十二話 想像は我が手で形となりて
深呼吸を一つ。
《瞬間記憶》により記憶した精霊魔法の本や魔法の本には、どちらも魔法であるからには変幻自在、想像により多彩な魔法形態を実現できると書かれていた。同時に、それは時に簡単で、時にとても難しいのだとも。
とは言え、事前に情報収集をして知識をたくわえることと、いざ実践をする前に怖気づいてしまうのとでは、慎重さの性質は異なる。
私は事前準備は好んでいるが、ためらうことはあまりしない。つまり前者の慎重さの持ち主と言えるだろう。
――この心が体験を望むのなら、まずは試してみなければ。
ふっと口角が上がった感覚に、自らも気づく。
私の変化を感じたのか、目の前に留まってくれていた精霊のみなさんも、そわそわとしはじめた。
ここまでずっと、どのような魔法を実践してみようかと考えを巡らせていたが、まずは目の前の友に呼びかけてみよう。
ステータスボードを消し、精霊のみなさんへと視線を合わせ。
魔力を少しだけ周囲へ放つ感覚、すなわちスキル《魔力放出》の発動と共に――いざ!
「〈フィ〉」
短い、ほんの短い詠唱が響いたその瞬間……たしかに、精霊魔法が発動した。
そうとしか、思えなかった。
ふわりとやわらかに、けれどたしかな質感をともなって、色とりどりの光球が一瞬にして小部屋の中に集まり、輝く。まさにまばたきの間の出来事だった。
「――これが……」
驚愕のあまり零れた言葉は、残念ながらたいした意味も宿せず。
白亜の小部屋の中、白、黒、緑、紫、赤、そして青、銀、茶色の下級精霊のみなさんが小さな四枚の翅を煌かせるさまは、美しい、の一言で……。
呆然とその光景を見つめる私の耳に、近くから響いた嬉しげな声が届いて、はっと見下ろした。
『しーどりあ~! ぼくたちのまほうつかう~?』
『どんなちからつかう~?』
『おてつだい! おてつだい~!』
書庫からずっと同行してくれている三色の精霊さんたちが、そうくるくると小さく回りながら問いかける声に、思わず問い返す。
「あの、例えばみなさんは、どのような精霊魔法なら手伝ってもいいと思うのでしょうか……?」
多色に煌く他の精霊のみなさんにも、視線を投げかけてみる。
すると、やはりそばにいた三色の精霊さんたちから、答えが返ってきた。
『ぜ~んぶおてつだいするよ~!』
『しーどりあは、どんなぼくたちのまほうをつかいたいの~?』
『なんでもおねがいしていいよ~!』
どうやら、精霊側に好みがあるわけではないらしい。
それどころか、私が使いたい精霊魔法のすべてを手伝ってくれる、と。
おそらくこの全面的な協力こそが〈フィ〉という精霊魔法の効果なのだろう。
そして、今の状態でならばおそらく――新しい精霊魔法を習得することができるのではないだろうか?
静かに、息をのむ。
これから先の、いわゆる戦闘スタイルのようなものはまだまだ漠然としていたが、それでも一つ、決して無意味にならないたぐいの効果はすでに頭の中にうかんでいた。
ここは一か八か――挑戦あるのみ!
まっすぐに三色の精霊のみなさんへとひたと視線を合わせ、願いを告げる。
新しく習得したいと思った、鮮やかで美しい精霊魔法をイメージして。
「精霊のみなさん。私が行使したい精霊魔法は――すべての魔法の効果を補助し、向上させてくれるような効果をもつ精霊魔法です!」
夢は、まずは大きくもってみるもの。
きっと、今この瞬間私の緑瞳は期待に満ちていることだろう。
束の間、ぴたりとこの小部屋に集うすべての下級精霊さんたちの動きが止まり……ほんのわずかに、身体の中から何かが抜けるような感覚があった、そのあと。
『しってるよ! おてつだいする~!』
『ぼくたちのそのまほう、しってるよ~!』
『おしえてあげる、しーどりあ~!』
三つの楽しさにあふれた言葉と共に、しゃらんと美しい効果音が鳴る。
目の前に現れた新しい精霊魔法のその名を、どこか厳かな心持ちで詠唱した。
「〈ラ・フィ・フリュー〉」
瞬間、煌めく鮮やかな多色に、たゆたうような燐光が加わった。
それぞれが放つ色と同じ燐光をまとわせた下級精霊のみなさんは、ゆっくりと一体ずつ、私の耳をかすめるように近づいては離れていく動きを思い思いに繰り返す。
まるで蛍の群れの中にいるかのような、幻想的な光景にまた息をのむ。
先程の〈フィ〉といい、この精霊魔法といい、精霊魔法にはいつまでも見ていたいと思わせる美しさが標準装備されているものなのだろうか?
