百二十一話 五日目には冒険を
衝撃の出来事があった四日目を、夢に見ながら目を覚まし、今日もまた【シードリアテイル】を楽しむためにと準備を進める。
毎朝恒例の散歩をしながら語り板を眺め、やはり後発組が増えている印象に微笑む。
手早く朝食を終え、五日目の大地に――ログイン!
『おかえりしーどりあ~~!!!』
「ふふっ。えぇ、ただいま戻りました、みなさん」
今日も熱烈な歓迎と共に緑の瞳を開き、可愛らしさに笑みを零しつつ返事をする。
美しい夜明けの光をあびながら、小さな多色の精霊さんたちをお呼びしてご助力をお願いし、さらりといつもの通りに準備をして――いざ!
「それでは! 今日はお祈り後、冒険をしにまいりましょう!」
『ぼうけ~ん!』
『わ~いわ~い!』
『たのしみ~!』
くるくると舞って喜びを表現する三色のみなさんに微笑みながら、まずは四柱の神々へのお祈りをおこなう。
神官のみなさんのあたたかな視線に微笑みを返しながら、本日はそうそうに外へと出る。
土道を軽快に歩み、里の入り口、目醒めの地の奥にある森を目指す。
夜明けの時間特有の、薄青の光に照らされる里は美しく、何度見てもあきない光景を楽しみながら入り口へと足を進めていると、ふと前方で歩いていた小さな姿が、盛大にぺたんと土道へ倒れる様子が見えた。
反射的に、タッと前へ駆け出す。
『こけた!』
『いたい!』
『あわわ!』
そう焦った声を上げる精霊のみなさんの言葉を聴きながら、派手に転んでしまったらしいかたの近くへ駆けよった。
片膝をついて手を差し伸べると、顔を上げたのはシードリアと思しき、幼げな少女。
不安げな、あるいは今にも泣きだしてしまいそうな表情に、つとめて穏やかに微笑みつつやわらかな声音で問いかける。
「大丈夫ですか?」
「――っは、はい! だいじょうぶ、です!」
束の間、白に近いほど淡いつぶらな水色の瞳が見開かれたのち、慌てているような雰囲気で、幼さを残す声音がそう紡ぐ。
軽くうなずき、言葉を重ねる。
「立てますか? どうぞ、つかまってください」
「……ありがとう、ございます」
淡い瞳がぱちぱちとまたたき、遠慮がちに小さな片手が私の掌に乗せられた。
出来得る限り紳士的に、優しく少女を立たせると、どこも怪我をしていないことを不思議そうに確認する姿に微笑む。
幼げな様子を見る限り、もしかすると彼女は没入ゲーム自体がはじめてなのかもしれない。
戸惑うようにゆれてこちらを向いた淡い瞳に、そっと左手を右胸に当てて穏やかに語りかける。
「お怪我がなくてなによりです。この土道ははっきりとした感覚がありますから、どうぞお気をつけて」
「あっ、はい! ありがとう、ございましたっ!」
「えぇ。――それでは」
ふわりと流れる長い白髪をゆらし、お礼の言葉と共にぺこっと深いお辞儀をする彼女に、やわらかに言葉を返す。
どこかほっとしたような彼女の様子を一瞬確認してから、前方に見える入り口のほうへと歩みを再開した。
軽い足音も遠ざかって行ったので、問題なく彼女も歩みを再開したのだろう。
純粋な驚きと心配が安堵に変わり、ふっと口元がゆるんだ。
『ちいさなしーどりあ、だいじょうぶみたい!』
『いたくなくて、よかったね!』
『つちもいいこだよ~!』
肩と頭の上で語る三色の精霊さんたちに、うなずき言葉を返す。
「えぇ。お怪我がなくて、本当に何よりです。この大地に慣れていないかたですと、どうしてもあのようなことも起こるものですから……。土道の土さんが良い子で良かったです」
『えへへ~!』
『いいこ~!』
『いいこ!』
