。
また少し空へ帰ることを精霊さんたちに伝えて、そのまま空へ帰るための準備をおこない、巨樹の根本に腰を下ろしてログアウトを紡ぐ。
やがて――感覚の戻ってきた現実世界でも、喜びの感情はしばらく、口元に残っていた。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。