十一話 神の像に魔法を祈る
白亜の神殿の、そのまた中の小部屋は、小さな神殿だった。
部屋の中には、私の背丈とそう変わらない大きさの精霊神様の白い石像がやはり美麗に鎮座している。
他にあるものと言えば、天井から部屋を照らすシャンデリアと、扉と同じ純白の蔓で作られた長椅子が一つ。
内装自体はシンプルだが、壁ひとつとっても美しい蔦模様と花々の彫刻が刻まれており、実際はとても華やかに見えた。
『おいのりする~?』
『ぼくたちのかみさまだ~!』
『せいれいしんさまだ~!』
この部屋まで私にくっついたまま同行してくれた精霊のみなさんが、ふよふよと精霊神様の像の周囲を嬉しげに飛び回る。
それを眺めながら、私はと言えば白い蔓の長椅子に腰かけ、静かに両の手を組んで瞳を閉じてみた。
神々と祈りの本には、祈りの仕方に明確な作法は厳密には存在しないことと、一応一般的にはロランレフさんがしていたような祈りのポーズをして瞑想することで、祈りのスキルが手に入ると書かれていた。
何はともあれ、まずは祈りのスキルを習得しないことには、神々も祝福を授けようがないことだろう。
私は創世の女神様以外の神々の姿を直接見たことはまだないが、この像を見る限りきっと精霊神様もさぞお美しい神様で、この里で出会ったエルフや精霊のみなさんのようにあたたかな心の持ち主なのかも、しれない。
祈りの仕方など分からないものの、色々と考えながら尊きかたへと祈ってみる。
内容としては、美とロマンあふれるエルフという存在を生み出してくれたことへの感謝。それから、精霊のみなさんともっと仲良くなれますようにという願いと、これから試す魔法への期待を想像しつつ、上手くいくように導いて下さるだろう未来にも、感謝を。
現実世界での遠い過去のどこかで、祈りとは感謝だと聞いたことがあった気がして、それに合わせてみた。
未来にも感謝をしたのは、信仰とは信じることだという言葉も、記憶の隅にあったから。祈るという行為そのものが、ある種の信仰に含まれるのなら、とりあえず未来の出来事も信じて先に感謝してみよう、といったところだ。
まぁ、信じる者はなんとやら。
これもある種の挑戦でありお試しだ。もっとも、このゲーム世界において挑戦でもお試しでもない物事のほうが、サービス開始初日では珍しいだろうけれど。
つらつらとその様なことを思いつつも、イメージは忘れない。
思い描くのは、さっそうと精霊のみなさんの力を借り、さまざまな魔法を使って戦う私自身の姿だ。
きっと戦闘中には涼やかな表情が凛々しくてかっこいい……はず。
事実がどうであれ、想像の中でくらいは美しく戦うエルフでありたいものだ。
そのようにイメージしながら瞳を瞑り祈り、体感としては数分たった頃。
すでにおなじみとなった、しゃらんと響く美しい効果音が耳に届いた。
はっと瞼を開くと、目の前には予想通りスキルの文字がうかんでいる。それも、三つも。
一つは、スキルである《祈り》。これは予想通り、無事に獲得できたスキルと言えよう。
まばたきを何度か繰り返してしまった理由は、二つ目と三つ目のほうだ。
「スキル《精霊交友》と、〈フィ〉……表記が違うということは、まさかこれは魔法……?」
驚きが声音ににじむ。
『しーどりあすき~!』
『ぼくたちとともだち~!』
『なかよし~!』
精霊神様の像の周りを飛んでいた精霊のみなさんが意味深な発言と共に、ふよふよとそばに近寄り、肩や頭の上にぴたりと留まった。
そもそもの予想では、スキルの《祈り》を習得し、発動した上で神々の像に祈り、それによって何かしらを授かるのだと思っていたが、どうやら同時に色々と授かることもできたらしい。
精霊のみなさんが反応した部分は、間違いなく二つ目のスキルか三つ目の魔法らしきものだろう。
崩れて白い光に変わっていく空中の文字に慌てて触れると、石盤型のステータスボードが開く。
最初に習得したスキル《瞬間記憶》以降は自動でステータスボードが開くことはなかったため、どのように開くのか密かに謎だったが、ひとまず手動では開くらしい。
念のため一度消し、ステータスボードが開くイメージをすると、この方法でも開いた。
