百三十四話 水風織り成す変転の魔法
後方にある神殿の入り口から、眩く朝日が射し込むのを感じる。
夜明けの時間から、朝へと移り変わった明るさと共に、穏やかにしめくくられたロランレフさんとの会話を終え、精霊神様のお祈り部屋へと入り込む。
本来神殿をおとずれたのは、閃いた魔法を習得するため。
静かに湧き上がる好奇心に、ひっそりと口角が上がった。
精霊神様の神像のそばで楽しげに舞う、小さな精霊のみなさんを見守りながら長椅子に腰かけ、両手を組んで《祈り》を発動。
地底湖ダンジョンでの水の上級精霊さんとの出逢いなどをご報告し、日々の感謝を伝え――次いで、新しい魔法の想像へと移行する。
夜明けの時間を歩む中で、挑戦したいと閃いた魔法は、少々複雑なもの。
《二段階属性魔法操作》により、一段階目と二段階目の魔法操作が可能ならば、例えばそれぞれの段階で魔法の役割を変えることもできるかもしれない、と。
今回はそう思った結果、実際にそうした魔法を習得することができるのか、挑戦をしてみたくなったのだ。
ゆえに――イメージするのは、二つの役割をもつ魔法。
一段階目では回復、二段階目では守護の効果を発揮する魔法を考えていく。
風属性の銀の色を隠したやわらかなそよ風と、水属性の青の色を隠した水の雫が、持続的に回復効果をもたらす一段階目。
転じて、敵の攻撃を弾く水の旋風となって身を護る二段階目。
見目も美しい、魔法痕を隠した水と風属性の複合魔法を鮮やかに、強く強く想像し――やがて、しゃらんと音が鳴る。
すぐそばで髪をゆらす涼しげな風が止み、閉じていた瞳を開くと前方には二つの文字が輝いていた。
「[《複雑属性魔法操作》]と……[〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉]!」
思わず読み上げ、目当てのオリジナル魔法が習得できたことに笑みを深める。
ただ、もう一つ獲得したスキルのほうは、名前からおおよそは想像できるものの……どうやらオリジナル魔法と関係があるようなので、先にこちらを確認しておこう。
灰色の石盤を開き、わくわくとのぞき込む精霊のみなさんと一緒に、まずはスキルのほうを確認する。
「[《複雑属性魔法操作》]は……[魔法操作の一つで、型・系統・属性の異なる属性魔法を、並行・複合・段階の属性魔法操作を加えてあつかう。この操作であつかえる魔法は、属性魔法同士のみ。能動型スキル]――ほほう」
キラリと緑の瞳を煌かせる気持ちで、口元に片手をそえて興味深さに考え込む。
説明文を読む限り、今回オリジナル魔法を習得できたのは、おそらくこのスキルのおかげだろう。
様々な属性魔法を、さまざまな魔法操作にてあつかうことができるようになった、と解釈することができる説明文に、また大きくオリジナル魔法の可能性が広がったように感じた。
このスキルはきっと、これから先おおいに役立ってくれることだろう。
好奇心と、同じくらいほくほくとした満足感に、ゆったりと笑みを広げる。
浮足立つ心のままに、お次は習得したオリジナル魔法の説明文を見やった。
「[無詠唱で発動させた、持続型のオリジナル回復系兼防御系、複雑中級風兼水魔法。発動者の身体を包むように吹く銀の色を隠したそよ風と、青の色が見えないほど細かく散る水の雫が全身の怪我を回復し(一段階)、敵の攻撃を流し弾く流水をまとう旋風へと変化して守護する(二段階)。二段階の魔法操作が可能。無詠唱でのみ発動する]」
あぁ、まさしく想像した通りの、完璧な魔法――だけれども!
もう一度、最初の一文を読み返し、あえて初手は流した驚きを引き戻した。
「まさかの、中級魔法ですか!?」
『わ~~!?』
『ちゅうきゅう!』
『すご~い!!』
小さな三色の精霊さんたちと顔を見合わせ、認識した驚愕を共有する。
――なにがどうしてこうなった!?