そのように意識が横へとそれるのを、慌てて引き戻す。そう言えば、この新しい精霊魔法の効果をまだ確認していなかった。
灰色の石盤を再び眼前に開き、精霊魔法の項目を確認する。
[〈ラ・フィ・フリュー〉]と刻まれた文字の下に現れた説明文に目を通し……思わず二度見した。
「[下級精霊の手助けにより発動する、持続型の補助系下級精霊魔法。
精霊魔法・属性魔法・身体魔法の安定性と威力がすこし向上する。詠唱必須]――あの、精霊のみなさん」
どの色の下級精霊さんたちも私の耳のそばを移動して行く一方で、私のそばから離れない三色の精霊のみなさんに、視線を合わせ。
「完璧な精霊魔法を教えてくださり、本当にありがとうございます!」
全力で頭を下げた。もちろん、感謝の意味で。
――夢はまずは大きくもってみようと思いはしたが、本当に要望通りの精霊魔法を習得できるかどうかなど、さすがに半信半疑だったのだ。
だというのに、精霊のみなさんは的確に私の要望に応えてくれた。
私の感謝の言葉と礼に、三色の精霊のみなさんはきゃっきゃと嬉しげに笑い声を響かせる。
『しーどりあ、よろこんでくれた~!』
『ぼくたち、いっぱいぼくたちのまほうしってるよ~!』
『またおしえてあげるね~!』
「はい! その時はぜひともよろしくお願いします!」
またもやありがたい申し出に、感謝と感動と高揚感をそのままにお願いをすると、三色三様にくるくると楽しそうに私の周りを舞い飛びはじめた。
しばしその動きを視線で追ったあと、はたとこれで終わりではないことを思い出す。
「そうです、まだ魔法のほうを試していません!」
せっかく、精霊魔法だけでなく属性魔法や身体魔法も補助してくれる〈ラ・フィ・フリュー〉を習得し、今も発動しているのだ。
持続型と書かれている通り、感覚として本当にわずかばかりだが、魔力が消費されている。なにせ、視界の左上に横向きの青い魔力総量を表す棒線、もとい魔力ゲージが表示されているのだ。
青い線はすこしずつ、ほんのすこしずつ、一定間隔でゆっくりとその長さを短くしており、しかし時折ふっと再び長く伸びている。
この魔力が回復する現象は、魔法の本に書かれていた、魔力の自然回復現象だろう。思ったよりも自然回復量は多く、〈ラ・フィ・フリュー〉の持続発動分減っていく魔力は、減った分以上に回復していた。
……つまり、他の魔法も問題なく試せるということ。
魔法の安定性と威力を向上する補助系精霊魔法と、減らない豊富な魔力。
――これらを有効活用しない手はない!
ぐっと拳を握りしめると、またもや私の意欲を読み取ったのか、私の周囲を飛び回っていた三色の精霊さんたちが目の前に戻って来てくれた。
「次は、属性魔法を習得できないか試してみます」
『わ~い!』
『まほう~!』
『しーどりあならできるよ~!』
「ありがとうございます」
しっかりと精霊のみなさんに伝えて、再び深呼吸を一つ。
想い描くのは、風の魔法。
この大地に降り立った時、はじめて感じたそよ風にちなんで、より攻撃に特化した風の刃のような魔法を、《魔力放出》を発動しながらイメージする。
放出魔力は〈ラ・フィ・フリュー〉の時になかば無意識で調整した、〈フィ〉よりも少し多めの量。より速く、より鋭く、敵を切り裂く風の一閃を、より鮮明に想像していく。
集中のために伏せていた瞼を開き、ちょうど精霊さんたちがいない場所にめがけて、音もなく風の刃が敵を一閃して倒す様を考えた、刹那――無音で空を裂く、銀色の一閃が煌いた。
遅れて、しゃらんと効果音が鳴る。
「……え?」
『うわ~! すご~い!』
『かぜがでたよ~!』
『きってたよ~!』
瞬間的な理解が追い付かない私にかわり、精霊のみなさんから解説が語られた。
そうっと、視線を移動させた眼前には、精霊のみなさんに囲まれるようにして、三つの文字が並んでいる。
[《無詠唱》]と[《並行魔法操作》]、そして[〈オリジナル:無音なる風の一閃〉]。
……オリジナル、とは?
