百二十五話 安全第一と注意事項
『あんぜん???』
「えぇ! 安全を確保することは、何より大切なことですからね!」
『あんぜん!!! だいじ!!!』
「そうなのです!」
まだ少しだけ不思議そうな声音を残した、精霊のみなさんと言葉を交わしながら、さっそくマントを外してカバンへ。
次にチュニックをバサリと脱ぎ、こちらもカバンへ収納。
初期装備からこのチュニックに着替えた時同様、チュニックの下には初期装備の時の服と同じ色の、半袖のシャツに似た薄い服を着ている。
おそらくは肌着代わりだろうと一人納得し、しかしこの服やズボンを脱ごうとすると、やんわりと衣類自体が抵抗しているように、そうすることができなかった。
つまりは、ゲームの設定上現段階では、自身の姿から外せる物はマントと上着に限られる、ということだろう。
正直なところ、これ以上脱ぐのに抵抗感がなかったと言えば嘘になるため、むしろ個人的にはありがたい。
……一昔前までは、最低限の衣類のみで水の中に入ることが主流だったらしいが、水中用衣類が一般に普及してからずいぶんとたつ今、私も最低限の衣類のみで水に入るというのは、気恥ずかしさがまさる。
とは言え、安全性を考えると、やはり水中用ではない衣類を多く身につけたまま、水の中に入るのは危険だとも思う。
再度ゆれる水面を見つめ、少しだけ迷った後、ひとまずは足先をつけてみることに決める。
近くの動かない岩に腰かけ、編み上げブーツを脱ぐ。
冷たい水と岩の感触を足裏に感じながら、ゆっくりと水辺まで歩いて行き……そっと、片足を水へとつけてみる。
冷たさと、ゆれる水の感覚を同時に感じ、不安を一瞬、高揚がぬりかえた刹那――しゃらん、と美しい効果音が鳴った。
「おや?」
反射的に驚きを零し、眼前を見やると、そこには[《水感》]と書かれた文字が輝いている。
水からいったん足を岩場へと戻し、少し離れて安全を確保してから、灰色の石盤を開く。
スキル一覧の中から《水感》の名前を見つけ、つらつらと刻まれていく説明文を視線で追って読み上げた。
「[水をより身近に感じ、水の中での行動が可能となる。スキルの熟練度にともない、より水に順応する。現在は水感レベル一。常時発動型スキル]――なるほど。端的に言うと、水の中を泳ぐためのスキルですね」
『おみずのなかたのしいよ~!』
『すいすいできるよ!』
『およげるよ~!』
「それは……ぜひとも試してみなければ!」
小さな三色の精霊さんたちの言葉に、思わず拳を握る。
今、完全に水に入ることに対する感情が、不安から好奇心へと振り切れた。
とは言え、疑念はまだ残っている。
ちらりと視線を向けた小さな水の精霊さんへと、思い切って問いかけを紡ぐ。
「あの、小さな水の精霊さん」
『なぁに? しーどりあ!』
「私、特別水の中を泳ぐことが得意と言うわけではないのですが……《水感》のスキルがあれば、問題なく泳ぐことができるのでしょうか?」
若干の不安をそのまま言葉にすると、小さな水の精霊さんはくるっと一回転。
『だいじょうぶだよ! しーどりあ、じょうずにおよげる!』
そう、何よりも安心を与えてくれる断言に、ふっと口元がゆるんだ。
「そうでしたか。それは良かったです」
――これで、心配事はなくなった。
意を決し、再度水辺に近寄り足をつけてみる。
特別前回との感覚的な違いなどはなく、ゆっくりとそのまま、足を前へと進めてみた。
数歩進み、ちょうど足首が水につかったあたりで、カンカンッ! と何かの金属を打ち鳴らすような音が唐突に響き、思わずばしゃりと水の中から飛びのく。
滑って転んでしまうようなこともなく、軽やかに岩場へと着地すると、何やら意識的ではなく灰色の石盤がひとりでに開いた。
「いったい何事ですか!?」
『なになに~???』
驚きと困惑を混ぜた声音を思わず零して、精霊のみなさんと一緒に灰色の石盤を見ると、まず一番上に大きく書かれた[注意事項]の文字が目に入る。
文字通り何事だろうと、表情を引きしめてつづく文字を読み込む。
[注意事項
水中探索時の注意点をご確認ください。
・スキル《水感》の取得はできていますか?
取得できていない場合は、水に一分ほど手や足を浸すことで、習得してください。
・スキル《水感》により、誰しもが魚のように泳ぐことができます。
また、息苦しさなどはありません。
・快適に泳ぐことができるのは、スキル《水感》の現在の水感レベルと同じ水域のみとなります。
・スキル《水感》の水感レベル以上の水域(多くは深い場所)に至ると、生命力が少しずつ減っていきますので、ご注意を。
空の彼方(現実世界)での水中とは仕様が異なるため、同一視しないよう確かな認識のもと、この世界での水中探索をお楽しみください]
そう書かれていた注意点に、思わず深くうなずく。
まさしく、安全第一に、ということを伝えるための、仕様上の表記がこの文言なのだろう。
あの聞き慣れない金属音は、このように注意事項などをプレイヤーに伝える際の音だったわけだ。
「事前のお知らせは、とてもありがたいことです」
『おしらせ?』
『いいこと?』
『よかった?』
ありがたさに微笑み、穏やかな声音で呟くと、このようないわゆるゲームシステム上の仕様にはさすがにうといのか、精霊のみなさんが疑問の声を上げる。
それにゆったりとうなずきを返して、説明を紡ぐ。
「えぇ。水の中に入る前に知るべき、とても大切なことを教えていただきましたので、いいことですよ」
『おぉ~!!!』
説明に感嘆の声音を響かせるみなさんに小さく笑みを零しつつ、石盤をそっと消してまた水辺に歩みよる。
注意事項を確認したことで、《水感》により水中では息苦しさはなく、特別泳ぎが得意でなくとも快適に水の中を楽しめることが分かった。
率直に言って――予想以上に快適な水中探索ができる予感がする!
現状で気をつけておく点は、水域くらいだろう。
「つまるところは、まずは浅瀬で遊びましょう、ということですね」
『あさいところ~!』
『あぶなくないところ~!』
『こわくないところ~!』
私の呟きにつづく、幼げな声で紡がれた言葉もまた、分かりやすい注意点と言える。
小さな三色の精霊さんたちに微笑みかけ、今度こそ水の中を楽しむためにと、足を踏み出した。