百二十六話 はじめましての水の中
※現実の水場で遊ぶ際は、
・事前に、遊んでいい場所か確認する!
・水に入る際は、事前に体操や、冷たさに身体を慣らす水かけをする!
・着るものは、普通の服ではなく水着!
・救命胴衣などの浮く物を、身体につける!
・家族や大人や友人から離れない、目を離さない!
・安全第一!!!
などなどを厳守の上、安全に遊んでください。
くれぐれも、水場を甘く思わずに、命を大切にお過ごしください。
「それでは……いざ!」
『いざ~~!!!』
好奇心を宿した、かけ声一つ。
それを合図に、そろりと再び水の中へと足を沈ませる。
ゆっくりと足を進めると、水面のさわさわとゆれる水の感触と水中のゆったりとした感触を同時に感じて、思わずほぅと感嘆の吐息が零れた。
これほどまでに、水の感触を再現できた没入ゲームは、私にとってまさしく【シードリアテイル】がはじめてだ。
水中探索を主軸とする没入ゲームを、あまり遊んでいないことも理由に上がるのだが、だとしてもやはりこれほどまでに鮮やかな感覚には、心惹かれる。
腰元までを水に浸し、水の感触と冷たさを楽しむ。
水の冷たさは、冷ややかないっぽうで、温度としての不快感は一切ない。
これならば、長時間泳いでも寒さで身体をふるわせることはないだろう。
微笑み、次はゆっくりと腰を落とす形で、水の中にとぷんと潜り――刹那、水中の美しさに目を奪われた。
「きれい」
反射的に発した言葉が、水中だというのに感動を表して耳に届く。
地上と同じようにできる呼吸の感覚に、ゆっくりと一つ深呼吸をして、ぱちりと見開いた緑の瞳で水中世界を見つめる。
水面で煌々と周囲を照らす〈ルーメン〉の光が、やわらかく射し込む水中は、淡い水色の粒が煌き舞う見事な幻想空間だった。
水上の音を遮断する澄んだ水は、透明な清らかさで水中のすべてを見せている。
流れる水圧をほのかに感じる浅瀬では、水色の粒がゆったりと流れ、少し深くなっている場所ではさらさらと砂が風に舞うように踊っていて、水底の岩には緑の藻のような植物が水流にゆれていた。
魚こそ泳いではいないものの、美しい水中の光景には純粋に見惚れてしまう。
『おみずのなかすき~!』
『みずのこのおうち~!』
『きれい~!』
きゃっきゃとすぐそばの水中で動き回る、小さな三色の精霊さんたちの声も問題なく聞こえて、可愛らしさに思わず笑みが零れた。
自身の声も、精霊のみなさんの声も、しっかりと聞こえる形で、けれどもほんの少し反響している。独特なこの聞こえかたもまた、水中の魅力だと思うと、幼子のように心が躍った。
「みなさん! 少し泳いでみましょう!」
『わ~い! ぼくじょうずだよ~!』
『いっしょにおよぐ~!』
『しーどりあと、およぐ~!』
「えぇ! ひとまずはこの辺りで遊びましょう!」
『はぁ~~い!!!』
弾んだ声音で、精霊のみなさんと水中を楽しむための会話を交わす。
はじめての水中ということもあり、念のため足のつく深さの浅瀬から奥へは行かないように気をつけつつ、なかば腰かけていた水の中の岩の地面を、まずは軽く蹴る。
すいっと水圧を感じながら水の中をたゆたうように進むと、重力から解き放たれたような軽やかさを感じて、笑みが深まった。
前方の水をそっと両手でかくと、すぅっと思った通りに身体が前へと移動し、思いのほか簡単に泳げることに感動を覚える。
「これはたしかに、泳ぎが苦手なかたでも楽しく泳げそうですね!」
『およげるでしょ~!』
『す~いすい!』
『たのしいね~!』
「ふふっ、えぇ! とっても楽しいです!」
まるで海の生き物のように、優雅に泳ぐことができることが楽しくて、つい浅瀬を何往復もしてしまった。
一度落ち着こうと、足をつけて立ち上がり、ざぱりと水面から出る。
滴る水の感覚まで鮮やかで、楽しみながら岩場へと上がると、くるくると小さな水の精霊さんが身体を回り――瞬間、ぱっと水気が消えた。
「これは!」
『えっへん! これでしーどりあ、いつもどおり!』
驚きに声を上げると、得意げな声音で水の精霊さんがそう紡ぐ。
さすがは、水をつかさどる精霊さんだ。小さくとも、このような芸当ができるとは!
