百二十二話 活きのいい岩と不動の岩
※戦闘描写あり!
想像以上に広々とした、一番遠回りな空洞の中をゆっくりと慎重に進んで行く。
幅は里の土道と同じくらい広く、数人が横に並んでも問題なく歩けるほど。天井も私がもう一人くらいは頭の上に乗れると思うくらいに高い。
天然の洞窟らしい凹凸もあるが、先の広い空間と同じくつるりとした岩肌を見ると、やはりどちらかというと人工的な雰囲気を感じる。
とは言え、人工物だったとして、ここがどのような目的で造られたものなのかまでは、さすがに想像のしようもないのだが。
岩と水の香りが強い通路のような空洞内には、樹の空洞に繋がっているとは思えないほど、不思議と土も植物も見当たらず、軽く首をかしげる。
「そう言えば、ここには土や植物がまったく見当たりませんね」
『ぼくたちとくさのこたち、ず~っとむこうにいるよ~!』
「おや。ではここにはいないだけでしたか」
『うんっ!』
素朴な疑問への答えを、小さな土の精霊さんが教えてくれるのに、なるほどとうなずきを返す。
おそらく、すべての通路が合流している場所などに、土や植物のある場が存在しているのだろう。
それを見るのも楽しみに感じ、ふっと微笑みを深め――《存在感知》が前方で示した気配に、口元を引き結ぶ。
「みなさん」
『ぴた、する!』
『ぴた!』
『ぴた、した!』
「えぇ。……どうやら、魔物がいるようですね」
精霊のみなさんを真剣な声音で呼ぶと、すぐに意図を察して定位置にくっついてくれる。
以心伝心をありがたく思いつつも、油断せずにひとまず両脚にまとっている〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉の隠蔽を消し、いつでも攻撃に使う魔法を隠せるように準備しておく。
そっと慎重に足を運び、前へと進んで行くと……空洞の両脇に一つずつ、ゴロリと転がる岩が計二つあることに気づいた。
大きさは幅も高さも、目測で三十センチメートルくらいだろうか?
黒がかった濃い灰色の岩は、ともすればただの空洞の一部のように見える。
――しかし、《存在感知》は明らかに、この二つの岩に対して警告を伝えてくれていた。
つまり、この二つの岩こそが、魔物なのだと。
微動だにしない岩を見つめ、距離を確保した状態のまま、無言でキングアースベアー戦での教訓から習得した〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を発動して一段回目で止め、隠蔽する。
どう考えても防御力が高いだろう、岩そのものの見た目をした魔物への初手としては、ふさわしい魔法のはずだ。
短く、深呼吸を一つ――さぁ、戦おう!
石杭の魔法を二段階目に移行し、風を切って左右の岩の魔物へと二本と三本の鋭い石が突き刺さる。
ガギィン! と石同士が派手にぶつかり割れる音が空洞内に反響し……刹那、勢いよく跳ね上がった岩の魔物が、こちらめがけて落下してきた!
「すごい動きかたしますね!?」
『わわっ!!!』
後方へと飛びのきつつ、反射的に驚愕が口をつく。
この動きは、少々予想外だ。
ガツンッとにぎやかな音を立て、床に落下……もとい着地した、動く岩としか表現ができないような魔物としっかり距離を取る。
あの勢いで着地して、よく割れなかったものだと思わず感心しつつ、精霊のみなさんを驚かせたお返しにと〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉を放つ。
閃いた雷光の一撃は、バリッと音を立ててまたたく間に岩の魔物の一体を灰色のつむじ風に変えた。
一瞬、岩の魔物にビリビリとまとわりつく、幾つもの紫色の小さな雷光が見えたが、あの現象こそがおそらくは麻痺状態なのだろう。
同じようにもう一体の魔物にも雷光の一閃を放ち、問題なく倒すことに成功する。
意外にあっけない戦闘の終了に、少しばかり拍子抜けした気分になった。
『しーどりあ、つよ~い!』
『しーどりあのまほう、すご~い!』
『しーどりあ、かっこいい~!』
「ふふっ、お褒めにあずかり光栄です」
気の抜けた気分を塗り替えるような、小さな三色の精霊さんたちの褒め言葉に笑みが零れ、お礼にとうやうやしくみなさんへと一礼をしてみせる。
きゃっきゃと歓声を上げる精霊のみなさんに微笑みを深めつつ、小さな濃い灰色の石と灰色がかった茶色の魔石を拾うついでに状況整理もおこなう。
魔物図鑑に載っていなかった先ほどの岩の魔物は、魔石を見る限りは見た目通りに土属性であったようだ。
対抗策として、一撃で倒すまでには至らなかったとはいえ、刺し貫いた石杭の魔法は適切だったと言える。
ただ、その後にお試しにと使った雷光の一閃の威力は、さすがに把握できなかったが……これはまた、次の機会に試そう。
石と魔石をカバンに収納して、歩みを再開する。
順調に進んで行くと、さきほどの岩の魔物と同じような岩が転がっているのが、道の先に見えた。
《存在感知》に、反応はない。ならばあれは、普通の岩か。
「……なるほど、いわゆる擬態ですか」
『ぎたい???』
納得に零れた呟きへ、不思議そうな声音でたずねる精霊のみなさんにうなずきを返す。
「はい。先ほどの岩の魔物は、普通の岩の形をまねて、自らが魔物であることを私たちに気づかせないようにしているのだと思いまして」
『おぉ~~!!!』
簡単な説明に、感嘆の声がくすぐったい。
順番に小さな精霊さんたちを指先で撫で、動かないほうの岩の横を通りすぎる。
おそらくは、この先も動く岩と動かない岩とが入り乱れていることだろう。
とは言え、さいわいにもその違いを見極めるのは難しくない。
フッと、不敵な笑みが小さく口元にうかぶ。
はじまったばかりのダンジョン探索だ――引きつづき、楽しみながらつづけるとしよう!