百三十二話 水の流れるその先は
夕食をすませ、寝る準備までしっかりおこなってから、【シードリアテイル】へログイン!
『おかえり!!! しーどりあ!!!』
「みなさん、ただいま戻りました」
闇が降りた深夜の暗い森には、小さな三色の精霊さんたちの輝きがよく映える。
嬉しげな言葉に微笑みを返し、いつもの準備をおこなう。
一瞬、〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉と〈アルフィ・アルス〉のどちらを持続発動させるか迷い、両方発動することに決めた。
この時間ならば、両脚にまとう風の付与はあまり目立たないため、《隠蔽 二》で隠すのは〈ラ・フィ・フリュー〉と〈アルフィ・アルス〉の二つの精霊魔法にする。
「小さな精霊のみなさん。本日もよろしくお願いいたします。水の精霊のみなさんも、かくれんぼをお願いしますね」
『は~い! っていってる!』
『かくれんぼ、いいよって!』
『みんなでかくれんぼするって~!』
「ふふっ、ありがとうございます」
〈ラ・フィ・フリュー〉を発動してくれている小さな多色のみなさんと、〈アルフィ・アルス〉を展開してくれている小さな水の精霊さんたちの言葉を伝えてくれる、三色のみなさんの心遣いがありがたい。
ふっと夜闇にまぎれた色とりどりの精霊さんたちの姿を見届け、背をあずけていた巨樹から立ち上がる。
穏やかな夜風に、金から白金へといたる長髪と緑のマントがゆれ、流れた横髪を払った片手が、星のカケラの耳飾りに触れた。
そっと伸ばした指先で、そのつるりとした感触と冷たさを楽しみながら、小川のせせらぎに耳を澄ます。
何とはなしに流れて行く水の先を視線で追い、ふと湧いた好奇心に、口角が上がった。
そうだ――この後は、小川を下ってみよう!
『なにかおもいついたの? しーどりあ?』
『わくわくしてる!』
『ぼくたちも、わくわく!』
精霊のみなさんへと視線を戻した直後、そう紡がれた言葉に思わず緑の瞳をまたたく。
私が方針を伝える前に、言葉通りわくわくとした雰囲気で問いかけるみなさんに、自然と微笑みが深まった。
「おや、やはりみなさんにはお見通しですか」
『えっへん!!! おみとおし~~!!!』
お茶目に返すと、小さな三色の精霊さんたちも、得意げに返してくれる。
その可愛らしさとやりとりの楽しさに笑みを零し、改めてみなさんへと方針を紡ぐ。
「実は、この後は川をたどって、お散歩をしようかと思っておりまして」
『かわ~~!!』
『おさんぽ!』
『おさんぽ~!』
小さな水の精霊さんがくるんと一回転し、風と土の精霊さんがふわふわと小さな身体をゆらす。
素早く眼前から肩と頭の上に移動した精霊のみなさんが、そろってぽよっと跳ねた。
『しゅっぱ~~つ!!!』
「ふふっ。えぇ、まいりましょう」
元気なかけ声に笑い、足を踏み出す。
小川はさらさらと清らかな水音をたてながら、ゆったりと蛇行して森の中を横切っており、そのすぐそばをのんびりと歩いて行く。
時折見かける薄紅魚を、食材として認識した以上は少し確保しておこうか、という気持ちで見やり、〈オリジナル:無音なる風の一閃〉で魚肉と骨にしてから、《同調魔力操作》を使って空中に引き上げカバンへと収納する。
すいすいと泳ぐ姿を捕らえるのは難しいので、ならば初手から食材にしてしまえば……という思い付きが見事に成功して、少々不敵な笑みがうかんだ。
『しーどりあ、かっこいいおかおしてる!』
『かっこいい!』
『かっこいいおかお~!』
「おや、その様な表情をしていましたか?」
『うんっ!!!』
楽しげにぽよぽよと肩と頭で跳ねる精霊のみなさんに、かっこいい表情だったと言われてしまっては、もう一度うかべないわけにはいかない。
再度フッと不敵な笑みをうかべてみせると、きゃっきゃと歓声が上がり、まるで戦闘後のような高揚感が満ちる。
――実際は、魚を獲っていただけなのだが。
たわむれながらの散歩は軽快に進み、やがて前方に護りの崖が見えてきた。
どうやら小川をたどることができるのは、ここまでらしい。
上流と同じく、見上げた先さえ見えない断崖絶壁の底へと吸い込まれるように流れ込む水を、立ち止まって静かに見送る。
さらさらと崖の底へと消えて行く水の先には、いったいどのような光景があるのだろう?
