百十八話 幻想世界らしさと言えば
「とっても美味しかったです」
『おいしいの、よかった~!』
『おいしいの、いいこと~!』
『おいしいの、しあわせ~!』
美食を楽しみ、食堂から出て歩む広場のただなかで、食事の素晴らしさをかみしめる。
小さな三色の精霊さんたちの言葉にうなずき、美味しさは偉大なのだと、笑みが深まった。
本格的な夜の時間となった、紺色混じりの星空を見上げて、次は何をしようかと思考を巡らす。
「おや、そう言えば……」
『なになに~???』
「いえ、ふと思い出したのですが……」
ふいに思い付きから零れた言葉に、そわっと反応した精霊のみなさんへと、言葉をつづける。
「そう言えば、私はまだ以前美味しく頂いた、森兎という動物をお見かけしていないなぁ、と思いまして」
『ほんとだ~~!?!?』
「えぇ、すっかりどなたかにおたずねすることも、失念しておりました」
のほほん、と穏やかに紡ぐと、精霊のみなさんは何やら相談し合うように小さな三色の身をよせて、次いでぱっと離れた。
不思議な様子に小首をかしげると、小さな土の精霊さんが声を上げる。
『あのね! あっちにいるよ!』
『あっち~!』
『むこうにいるよ~!』
つづいた風と水の精霊さんの言葉に、三色の光がふよふよと少しだけ移動して示してくれたほうへと視線を注ぐ。
示されたのは、方向的に里の入り口から食堂までの範囲。
つまり、その間の森の中に、森兎が生息しているということなのだろう。
なるほどとうなずき、食後の散歩も兼ねて里の入り口側からゆっくりと食堂へ向けて散策することに決める。
「分かりました。ではさっそく、森兎探しとまいりましょう」
『は~~い!!!』
好奇心を秘めて告げた方針に、元気な返事が響く。
それに微笑みを返して、足を踏み出した。
土道を進み、目醒めの地を抜けてその奥へ――。
巨樹の葉が星々の明かりを隠す、暗い森の中でも問題なく進むことができる《夜目》のスキルは本当にありがたい。
戦闘時はさらに《夜戦慣れ》が加わるため、太陽が輝いている時間と大差ない動きができることは、とても便利だと思う。
つらつらと、夜の時間帯もあまさず楽しむことができる現状を喜んでいると、見慣れた巨樹が前方にあることに気づいた。
あの銀色のリスさんと追いかけっこをしていた時、ここを通った折に見かけた、空洞のある巨樹。
何やら、空洞の奥がつづいている雰囲気に、冒険心がくすぐられる。
とは言え、今日はもう現実世界では眠りについている人達もいる時間だ。
この後は、もし素晴らしい冒険が待っているのだとしても、もうそれほど長く遊ぶことができない。
それならば、明日にでもじっくりと遊んだほうがいいだろう。気にはなるが、そうしよう。
少しの名残惜しさを感じつつ、さらに奥へと歩みを進めていく。
目醒めの地の後ろの森を、ゆっくりと迂回する形でまったり歩んでいると、ずいぶんと食堂側に近くなった場所で、ぴょんっと何かが跳ねるのが見えた。
反射的に足を止めて、目を凝らす。
小ぶりな姿は一つではなく、ぴょんぴょんと複数が跳ねている。
緑の瞳をまたたき、そろりと左肩に乗っている小さな土の精霊さんに視線で問いかけると……。
『もりうさぎ、み~つけた!』
なるほど、アレが――森兎。
思わず、真顔になった。
いや、たしかに……大きさは、小さめの兎のサイズで間違いない。
ただ、何というべきか。その姿は、想像していた普通の兎の姿とは、ずいぶんと異なるもので……正直なところ、信じがたい。
ぴょんぴょんっと前方で跳ねているその姿は、長耳の少し大きめのハムスターに近い。しかし、やはり見知った姿ではない動物だ。
果たして――背中にニワトリのトサカに似た緑の葉のようなものがついていたり、尻尾が二本であったり、といった特徴をもつ動物を、兎と呼んでいいものか……。
「……これは、悩ましいです」
『なやましい???』
「えぇ……」
ぽつりと零した苦みを帯びた言葉に、精霊のみなさんが疑問符を飛ばしているのは分かる。
それは分かるのだけれども、私自身この認識の不一致を、みなさんにお伝えする言葉にも悩んでいるとしか、言いようがない。
もはや、魔物であるハーブラビットのほうがよほど兎と思えるほどの姿をしたこの森兎が、あれほどまで美味な料理として出されたという事実への認識が追いつかず、そっと片手を額に当てる。
――どのような姿形であったとしても、そしてここがゲームの世界であったとしても、命を糧として頂いているという感謝は決して忘れない。
その点は忘れてはいないのだが、これはあまりにも予想外だった。
『しーどりあ、いたいいたい?』
『よしよしする~!』
『なでなでする~!』
「あ、ありがとうございます、みなさん。少々……えぇ、驚いているだけですので、ご心配なく」
『よかった~!!!』
可愛らしい、小さな精霊のみなさんの優しさがしみる。
淡い微笑みを口元に取り戻しながら、改めてぴょんぴょんと跳ねる森兎を視線で追い。
――さすが幻想的な異世界をモチーフにしているだけのことはあるなぁと、一周回って感心が湧き出るのを、そのままにすることにした。