百三十六話 六日目は思案と美食から
※飯テロ注意報、発令回です!
スッキリとした目覚めに微笑み、そのまま朝の散歩としゃれ込む。
てくてくと歩きながら、昨日の終わり際に習得したオリジナルの中級魔法のことが気になり、語り板で中級魔法についての情報を探ってみるも、まだ目新しい情報はない。
じっくり情報を探っていると、つい散歩が長引いてしまった。
慌てて散歩を切り上げ、朝食をとってゲームを遊ぶ準備を整えたものの……。
「データ更新ですかねぇ……」
また創世の女神様の美しいお歌のはじまりに、小さく苦笑を零す。
とは言え、焦ってもなにかできるわけではない。
美しい空の空間で咲きほこる、流れ星を煌かせる白い花を眺めつつ、まったりとお歌を聴いて待機する。
結果的に、普段より一時間遅れのログインは、美しい歌声と共に少しだけさらに遅れることになった。
ログインした瞬間、胸元にぽぽんっと小さな衝撃。
『しーどりあ~~!!!』
「おっと! みなさん、少々遅くなりましたが、ただいま戻りました」
『おかえり~~!!!』
歓声のように上がった小さな三色の精霊さんたちの声に、衝撃の正体を察しながら言葉を返して瞳を開く。
胸元にぴたりとくっついた精霊のみなさんを優しく撫でながら、優雅にベッドから起き上がる。
見やった窓の外は、宵の口を示す色合いを帯び、静かに夜の訪れを告げていた。
中級魔法はもちろんのこと、地底湖ダンジョンについてなども、書庫の本やクインさんから情報を収集したかったのだけれど……。
「うぅん……クインさんが夜の時間までしかいらっしゃらないことを考えますと、ゆっくりお話は聴けそうにありませんね」
『おはなし、きけない?』
「えぇ。昨日習得した魔法や、冒険をした地下空間についてなど、色々と調べてみたかったのですが……朝になるまでは、素直に他のことを楽しみましょうか」
『はぁ~~い!!!』
情報収集をいったん断念して、ではと気持ちを切り替える。
昨日の収穫はなにも、中級魔法だけではない。
《並行魔法操作》も三つから五つ、魔法を並行して発動することができるようになったのだ。《隠蔽 三》も、ぜひとも有効活用したい。
ふっと好奇心を秘めた微笑みをうかべて、まずはと精霊のみなさんをお呼びする。
「〈フィ〉」
短い詠唱に応じ、小さな多色の精霊さんたちがぱっと白亜の部屋に満ちた。
つづけて〈ラ・フィ・フリュー〉と〈アルフィ・アルス〉を発動させ、〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を両脚にまとわせてから、三つの魔法を《隠蔽 三》で隠す。
今日はここに、〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を加えるべく、発動を意識した。
浮遊感に似た魔力が消費される感覚と同時に、身体を包むようにふわりと水気をまとう涼しげなそよ風が吹く。
定期的にゆったりと長髪とマントを少しだけゆらす新しい魔法に、中級魔法の謎は横に置いて、実にロマンあふれる仕上がりだと、満足さに笑みが深まった。
効能に関しても、持続展開により、これでいわゆる常時回復状態ができあがったことになる。
――我ながら、やはりずいぶんと素敵な魔法を習得できたのではないだろうか?
