百十九話 魔物交流と魔力の実
※飯テロ……? のような描写あり。
予想外な結果に終わった森兎探しの後、そのまま夜の森の散歩を続行して、しばらく。
あたりがいっそう闇におおわれ、深夜の時間がおとずれた。
涼しげな夜風が吹き抜け、長髪とマントをゆらすのに微笑みながら散歩を楽しんでいると、ちょうど以前の夜間遊行の際にフォレストアウルを見つけた場所にたどり着く。
《存在感知》で察したほうへと歩みより、樹の上を見上げると、深緑の翼をかすかに動かす姿が見えた。
非好戦的なフクロウの姿をした魔物――フォレストアウルだ。
重なる樹々の葉の隙間から見上げる夜空のような、緑に銀点を散りばめた綺麗な眼が、静かにこちらを見下ろしている。
魔物図鑑にはたしか、従えることはできないが、賢く非好戦的なので上手く交流できると贈り物をしてくれる、と書かれていた。
贈り物はともかくとして、せっかくこうして出逢えたのならば、交流くらいはしてみたいもの。
ふわり、と微笑みを口元に広げて、少し離れた位置の枝の上へと軽やかに乗る。
見やったフォレストアウルは、さいわいにも動じた様子はなく、じっとこちらを見つめるのみ。
ほっと吐息を零しつつ、小声で三色のみなさんへ相談する。
「みなさん。あちらのフォレストアウルさんと、交流をしてみたいのですが……何か良い案はありませんか?」
『しーどりあ、あのことなかよしになりたいの?』
「えぇ」
『おくりもの、すきなこ!』
『まりょく、すきなこ!』
「贈り物に、魔力と言いますと……あ」
精霊のみなさんの助言を聴き、一つ交流方法を思いついた。
贈り物が好きで、魔力も好きと言えば!
閃きのままに、右腰のカバンから、マナプラムを三粒ほど取り出す。
別名で魔力の実と呼ばれるほど、たっぷりと魔力を含んでいるこのマナプラムならば、フォレストアウルへ贈るのにふさわしいのではないだろうか?
……木の実が贈り物になるのかどうかは、果てしなく未知数ではあるが。
とは言え、挑戦はあるのみ!
つとめて穏やかな表情で、前方の枝で羽を休めているフォレストアウルへと向き直る。
賢い、と書かれていた部分がどれほどの賢さを示すのかも分からないのだが、ひとまずたずねてみよう。
「こんばんは。素敵な夜の出逢いに、ぜひこちらの贈り物を差し上げたく思うのですが……近くに行っても、よろしいでしょうか?」
マナプラムを乗せた掌を見せ、優しくかけた言葉に対し、じっと綺麗な眼を向けていたフォレストアウルは、やや間を置いてうなずくような仕草をする。
『いいみたい?』
『なかよし、なれる?』
『なれるかも!』
「なんと」
お互いに感じていることを確認し合うような、精霊のみなさんの言葉に驚きつつ、まずはと眼前にある枝へと移ってみた。
フォレストアウルに、特別動きはない。
もう一つ、さらに一つと枝一本分の移動をつづけ、ついにはフォレストアウルの眼前にまでたどり着く。
ここまできても、フォレストアウルはただじっとこちらを見つめるだけで、逃げる様子はない。
その落ち着き払った姿は、なかなかに堂々としたもので、なんともかっこいい魔物だと感じた。
そっと掌に乗せたまま、マナプラムを差し出してみる。
綺麗な眼がマナプラムと私の顔とを交互に見やり、やがて一粒のマナプラムをくちばしで挟み、ぱくりと食べてくれた。
どうやらお気に召したらしく、残りの二粒は迷いなく食べる様子に、嬉しさで笑みを深める。
三粒を食べ終え、再びじっと視線を注ぐフォレストアウルに、カバンから追加で三粒のマナプラムを取り出すと、『ホゥ』と穏やかな鳴き声が響いた。
すぐにまた掌の上のマナプラムを食べ出す様子に、追加分を喜ぶ鳴き声だったのだろうかと、鳴き声の意図を考えてみる。
とは言え、特別フクロウのことに詳しいわけでも、鳥類に詳しいわけでもないため、考察めいたことはできないのだが。
そんなことを思考していると、ふわりと掌からあたたかで心地の良い感触を感じた。
「おや、これはこれは」
見やった光景に、思わずにっこり笑顔で嬉しげな声音の言葉が零れる。
眼前には、マナプラムを乗せていた掌に、フォレストアウルが頭をすりすりとよせていた。
そうっと撫で、そのまま翼へと掌をすべらせると、眼を細めて心地良さそうな鳴き声を上げる。
アースビーの時のように、精霊のみなさんが気にしてはいけないので、言葉にこそ出さないが――とても可愛らしい!!
