百三十五話 幕間十三 とても綺麗な所作だった
※主人公とは別のプレイヤーの視点です。
(幕間九のプレイヤーさんです)
【シードリアテイル】を遊びはじめて、二日目。
このゲームのサービス開始日から数えて五日目の今日は、物珍しげに里の中を歩く後発組が、増えているように見えた。
昨日の僕と同じ楽しげな表情への同感と、同時に思い出した昨日抱いた感動とで、胸が躍る。
しかし、後発組が増えるという状況自体には、特別驚きはない。
これほど素晴らしい没入ゲームが、話題にならないはずはないんだ。
現実のほうでも、すでにずいぶん興味深い新作没入ゲームだと、評判になっているくらいだからね。
昨日からこのゲームを楽しんでいる身としては、この人気も至極当然のことだと感じる。
思う通りのキャラクタークリエイト、美しい世界観、鮮やかな五感に、自由度の高さ……。
魅力を上げると、キリがない。
かく言う僕自身も、もう【シードリアテイル】のトリコだ。
「さて、今日は――」
低いハスキーな声で呟きながら、広間へと背筋を伸ばして歩いていく。
昨日、広間にいた三名の指南役の中から、剣を武器とするなかなかさわやかな好青年と、どこか親近感が湧く杖を持った美女に、軽く剣と魔法の扱い方を習った。
これをもう一度練習してから、貰った依頼紙にあるハーブスライムって言う魔物との実戦に向かいたい。
買ったばかりの細身の剣を左腰にたずさえて、広間に着いてすぐ訓練をはじめる。
魔法のほうは、魔法名を声に出せばいいだけだから、そこまで難しくはないのだけれど、剣のほうはそうもいかない。
別に、特別振るうのが難しいわけではなくて。
さすがの自由度の高さと言うべきか、この世界の剣の扱いは一応型があるものの、ほとんど自己流で問題ないことが、逆に魅力的すぎるんだ。
特に僕のような――いついかなる時も、美しく流麗な剣線を描きたい者にとっては。
じっくりと剣を振り動きの練習をして、手に馴染んでから、鞘におさめる。
ふぅ、と軽く吐息を吐き、迷わずに足を目の前の森へと踏み出した。
さて――ハーブスライムの、お手並み拝見。
「――うん。意気込むほどではなかったかな」
剣を鞘におさめ、首の後ろでまとめた長い白金色の髪を、首元に伸ばした片手でさっと払う。
『かった~!』
『しーどりあ、つよい!』
「まぁまぁってところだよ」
それなりに斬り合えたハーブスライムとの戦闘を楽しんだ後に交わす、精霊の子たちとの会話はどこかくすぐったい。
闇夜から一転、薄青の光が美しい空色に変わって、森を幻想的に彩る夜明けの時間に、感動を覚えながら紫紺色の瞳を細めた。
「昨日も見たけれど、やはりこの時間は格別に美しいね」
『うつくしい~!』
『よあけのじかん、すき~!』
「君たちもそう思うかい?」
『うんっ!!』
風と水の下級精霊の子たちの返答に、満足気な笑みがうかぶ。
美しさを共感し合うことは、素晴らしいことだ。
軽快に、気の向くままに足を進めて、幻想的な森を堪能していると、里の入り口近くに出る。
「少し、向こうの川で涼むとしよう」
『わ~い! かわ~!』
『わ~いわ~い!』
入り口のその後ろ側――僕たちエルフのシードリアが、はじめて目を開いた拓けた場所のその奥を見て笑む。
昨日偶然見つけた小さな川は、すでに僕のお気に入りの場所になった。
あのせせらぎが恋しくて、スタスタと拓けた場所を通りすぎ、森の中へ入る。
うわついた心で前を見つめて歩いていると、森の奥からこちらに誰かが歩いてくるのが見えた。
なぜだろう。不思議と見覚えがあるような気がする。
記憶に引っかかるような、この感覚はなにか気になって、ちらりと歩いてくる人物を見て――ひらりとゆれた緑のマントで、閃いた。
高速移動と高速戦闘をしていた、あのプレイヤーだね!
距離が近づいてはっきりと見えたのは、なんとも美麗な若いエルフの青年。
こと美しさと言うものに重きを置く、この僕が美麗と表現するからには、他の人たちから見ても美しく見えるのは間違いない。
風と水と土の三体もの下級精霊を連れている麗しの君を、素通りするのは僕の信条に反する。
――美しき者と敬愛できる者には、最大限の敬意をもって接すること。
この個人的な信条に従い、迷いなく進めていた足を止め、慣れ親しんだあいさつを口にする。
「ごきげんよう」
同じように足を止めた麗しの君をうかがうと、とても自然で優雅な所作で、不思議で見事な一礼をしてくれた。
胸元にそえられた手の指先まで上品で、かたむけた上半身の角度も素晴らしい。
さらりと零れた、グラデーションのかかった淡い金の長髪が眩しくて、思わず瞳を細める。
顔には出さずに内心だけで驚いていると、上がった穏やかに微笑む美貌にそろう、緑の瞳と視線が合った。
「ごきげんよう」
――あぁ、まさか声まで好いとはね。
返された、男性にしては高めでやわらかでいて、同時に深みまで感じるような美声でのあいさつに、感動めいた気持ちになって思わず足を前へ進めた。
この僕が見惚れるような美しい一礼に、美しいごきげんようは……ちょっとさすがに、魅力的すぎる。
すぐに麗しの君も歩き出した音に、少しだけ安堵しながら思う。
驚くほど希少で素敵な――とても綺麗な所作を見ることができた、この巡り合わせに感謝を。
※明日は、
・六日目のはじまりのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!