百三十七話 効能確認と脱兎の魔物
※戦闘描写あり!
名案に従い、美食に感謝しつつお会計をすませて食堂の外へ出た後は、人通りが少ないと分かっている、大老様たちの家々に近しいほうの森の中へ踏み入る。
すでに幾度となく戦い、その動きが分かっているウルフたち相手ならば、新しい魔法の効能を試すにはちょうどいい相手だろう。
空の色に黒が宿り、夜の時間になったことを周囲の闇色が告げる。
――夜戦はもはや、お手のもの。
そう言っても過言ではない実戦の数々を思い出しながら、肩と頭の上にくっついてくれている、小さな三色の精霊さんたちへと紡ぐ。
「お料理の効能が残っている間に、ウルフのみなさんをお相手にして、新しい魔法の確認をしましょう」
『かくに~ん!』
『だいじ~!』
『は~い!』
精霊のみなさんの快い返事に微笑みつつ、トンっと軽く地を蹴り、手近な枝の上へとのぼる。
上から見やった前方に、五匹が連れそって進むホーンウルフの群れを一組見つけ、そちらへと迷わず枝を蹴って近づき、優雅に眼前へと降り立った。
もちろん、これが魔法使いにあるまじきおこないであることは、百も承知している。
とは言え、今回は距離を開けていては、魔法の効果の確認ができないので、ご愛嬌ということにしていただきたい。
灰色の毛並みのウルフたちが、すぐさま赫い炯眼で睨みつけてくるのに対し、フッと不敵な笑みを返す。
さぁ――新しいオリジナル魔法の、真価を確認しよう!
『グルアッ!』
鋭いうなり声と共に、五匹が同時に飛びかかってくる。
慌てず、焦らず、〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を二段階目に移行。
見えざる癒しの水滴をまとうそよ風は一転、この身を包む、流水をまとった旋風へと変化して、五匹の攻撃をものともせずに弾き返した。
「――上出来です」
瞬間的にあふれた満足感に、つい小さく呟きながら、次は倒すための魔法を発動する。
中範囲型のオリジナル攻撃系複合下級風兼氷魔法〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉が展開し、冷たい風がぶわりと周囲に吹雪いた。
同時に発動した〈恩恵:夜の守り人〉に、授けてくださったとある神様へと感謝を念じる。
冷たい空気に氷魔法らしい特徴を感じながら、薄く青銀色をまとう守護の旋風の隙間から周囲へ視線を注ぐと、キラキラと煌いて吹きつける細氷が、すっかりあたりを凍らせていた。
見事な氷像となった五匹のホーンウルフは、やがて灰色の旋風となってかき消える。
最後に、パキンと涼やかな音を立てて周囲一帯の凍結状態が解除され、魔法が終了した。
残されたのは、のほほんと立つ私と精霊さんたちと、ホーンウルフの角と魔石だけ。
圧倒的な勝利に、うっかり笑みが零れた。
「ふふっ、とんでもない確認になりましたね」
『しーどりあ、つよかった!』
『しーどりあ、さいきょう?』
『しーどりあ、すご~い!』
「ありがとうございます、みなさん。やはりレベルが上がることによる魔法の威力の向上は、侮れませんね。それに、恩恵の偉大さも」
『おんけい、かんしゃ~~!!!』
「えぇ、感謝です」
一度消した〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を再度かけ直し、一段階目の状態で持続させながら、精霊さんたちに深々とうなずきを返す。
二つの魔法の効能は明らかに素晴らしいと、これで確認できた。
もう一度とある神様へと感謝しつつ、ホーンウルフの素材と魔石を回収する。
料理のバフはもう少しつづくはずだが、魔法の確認はもう充分だ。
ではお次は何をしようかと、考えながらひとまずウルフたちの縄張りを離れて、逆方向へと足を進める。
この先は以前、交流してとんでもない贈り物をいただいたフォレストアウルさんや、護りの崖の存在を知った散策で、薄い緑色の兎の姿をしたハーブラビットたちの群れを見かけた場所だ。
今日もフォレストアウルさんはいるだろうか?