「え、えぇぇ……。いくらオリジナル魔法とは言え、まさか、中級魔法を習得できるとは……」
『びっくり!!!』
困惑と共に言葉を零し、精霊のみなさんがつづけた驚きに深いうなずきを返す。
たしかに、鮮やかに強くおこなった想像が、この魔法を形作ったという結果に、間違いはないだろう。
それにしても、中級魔法になるのは、さすがに予想外が過ぎる。
ここはまだ、序盤も序盤、最序盤のはじまりの地。
驚くほど素晴らしい加護がかかっている特別な場所であるのは事実だが、だからと言って中級魔法を習得できるような条件がそろっていたとは、思えない。
いったい、どのような条件が噛み合った結果の産物なのだろう……?
全力で戸惑いながらも、しかしすでに魔法自体は習得しており、使えないというような表記もない以上は、問題なく使用できるということに変わりはない。
「これはまた……とんでもない魔法を習得してしまった気がしますねぇ」
『しーどりあ、すごい!』
『すごいまほう、おぼえた!』
『すごいまほう、すごいしーどりあ!』
「あははは……」
思わず、視線を彼方へと飛ばす。
私よりよほどはやく驚きから立ち直ったみなさんの、率直な褒め言葉には、若干かわいた笑みを返すことでしのぐ。
とは言え……この件はいくらなんでも謎なので、またのちほど書庫にでも行って新しい情報がないか調べてみよう。
今後の方針が固まってしまえば、後は前進あるのみだ。
ひとまず今は――心からの感謝を、精霊神様に捧げるとしよう。
そうして、真摯にお祈りをすることしばし。
唐突に耳に届いたチリンという鈴の音に、顔を上げる。
「おや?」
つい零した疑問の声と共に、眼前にうかぶ文字を視線でなぞった。
光り輝くのは[《並行魔法操作》の発動数が増加]と[《隠蔽 二》の昇格]の文字。
つまり、この二つのスキルがより使いやすい状態に変化した、ということだろう。
少しばかり高揚した気分で説明文を開き――二つのスキルの変化が、明らかにさきほど習得したオリジナル魔法のおかげだと、刹那に察する。
「《並行魔法操作》は、三つから五つ、並行発動できるようになりましたか……。あ、《隠蔽 二》は普通に《隠蔽 三》になってくれていますね。なぜでしょう、とても安心します……」
『しーどりあ? よしよし、する?』
『なでなで、する~?』
『どっちも、する?』
「……えぇ。ぜひ、どちらもお願いいたします」
『はぁ~~い!!!』
並行発動できる魔法の数が三つだった状態から、一気に五つになった《並行魔法操作》の説明文を見たあたりで、もう驚きが一周回ってしまった。
それはもう、隠蔽できる数が順当に二から三になったことに、安堵するくらいには。
小さな三色の精霊さんたちに、よしよしなでなでと頭や手や頬をふわふわと撫でられる感触だけが、今の癒しだと言えるだろう。
――よし。今日はこの癒しをしっかり受け取ってから、ログアウトしよう。そうしよう。
静かに降り積もっていた、嵐のような驚きと深淵に似た謎に、いったん考えることを放棄する。
そっと《祈り》を切り上げ、精霊のみなさんに撫でてもらいながら神殿の広間を横切り宿部屋へ。
小さな多色と水の精霊さんたちに感謝を伝えて見送り、空へ帰る準備を終え、撫でつづけてくれていた三色のみなさんをそっと両手で抱きよせる。
「みなさん、とても癒されました。本当にありがとうございます」
『えへへ~! よかった~!』
『しーどりあ、げんきになった?』
『いっぱい、いやされた?』
「えぇ! もうすっかり元気です! この後、またしばらく離れることが、とてもさみしくなるほどに」
冷たい水気と、そよ風と、ほんのりあたたかな土の香り。
三色の精霊さんたちそれぞれの特徴を掌に感じながら、ベッドへ横になる。
振り返ると、この五日目はなんとも怒涛の一日だった。
地底湖ダンジョンでの冒険に、浄化と水中遊泳……それに、中級魔法である〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉の習得。
実に充実し、そしておおいに驚くこととなった今日という日を締めくくるのは、精霊のみなさんという特大級の癒しだ!
淡い三色の色を放つ小さな精霊のみなさんに、とびきり穏やかに微笑む。
「みなさん――また、のちほど」
『うんっ! またね!』
『またね、しーどりあ!』
『またね~!』
掌の中の可愛らしい返事を聴きながら、ゆっくりと瞳を閉じる。
吐息を吐くように、静かにログアウトを呟いた。
ぐっと感覚を戻した現実世界で、早々に眠りにつく。
明日は、オリジナル魔法の謎を解決できればいいなぁと、そう思いながら。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。