見目も効能も素晴らしいこの魔法ならば、中級魔法になったのもうなずけるような気がしてきた。
にこり、と微笑みを顔に広げ、小さな三色の精霊さんたちへと声をかける。
「さぁ、本日もまずは、お祈りをいたしましょう!」
『おいのり~~!!!』
元気な声を上げるみなさんを肩と頭に乗せ、宿部屋を出て広間へ降り、精霊神様に天神様、魔神様に獣神様へと、それぞれのお祈り部屋にて《祈り》をおこなう。
特に変化なく終えたお祈りに、次は……と巡らせた思考が、すぐにこの後の行動を決めた。
さっそくと神殿の外へ出ながら、精霊のみなさんに伝える。
「みなさん。お次は以前川で獲った、お魚を食べに食堂へ行きましょう」
『おさかな~~!!!』
告げた言葉に、ぽよぽよと跳ねる感触と反応が可愛らしい。
小さく笑みを零しながら、まだ明るい宵の口に染まる土道を歩む。
歩みに合わせるかのように、癒しのそよ風が金から白金へいたる長髪と緑のマントをゆらす様子は、やはり魔法と言う神秘らしいロマンを感じて心が躍る。
見えないほど細かく散る水滴の涼しさも、合わせて楽しみながら進むと、食堂へつくのはあっという間だった。
ゆるむ口元を穏やかな微笑みに戻し、扉を開く。
そくざに嗅覚を満たす美味しそうな香りに、うっかりゆるみかけた頬をなんとかたもち、ぴゅーっと近くに飛んできてくれた緑の中級精霊さんへあいさつをする。
『いらっしゃいませ~!!』
「こんにちは。――本日は、近くの川で獲ったお魚を持ってきたのですが……」
流れるように持ち込みの食材があることを告げると、キラリとつぶらな瞳が煌いた。
『もちこみ食材ですね!! どんな食材でも、とびきりおいしく料理しますって、料理人がいってました!』
「おや! それはとても嬉しいです。では、こちらの食材をお願いいたします」
四枚の翅をぱたぱたとゆらし、声音を弾ませて伝えてくれる緑の中級精霊さんへ、カバンから《同調魔力操作》でうかしながら取り出した薄紅魚の魚肉をお渡しする。
どこからともなくするすると伸びてきた蔓で器用に魚肉を受け取り、『しょうしょうおまちください~!』という言葉と共に厨房へと届けに行く姿が、頼もしくも可愛らしい。
思わずにこにこと笑顔になっていると、すぐに戻ってきた小さな背中は、いつもの席まで案内してくれた。
本日は持ち込み食材の料理だけを食べると伝え、葉のコップに満ちたさわやかな水を飲んで待つことしばし。
『おまたせしました~!! うすべにざかなのムニエル、です!!』
「ありがとうございます。頂きますね」
『えへへっ! おたのしみくださいませ~!!』
コトン、と机の上に置かれたお皿に、緑の中級精霊さんへとお礼を告げる。
満面の笑顔での言葉にこちらも笑顔を返し、ぴゅーっと去っていく背中を見届け――いざ、実食開始!
「恵みに感謝を」
『かんしゃを!!!』
胸の中央に両の掌を重ねて当て、食前のあいさつをしたのち、小さく頂きますを重ねてフォークを握る。
ムニエルと伝えられた料理名の通り、バターのような香りが立つ、一口大に切り分けられた白い魚肉にフォークを刺し、口へと運ぶ。
ほくほくの熱さと、濃厚な味わい……それにペッパー系のスパイスが混ざり、淡白な魚の旨味を引き出している!
お世辞など思いうかべる必要もないほど、本当にとても美味しい!!
「以前の香草焼きも美味しかったですが、ムニエルも美味しいですねぇ」
『おいしいの、いいこと~!』
『よかった~!』
『いっぱいたべて~!』
「ふふっ、えぇ!」
くるくるとお皿の近くを楽しげに舞う、小さな三色の精霊さんたちを眺めながら、薄紅魚のムニエルを頂く時間は、まさしく至福。
味わいながらも、あっという間に完食してしまった。
「とても美味しかったです……」
ほぅ、と吐息を零し、満足感にひたる。
さわやかな水を食後のお楽しみとして飲んでいると、ふと料理が一時的に能力を向上させる、バフ効果を持つものだったことを思い出した。
灰色の石盤を開き、基礎情報のページをざっと見てみるが、それらしい表記はない。
ならばと開いた装備情報のページを見て、思わず違和感のある面白さに軽く笑ってしまった。
以前このページで、付与魔法の確認が出来たことから、何かしらの効果があるものは表記されるのではないかと思っての行動だったが、どうやら大正解だったらしい。
なぜか追加されている料理の項目を、口元の笑みをそのままに見てみると、[薄紅魚のムニエル]と刻まれている料理名の下に、しっかりとバフ効果の説明文が書かれていた。
「[食後一時間に限り、生命力が少し増加する]ですか。とてもシンプルで確実なバフですね」
ようやく確認できた食事の本来の役割に、微笑みが深まる。
石盤を消し、最後の一口だった水を飲み終えると、ふわりとほんの少し鮮やかに長髪がゆれるのを視界の端で見て――この流れで、新しいオリジナル魔法を試してみようかと思いつく。
タイミングよく閃いた名案に、フッと不敵な笑みが、小さくうかんだ。
ではお次は――食後の運動へ!