これは、もしかすると。
「……とんでもないことをしてしまったのでは……?」
呟く声音が、意図せずふるえる。
深みを帯びてとても好ましい音域だというのに、これでは格好がつかない。
綺麗に私の中へと吸収されて消えた二つのスキルと一つの魔法を調べるため、ステータスボードを問答無用で開いた。
ひとまず、スキルのほうから確認する。
「[《無詠唱》]は、[魔力消費と引き換えに、威力を少し底上げし、詠唱および魔法名の宣言なく魔法を発動する。能動型スキル。なお、元来すべての魔法に存在する魔法名をも省略して魔法を発動させるため、この技を用いて発動した魔法は発動者本人のオリジナル魔法となる]……」
一息に読み上げてみたはいいものの、ひとまずとスキルから確認した意味はなかった。
すなわち、心の平穏をとりもどすための、若干の猶予は与えられなかったわけだ。
瞳を閉じて、静かに……額に片手を当てる。
魔法を習得したいとは強く思った。強く思ってはいたが、ここまでいきなりぶっ飛んだ内容のものを習得してしまうとは、夢にも思わなかったのもまた事実。
アレだ。普通に、たとえば安直にウィンドブレードとか、そういうありふれた初級魔法が覚えられると思っていた。
それが、ふたを開けてみると、コレである。
『しーどりあ~、どうしたの~?』
『あたまいたいいたい~?』
『よしよししてあげる~!』
「あぁ……ありがとうございます。でも、頭が痛いわけではないので、大丈夫ですよ」
かろうじて、笑みをつくって顔を上げた。
そばにいる心優しい精霊のみなさんを心配させるわけにはいかない。
意を決して、もう一つのスキルの説明文も読んでみる。
「[《並行魔法操作》]は、[魔法操作の一つで、複数の種類の魔法を同時に発動する。スキルの熟練度にともない、同時に発動できる魔法の数が増加する。現在は二つの並行発動が可能。能動型スキル]。これは、〈ラ・フィ・フリュー〉とオリジナルの魔法とを実質同時に発動させたことで、習得できたのでしょうね」
おそらくこの場合、精霊魔法も含んでの魔法判定なのだろう。
こちらは思わぬ副産物、それもとてもありがたい副産物だ。実際の戦闘の際には、大活躍間違いなしのスキルだと断言できる。
……問題は、最後に残ったオリジナルの魔法とやらの確認だ。
魔法の一覧を開き、明滅するその文字をじっと見つめる。
現れた説明文を、緊張なのか高揚なのか分からない感覚のまま、読み上げた。
「[〈オリジナル:無音なる風の一閃〉]は……[無詠唱で発動させた、単発型のオリジナル攻撃系下級風魔法。無音で敵を切り裂く風の刃の一閃。無詠唱でのみ発動する]。
――なるほど。つまりオリジナル魔法とは、種族特性上、全種族中二位の総魔力量をほこるエルフにとっては、非常に便利で強くて瞬間発動可能な魔法と言うことですね! 思わぬ拾い物です!」
初手の焦りようもなんのその。
少なくとも私にとっては、戦闘時に非常に使い勝手のいい素晴らしき魔法であることを理解し、喜びに満面の笑顔を咲かせた。
他種族だと、おそらくこうして単純に喜ぶわけにはいかない可能性は、ある。
なにせ発動のためには余分な魔力を強制的に消費する《無詠唱》で発動するしかなく、総魔力量が豊富ではない種族であった場合は、他の魔法を使う方が効率よく戦闘できる、という事態になりかねないだろうから。
――今再び、私がエルフと言う種族を選べたことを、精霊神様と創世の女神様へ心から感謝した。