百二十話 幕間十 同じことはできずとも
※主人公とは別のプレイヤーの視点です。
(幕間六のプレイヤーさんです)
【シードリアテイル】も、ゲーム開始日から四日目となった今日。
今日も今日とて、理想の弓使いを目指すためにと、軽々と登った枝の上からアースウルフたちを射る。
素早く連続して射ることができるようになってからは、戦闘も苦ではなくなった。
銀、青、茶色の下級精霊たちとも親しくなり、より風を読み、狙い通りに矢を飛ばすことにも慣れてきた頃。
夜の狩りに、もう少し慣れるためにと出向いた先で、かの青年の姿を見かけた。
「あれは……何をしている?」
『まもの!』
『まものといる!』
『おはなししてる!』
「魔物と……対話しているというのか?」
『うん!』
『そうだよ!』
『おはなし!』
「ほぅ……」
疑問の言葉に、三色の下級精霊が答えをくれる。
正直、信じがたいその内容に、ぶしつけだと分かってはいたが、前方を見つめてしまう。
背に流れる、金から白金へとグラデーションがかかった長い髪。その肩と頭にとまっている、私の精霊たちと同じ色の三体の下級精霊たち。同じように枝の上にいてさえ、気品を損なわない立ち振る舞い。
間違いない――精霊の先駆者であり、素晴らしい細工技術を身につけている、あの彼だ。
静かに胸元を見下ろし、そこでゆれるペンダントを見る。
この素晴らしい性能と見目のペンダントこそ、装飾品の店で買った、彼の作品。
私が一目で気に入った作品の作り手……その彼が、魔物と、対話している?
あまりの突拍子のなさに、改めて遠くに見える優雅な背を見つめた。
この【シードリアテイル】では、魔物使いやテイマーのように、魔物を従えることができるという情報は知っている。
ただし、何事にも相性というものは少なからず存在し、エルフは他の種族と比べても、それほど魔物を従えるのを得意とする種族ではなかったはずだ。
その分、精霊たちから愛されているのだという情報を、語り板で見た。
もちろん、得意でないからと言って、まったくできないというわけではないだろう。
しかしながら、そうは言えども、この序盤も序盤……はじまりの地であるエルフの里で、魔物との対話を試みる者が果たしてどれほどいるというのか。
希少すぎるはずのその一人を目の前にして、困惑が先に立つのは仕方がないことに思えた。
「あの魔物と、対話はできるものなのか……?」
気になり、そばの空中でうかぶ精霊たちに問う。
『できる?』
『できる!』
『できる~?』
「やはり、そうたやすくはないのだな」
『かんたん?』
『ちょっとむずかしい!』
『かんたん、ちがうね!』
「そうか……ではあれは、やはり例外的な結果か」
見やった前方で、明らかにフクロウのような魔物とやりとりをしている姿を見て、しみじみと呟く。
精霊たちの言葉はつたないが、ウソをつくことも、間違いを答えることもない。
であるならば、彼は簡単ではないはずの魔物との対話を、見事成功させたということだ。
「精霊の先駆者であり、素晴らしい技術を持つ細工師であるだけではなく、魔物使いの才もあるのだろうか……なんとも、多才なかただ」
フクロウの魔物と交流する姿を見つめ、彼に対する尊敬の念が積み重なって行くのを感じる。
もしかすると、彼自身は意図してあのような才を発揮しているわけではないのかもしれないが、無意識の才ほどその人らしさを極めた才はない。
意識してその才を開花させたのならば、それもまた見事なことだと言えるだろう。
そう思うからこそ、無意識に敵を射ることが出来るほどの弓使いになるべく、私も励んでいるのだ。
片手に持った、弓を見下ろす。
艶やかな濃い緑の色をした、私の自慢の相棒。精霊たちと交流するその前から、この手の中にある心強い武器を、ぐっと握る。
「私も、目指す背を引きつづき、追いかけるとしよう」
誰にともなく、決意を秘めて呟く。
精霊との交流や、飾り物をつくる技術だけではなく、世迷言板での情報によると魔法の強さなども素晴らしく、何より目の前で魔物とさえ対話している彼は――この先もきっと、輝かしい旅路を歩んでいくのだろう。
そしてその姿に、私は何度でも感銘を受けるはずだ。
もしかすると、多くのプレイヤーたちが私と同じように驚き、素晴らしいと知り、尊敬を重ねるのかもしれない。
彼を目指し、彼と同じものを手に入れようと、励む者たちもでてくることだろう。
この自由度の高い【シードリアテイル】で、実際にそれができるとは、限らないが……しかし、同じものを、手にすることまでは出来なくとも。
誰しもが、その背中を追いながら、自らの旅路を彩ることはできるはずだ。
「見事なものを、見させてもらったな」
『しーどりあ、うれしい?』
「あぁ――これもまた、よき学びと言えるだろう」
呟きに問う風の下級精霊に、そう答える。
立ち去る前に再度見やった前方の彼は、やはり不可能を可能とするかのごとく、魅力的な雰囲気を放っていた。
くしくも、私自身が目指しその背を追う、物語の古きエルフの姿のように――。
※明日は、
・五日目のはじまりのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!