「ありがとうございます、小さな水の精霊さん!」
『どういたしまして~!』
高揚と感謝のままにお礼を告げると、水の精霊さんは嬉しげにくるりと舞う。
そこに風と土の精霊さんも加わり、〈ルーメン〉の白光に照らされた美しい精霊の舞が煌いた。
精霊の舞の綺麗さに見惚れながら、呟きを零す。
「精霊のみなさんは、本当に素敵な力を持っているのですねぇ」
穏やかな響きで紡いだその声に、小さな三色の精霊さんそれぞれの輝きが増した。
『ぼくたち、すごい?』
「えぇ、もちろんです」
『しーどりあも、すごい!』
「ふふっ、ありがとうございます」
『みんなすごい!』
「本当に、その通りですね」
みなさんとの心温まる会話に、自然と頬がゆるむ。
きゃっきゃと歓声が響く中、ひときわ青の輝きをキラリと放った小さな水の精霊さんが『あのねあのね!』と近寄ってきた。
小首をかしげて両の掌の上に迎え入れると、その上でぽよっと跳ね、
『しーどりあには、ぼくたちがついてるから、ふくをきたままでもおよげるんだよ!』
と、可愛らしく教えてくれる。
――それは、先に教えていただきたかったくらい、重要なお話では!?
「そっ、そうなのですか!?」
『うんっ!』
「なんと……」
驚愕のままに響かせた問いに、迷いなく肯定が返り、思わず気の抜けた言葉が零れた。
試しに、チュニックとマントをカバンから取り出し、着用してから再度水の中に入ってみる。
特に重さを感じるわけでもなく、泳ぎの妨げにもならない感覚に、驚きから一周回って納得の感情が胸に宿った。
水の精霊さんたちは、やはりすごいのだ。
高揚感のままに、水中遊泳をそのまま再開する。
不思議な青色の粒子に触れて、かすかに煌き流れて行く光景の神秘に見惚れたり、ついうっかり深い場所へと潜り、ひやりとした感覚と共に少しずつではあるが明らかに削れていく生命力ゲージを確認したり。
水中でも問題なく、回復魔法を使って生命力ゲージを回復させ、また泳ぎ……そうしてしばらく遊んでいると、時間などあっという間に過ぎていくもので。
「おっと。ついつい水の中に夢中になっていましたが、今は……」
洞窟内を探索途中であるため、空は見えないものの、灰色の石盤を開けば現実世界の時間の確認は可能だ。
開いた石盤には、これまた古風な円形に並んだ数字へと中心から伸びた針が時刻を示す時計が描かれ、ゆっくりと秒と分を刻んでいる。
ちょうどこの大地では宵の口あたり、現実世界では昼食をとる時間になったことを確認してから石盤を消し、水から上がった。
また小さな水の精霊さんが水気を飛ばしてくれるのに礼を告げてから、精霊のみなさんに声をかける。
「みなさん、そろそろ一度空に帰りますね。またすぐに戻ってまいりますので、それまではくつろいでお待ちください」
『は~い! またね、しーどりあ!』
『いいこでまってるよ!』
『またね~!』
「えぇ、また」
元気なあいさつとまたねの約束を交わし、近くの岩に背をあずけながら地面へ座ると、そっとログアウトを呟いた。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。