やはり没入ゲームにおけるイメージは最強である。
開いたステータスボードの中、目を通したスキルの欄には、今までに習得したものがずらりと並んでいた。
他のスキルは色々一区切りついた時に詳しく確認するとして、まずはと[《精霊交友》]と刻まれ点滅している部分をつつき、追加で刻まれた説明文を読む。
「[精霊との交友の証に、精霊たちからの関心と手助けを望むことのできる状態になる。常時発動型スキル]……なるほど。おそらくこれは、精霊魔法を使うための前提条件である、精霊のみなさんと親しくなるという部分を達成した証ですね」
『そうだよ~!』
『ぼくたちとなかよし~!』
『いつでもよんでね~! おてつだいする~!』
「みなさん、ありがとうございます。これからもお世話になります」
私なりの解釈に肯定を返し、なおかつ快く手助けをするという言葉をもらい、自然と頬がゆるんだ。
これでひとまず魔法だけでなく、精霊魔法を使うための準備も整った、はず。
つづけて、少し大きく[魔力操作]と刻まれた文字の下に連なる二つのスキルを見る。
《微細魔力操作》と《魔力放出》だ。
「ええっと、《微細魔力操作》のほうは、[魔力操作の一つで、もっとも繊細な魔力操作を可能とする。能動型スキル]。これは……元々は魔導晶石に魔力をとおす際のイメージに、糸のように細い魔力を動かす想像をしたからでしょうか」
リリー師匠のもとで魔導晶石を変形させた時の楽しさを思い出し、小さく笑みが零れる。
《魔力放出》もあの時一緒に習得できたことは、想定外の幸運だった。
その《魔力放出》の説明には、[魔法を扱うための基礎的な能力。身体内の魔力を放出し、魔法を発動する準備段階。能動型スキル]と書かれている。
「文字通り、魔法を使うためにはおよそ必須のスキルだったのですね……」
『まりょくだすのだいじ~!』
『しーどりあはじょうず~!』
『まほうつかえるよ~!』
しみじみと呟くと、精霊のみなさんは親切にそう教えてくれる。
前提条件も、一応の情報もすでにそろった。
あともうひとつの確認事項は、スキルではなく魔法の一覧。
文字情報を切り替えるように、認識ひとつで灰色の石盤に刻まれた文字が書き換わった。
そこには、精霊魔法の項目で明滅する[〈フィ〉]と刻まれた精霊魔法が一つ。
操作に慣れたのか、その文字には触れずとも説明文が追加された。
「[精霊たちをそばに呼び出し、精霊魔法を発動する手助けを願う、単発型の補助系初級精霊魔法。詠唱必須]、ですか……」
口元に手をそえつつ、少しだけ思案する。
初級精霊魔法ということは、本当に初歩に近い精霊魔法であり、補助系とは他の魔法などを補助するたぐいの能力の魔法なのだろう。
詠唱必須は、魔法名や詠唱を言葉にしなければならない魔法ということか。
それにしても説明文を読むに、もしかするとこれもまた、ある種の前提条件のような精霊魔法なのかもしれない。
そしてここは、精霊魔法の専門家がすぐそばにいるわけで……。
ちらりと視線を移し、肩に乗る風の下級精霊さんを見る。とたんにふわりと浮かび上がり、他の二色の精霊さんたちも一緒に、目の前に移動してくれた。
『どうしたの~?』
『しーどりあ、まほうつかう~?』
『おはなしする~?』
幼げな声音でのありがたい問いかけに、せっかくなので乗らせていただく。
「少し、みなさんにお尋ねしたいことがありまして。さきほど習得した精霊魔法は、他の精霊魔法を手助けしてくれるようですが、これは何か他の精霊魔法を使う前に、必ず発動させた方がよいものなのでしょうか?」
『うん! ぼくたちをよんで~!』
『さいしょは、ぼくたちをよんでほしいの~!』
『よんでくれたら、いっぱいおてつだいできるよ~!』
「なるほど……つまりこの精霊魔法は、みなさんへの声かけのようなものなのですね」
『そうだよ~!』
――どうやら、仮説は正解だったようだ。
〈フィ〉という精霊魔法は、他の精霊魔法を発動するための前段階として、精霊のみなさんを近くに呼ぶためのものなのだろう。
とは言え、会話の中だけの認識ではズレがある可能性もある。
魔法関連での事前確認はここまで。
――いよいよ、実践開始だ!