百二十四話 水と雷と安全性
※戦闘描写あり!
通路のような空洞内を、時折見かける活きのいい岩の魔物を倒しつつ、順調に進み。
体感では、そろそろ二時間はたったと感じる頃。
「おや? ここは……」
『わきみずだ~!』
唐突に拓けた空間に出ると、そこは水が少しずつ湧く小さな湖のような場と、そこからあふれる水で濡れたゴツゴツとした岩の地面が広がっていた。
小さな水の精霊さんが湧き水と言うからには、やはり小さな湖のような場は泉なのだろう。
空間は前方にある空洞からさらに先へと繋がっており、その空洞の左側半分は水が流れる水路のようになっているのが見えた。
向かう方向は、あの水路のような空洞で良いだろう。
――とは言え、その前に一戦する必要があるようだが。
ゴッ、と鈍い音を立て、元気な岩が頭上へと跳ね上がるのを視線で追い、〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を即座に放つ。
空中で石杭に突き刺された岩の魔物は、その勢いに押されながら落下。
トドメの一撃にと、濡れた床に転がった魔物めがけて〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉を発動し、紫の雷光が閃いた――刹那、足下から全身へ向かって、冷ややかな感覚が走り抜ける。
「っ!?」
『しーどりあ!』
小さな水の精霊さんの声に、反射的に近くの動かないほうの岩へと飛び乗り、素早く視界の左上にある生命力ゲージを確認すると、ほんのわずかだが確実に削れていた。
いったい、なぜ? どのような形で、攻撃を受けたのだろう?
思わず脳内で混乱しながら、つむじ風となって消えた岩の魔物がいた付近を視線でなぞる。
とたんに、地面が小さな紫の雷光を放ち……ようやく、状況を理解した。
「感電効果ですね!?」
『おみずにかみなり、びりびりするよ!』
「えぇ、失念しておりました……!」
小さな風の精霊さんの短い説明に、うっかりしていたと額に片手を当てる。
水と雷の属性を重ねた際に起こる反応は、現実世界と同じく広範囲に影響を及ぼすことさえも可能な、感電であったらしい。
あの足下から全身へと走り抜けた冷ややかな感覚は、まさしく感電攻撃を受けた際のものだったのだろう。
正直――アレはとてもヒヤリとした!
「濡れた足元のことを、忘れてはいけませんでしたね……次からは、周囲の環境も意識した上で魔法を選ばなくては」
『しーどりあ、よしよし~!』
『いいこいいこ~!』
『なでなで~!』
「ありがとうございます、みなさん。まぁ……これもまた、貴重な学びを得たということにいたしましょう」
『うんっ!!!』
今までとは異なる環境での魔法戦闘は、文字通り新たな状況を生み出し、貴重な学びの場を提供してくれたと言えるだろう。
精霊のみなさんが頭をふわふわと撫でるのに癒されながら、微笑みを取り戻す。
しっかりと回復魔法〈オリジナル:癒しを与えし水の雫〉をかけて生命力を回復させ、岩の魔物の素材と魔石を回収してから、先へと足を向けた。
涼しげな水音を響かせ、横に流れる小さな川に落ちないよう気をつけつつ、また長い空洞内を進んで行く。
この道行きの長さを考えると、どうやらここは本当に巨大で本格的なダンジョンなのではないかと、そう感じる。
まさか、このエルフの里にこれほどまでの規模のダンジョンがあるとは、正直なところ思っていなかった。
まさに、嬉しい誤算と言えるだろう。
――好奇心と高揚感を胸に満たして進む冒険の道は、実にロマンにあふれている!
時折ぴゅーっと移動して、横に流れる小川のような水路で遊ぶ小さな水の精霊さんの様子に癒され。
思い付きで発動した、頭上に光球を出現させて周囲を照らす〈ルーメン〉の明るさには、ありがたいやら眩しいやらと圧倒されながら、歩むことしばらく。
〈ルーメン〉が照らし出した空洞の先に、再び拓けた場所がある様子が見てとれ、今度はどのような場所だろうかと口元の微笑みが深くなる。
不思議と岩の魔物に遭遇することもなく進み終えた水路のような空洞の先――そこには、わずかばかりの岩の陸地が残る、湖のような場が広がっていた。
一応、水だけが流れ込む空洞がまた先につづいているので、事実上は湖ではなく水のたまり場といったところだろうか。
……問題は。
「歩いて先に進めるのは、どうやらここまでのようですね」
ぐるりと見回してみる限り、先へと進むためには水の中を泳がなければならないように思う。
さて、ここで困ったことが一つ。
「ええっと……この世界には、水中用衣類はあるのでしょうか……? いえ、それ以前に、あったとしても今私の手持ちにないのですが……」
『おみずのふく?』
「いえ、お水の中でも着ることができる服、ですね」
『おみずのなかで、きるふく?』
『だいちとみず、ふくちがう?』
「えぇ。空では、一般的には大地と水の中とでは、異なる服を着ておりまして」
『おぉ~~???』
不思議そうな声音の三色のみなさんに説明をするものの、盛大な疑問符が飛んでいるように見える。
現実世界では、基本的には水中用の特別な衣類があり、その衣類を着用せずに水辺に行くことは、原則禁止されていた。
例外となるのは、たしか研究者や芸術家たちの実験やパフォーマンスだったか。
とは言えそれさえ、最大限の安全策を講じなければ、実行できなかったはずだが。
しかし、精霊のみなさんの反応を見る限りでは、どうにもこの【シードリアテイル】内では勝手が違うような気がする。
他の多くの没入ゲームがそうであったように、おそらくは水中用衣類自体はこの世界にもあると思う。
ただもしかすると、必ずしも衣類にこだわらなくていいのかもしれない。
束の間、水面を見つめ――覚悟を決める。
「よし! ひとまず服を脱ぎましょう!」
『ふくぬぐ~~???』
「はい! 安全第一ですから!」
疑問たっぷりのみなさんの声に、凛と決意の言葉を洞窟内に響かせた。