そもそも、上流も護りの崖の先から流れてきているのだ。
この水はどこから来て、そしてどこへ流れていくのか……。
「……いつか、その始点と終点を見てみたいものですね」
不思議な感慨深さを小さく呟き、サァ――と明るさを変えた空を見上げる。
美しい夜明けの空から、薄青の光が鮮やかに降り注ぎ、その眩さに思わず瞳を細めた。
あっという間に薄霧が満ちた幻想的な森を見回し、すぐそばで薄霧とたわむれはじめた精霊のみなさんに微笑む。
そっとみなさんへと両手を伸ばし、声をかける。
「この素敵な森を楽しみながら、ゆっくり里へ戻りましょう」
『はぁ~い!!!』
元気な返事と、ぽんっと両手の上に乗った小さな三色のみなさんに、笑顔とうなずきを返し、また小川をたどって帰路につく。
美しい夜明けの森を歩むのは、本当に心地が好い。
水のせせらぎを聴き、幻想的な光景を眺めていると、素敵な閃きも降るというもの。
ふいに習得に挑戦してみたい魔法を閃き、自然と足が神殿のほうへと向いた。
実際は里へと戻る方向としては何も変わっていないので、そのまま森の中を歩む。
森が拓けている目醒めの地が前方に見えたあたりで、そこからこちらへと歩んでくる人影が見え、おやと思わず眉を上げた。
初心者装備の服装を見る限り、シードリアのかたで間違いないだろう。
五日目も終わりが近づくこの時間に、新しく目醒めたかただろうか?
少し興味をひかれたものの、ぶしつけな視線を向けるのは失礼になるので、かわりに穏やかな微笑みをうかべて歩を進める。
前方から歩いてくるシードリアのかたも、同じように歩調をゆるめず進んでいるので、すぐに距離が近づいた。
さらりと背中側で細くゆれる白金の長髪は眩く、すっと背筋を伸ばし、さっそうと歩いてくる姿は手本にしたいほどかっこいい。
ふと立ち止まったその姿に、こちらも反射的に足を止めて、視線を向ける。
凛々しい美貌にそろう切れ長の紫紺色の瞳と視線が合い、その口元にうかぶシエランシアさんのものとよく似た不敵な笑みが、穏やかにゆるんだ。
「ごきげんよう」
そう紡いだ低いハスキーな声は、低くとも女性の声。
女性らしい美しさはあるものの、私が以前着ていたものと同じ初期装備の服をまとうその姿は、圧倒的にかっこよさが目立つ。
――なんとも素敵な、男装の麗人だ。
自然と深くなる口元の微笑みを上品に整え、右手を背中にまわし、左手を右胸へと軽く二度当てて、優雅にエルフ式の一礼をおこなう。
顔を上げて、お相手の表現に合わせて穏やかに返事を紡いだ。
「ごきげんよう」
にこり、と互いに微笑みを交し合うと、お相手の足が先に動き出す。
軽いあいさつだったのだと判断して、こちらも歩みを再開してすれ違う。
さいわい、この先に危険はないと身をもって確認してきたところなので、初期装備の見た目通りの初心者のかたであっても、奥へと足を進めるあの人を止める必要はない。
やはりエルフには美しいシードリアのかたが多いかもしれない――などと考えながら、改めて神殿へと向かって足を進めた。