嬉しそうにぽよっと跳ねる小さな土の精霊さんへ、水と風の精霊さんが声をかける様子に、やはり精霊のみなさんには癒し効果があるに違いないと思いながら、足を進める。
そう言えば、つい先ほど自身が言ったことではあるが、このリアルな感覚がある土道を歩いていてつまずいたり転んだりしないのは、あくまで没入ゲームの感覚に慣れているからこそだと改めて思う。
いわゆるゲーム慣れという現象は、このように実に自然な形で現れるものなのだと、再認識しながら足元の感覚を楽しむ。
やがて目醒めの地を抜け、森の奥へと入り込み、そして先日も見かけたあの空洞のある樹にたどり着く。
そうっと、注意して空洞をのぞきこむと、やはり下へとつづく小さな洞窟のような穴が見え、好奇心が湧き立った。
思わずフッと不敵な笑みをうかべながら、精霊のみなさんへと声をかける。
「楽しい冒険の予感がしますよ、みなさん!」
『わ~い!!! ぼうけ~ん!!!』
私に負けず劣らず、楽しげな声音が響き、共に高揚感に満ちていく。
眼前に移動してくるくると舞ったみなさんに、笑みを深めて告げる。
「いざ、未知なる冒険へ!」
『しゅっぱ~~つ!!!』
声音を跳ねさせ、急な下り坂になっている空洞の中へと、意気込んで入り込む。
夜明けのお花様の小洞窟とは異なり、明かりのない完全な暗闇の岩と土の穴の中を、すべらないようにだけ気をつけながら進んで行く。
穴の中はたしかに暗いが、スキル《夜目》によって周囲は見えており、問題なく下ることができた。
時折現れる、低い天井にはぶつからないように体勢を変えつつ、岩と森とどこからかただよう水の香りが気になりながら穴の中をしばらく歩く。
――すると、唐突に広い空間へと足が出て、靴音がカツンと反響した。
「ここは……」
思わず零した声も、不思議な響きであたりに広がる。
ぐるりと見渡してみると、穴からたどり着いたこの場所は、先へとつづく通路のような空洞が三つある、つるりとした岩肌の広い洞窟に見えた。
ここで、はっと閃く。
灯台下暗しのごとく、目醒めの地の後ろ側にひっそりとあった入り口に、別れ道がある複雑な構造と思しき洞窟、と言えば。
これはもしかすると……はじめての本格的な、ダンジョンなのではないだろうか!
ぱっと、表情が華やいだのを自覚して、より微笑みを深める。
三つの空洞を順に見つめ、三色のみなさんへと問いを紡ぐ。
「みなさん、どの空洞を進むと良いのでしょう?」
小さな三色の精霊さんたちは、互いにふわっと相談するように近づいた後、答えを響かせた。
『ぜんぶつながってるよ~!』
『あっちはみずがいっぱいだよ~!』
『あっちがいちばんとおいよ~!』
「なんと。しかし、そのような構造なのであれば――」
――じっくり、探検してみたくなるというものだ!
土の精霊さんが言う通り、すべての道が最終的につながっているのであれば、どこを選んでも本来問題はない。
水の精霊さんの言う、水がいっぱいな場所は、現状では少々未知数が過ぎるため、ここは風の精霊さんが教えてくれた、一番遠い道をあえて選ぼう!
これはおそらく、はじめての本格的なダンジョン探索になるはず……ならば、やはり思い切り楽しまなくては!!
「せっかくの魅力的な探検ですから、遠い道を進んでみましょう!」
『は~~い!!!』
満面の笑顔で方針を告げると、みなさんの元気な返事が洞窟内に反響した。
それさえも心を弾ませるのだから、ダンジョン探索もロマンの一つに違いない!
右端に見える風の精霊さんが教えてくれた空洞へと足を進めながら、新鮮な未知への好奇心と探究心に、また笑みを深める。
さぁ――冒険をはじめよう!