それに、ふわふわだ! すごく触り心地が好い!!
うっかり、魅力たっぷりのふわふわに心を奪われていると、しゃらんと効果音が鳴った。
ぱちりとまたたいた緑の瞳を向けると、空中には[《魔物交流》]という文字がうかんでいる。
フォレストアウルを撫でる手は止めずに、開いた灰色の石盤のスキル一覧に刻まれた説明文を読む。
[非好戦的な魔物と交流する際、友好的だと判断されやすくなる。常時発動型スキル]
そう書かれている文に、一つ納得を込めてうなずいた。
つまるところ無事に、このフォレストアウルとは交流できているということだろう。
そしてこの交流をきっかけに、《魔物交流》のスキルを得た、と。
スキルの内容を考えると、これから先フォレストアウルをはじめとする非好戦的な魔物との交流が、一段と楽しめそうな予感がする。
ありがたい展開に微笑みを深めていると、ふいにフォレストアウルが隣にあった細い木の枝でつくったと思しき、丸いお椀状の入れ元へとくちばしをよせ、何かを取り出した。
それを若干行き場を無くしていた私の掌へ、つついて持たせてくれる。
入れ物から取り出して贈ってくれたのは、純性魔石のような色合いを持つ、マナプラムより一回り大きな、小さめの実だった。
もう一度くちばしで運ばれ、掌の上に贈ってくれたので、計二粒の美しい蒼色の実が掌でコロンと煌いている。
……はて? これは何だろう?
賢いとのことなので、おそらくはさきほどマナプラムを贈ったお礼のようなものだとは思うのだが。
小首をかしげていると、何も挟んでいないくちばしがつん、と手の甲を持ち上げるように押した。
――これは、アレか。食べるようにと、促されているのでは。
行動をおこさない私に、フォレストアウルは綺麗な眼で見つめてくる。そしてもう一度、つんと手の甲が押された。
「ええっと……私でも、食べることのできるもの、ですか?」
『ホゥ』
問いかけに、明らかな肯定の鳴き声。
これは、覚悟を決めるしかないようだ。
思い切って、美しい一粒を指先で掴み――ぱくりと口に入れる。
瞬間、さきほどまでたしかに固形物であったはずの実が、口の中で溶けた!
とろりとした、しかし何も味を感じない液体となった実を、おそるおそるのみこむ。
とたんに、チリンと鈴の音が鳴り、思わず軽く肩が跳ねた。
いったい何事だと見やった空中には、[総魔力量の大幅な増加]とだけ書かれた文字がうかんでいる。
あぁ……何やらとんでもないことが起こった気が!!
サッと石盤を開き、基礎情報のページを確認すると、ただでさえ生命力ゲージと比べて横へ大きく伸びていた魔力ゲージが、どう見ても三分の一ほど、さらに伸びている。
あの美しい実を食べただけで、だ。
「えぇぇ……?」
『まりょくいっぱい!』
『しーどりあ、まりょくふえた!』
『このこ、いいこ!』
思い切り困惑の声を零した私に反し、小さな三色の精霊さんたちは、実に嬉しげに声を上げてくるくるとフォレストアウルの周囲を回りはじめた。
当のフォレストアウルも、なにやらまんざらでもなさそうな表情をうかべている。
一言だけ、言わせてほしい――何がどうしてこのような展開に!?
一拍の間に、思考を加速させて状況を把握。
食べるだけで総魔力量が上がる、この実こそが魔力の実と呼ばれるにふさわしい実なのではないか、と思う残り一粒の実をカバンにしまい込み――左手を右胸へと、丁寧に当てて。
「フォレストアウルさん。素敵な贈り物を、ありがとうございます」
せいいっぱいの優雅さと真摯さを微笑みと所作と言葉にして、フォレストアウルさんへのお礼にする。
満足気に『ホゥ』と鳴いたフォレストアウルさんは、やはりどこか得意気に見えた。
その後は、胸中だけは穏やかに戻らないまま、穏やかにフォレストアウルさんと別れ、神殿へ戻り精霊神様と天神様と魔神様、それに獣神様へお祈りを捧げたのち、ログアウトの準備をしてベッドへと横になり。
四日目は、最後にすさまじい出来事があったなぁ……と思いながら、ログアウトへと至った。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。