少し気になりそのまま歩みを進めてみたものの、高い枝の上を見回しても、フォレストアウルさんの姿はない。
少々残念だが、せっかくここまで足を延ばしたのであれば、素材収集でもしておくとしよう。
肩と頭の上で、時折ご機嫌にぽよっと跳ねる精霊のみなさんへ、声をかける。
「みなさん。少し素材探しの散策をしようと思います」
『そざいさがし~!』
『そざいだいじ~!』
『そざいおしえるよ~!』
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
『うんっ!』
小さな土の精霊さんへお願いして、さっそく手近な場所にある素材から収集していく。
お馴染みのマナプラムやリヴアップルに、まさかの二度目ましてな希少素材マモリダケ!
土の精霊さんに導かれて、次々と素材をカバンに入れていくのは、実に楽しい散策時間で、思わず夢中になる。
まったりとおこなう素材収集は、夜から深夜へと時間が移ったその後も、しばしつづいた。
ひととおりフォレストアウルさんの巣の周辺で素材をとり、ふぅと一息をつく。
もうすぐ夜明けの時間になるだろうかと、夜空を見上げたちょうどその時――スキル《存在感知》が発動し、前方に魔物の存在があることを知らせてくれた。
サッと油断なく前方へ視線を向けて確認する。
結果、フォレストアウルさんのかわりとばかりに《存在感知》に引っかかったのは、遠くの前方地点に移動してきて下草を食んでいるらしい、ハーブラビットの群れ。
ハーブスライムよりは強く、しかしアースウルフよりは弱いと、魔物図鑑に記されていた魔物だ。
ひとまず危険度はそう高くないと考え、静かに現地動物である森兎よりも、よほど兎そのものの姿をした魔物を眺める。
こうして見ていると、やはり森兎のほうが魔物と言われるような姿をしている気がするのだけれど……。
【シードリアテイル】の幻想的な大地では、こちらが魔物なのだから、不思議なものだ。
つらつらとそんなことを考えながら、そう言えばと思い出す。
あのハーブラビットの群れは、見かけたことはあったが、まだ実際に戦ったことはなかった。
フッと、小さく不敵な笑みが思わずうかぶ。
未知なる体験――それはすなわち、ロマン!
体験したことがないのであれば、ぜひとも体験してみたいところだ。
アースウルフよりも弱いのであれば、もっと近くでよく観察しながら戦っても大丈夫だろう。
油断だけはしないように、と気持ちを引きしめ、トンっと軽やかに大地を蹴る。
ふわりとした跳躍の後、ハーブラビットの群れの手前へと着地し、赫いつぶらな瞳と視線が合った瞬間――ものすごく勢いよく、逃げられた。
「は、え……?」
反射的に、意味をなさない声が口から出る。
まさしく、脱兎のごとく、とはあのハーブラビットたちを指す言葉だったに違いないと、頭の片隅で思うほど……その動きは、素早かった。
四方八方へとぴょんぴょん跳ねて散り逃げていく姿を、思わず呆然と見送る。
若干混乱する頭で、丁寧に記憶を引っ張り出す。
……間違いなく、魔物図鑑には、普通に襲ってくる魔物だと、書かれていた。
その襲ってくるはずの魔物が、脱兎の魔物となったのは、なぜか?
はて……?
首をかしげながら、逃げて行ったハーブラビットの群れが消えた先を、またたく緑の瞳で見つめる。
『にげた~!』
『はやかった!』
『たたかわない~?』
「戦え……ませんでしたね」
『あれぇ~~???』
驚きと疑問を宿した小さな三色の精霊さんたちの言葉に、状況理解が追いついた結果のかすかな苦笑と共に言葉を返す。
不思議そうな声が周囲に響く中、同じく不思議さで心を満たしていると、ふいに閃きが降る。
好戦的な魔物だが、この森の中では弱い魔物に分類されるだろう、ハーブラビット。
それが、今の私を見て逃げ出した、その理由は……!
「……もしや、レベル差の影響、でしょうか?」
王道の理由を呟いた声を、夜風がひらりとさらっていった。