百十七話 魅力語りと魚とチョコ
※飯テロ注意報、発令回です!
それなりに驚きを混ぜた学びを得て書庫を出ると、ちょうどゆっくりと傾いていた夕陽が落ち、まだ明るさの残る宵の口の時間がおとずれた。
何度見ても綺麗な、時間が切り替わる瞬間を見届け、ほぅと感嘆の吐息を零す。
視線を前方へと向けると、クインさんも巨樹の根本から立ち上がり、青が広がる夜空を見上げていた。
ゆったりとした歩みで近寄ると、互いに穏やかな微笑みを交し合う。
「本日も書庫の本を読ませていただき、ありがとうございました」
『あぁ。君の学びに繋がったのなら、書物も本望だと僕は思うよ』
「ふふっ、ありがたいことです」
上品にのほほんとしたやりとりをする心地好さに、微笑みが深まる。
と、ふいに若葉色の瞳が少しだけ真剣な色をたたえた。
どうしたのだろうかと小首をかしげると、疑問を問う前に穏やかなテノールの声が響く。
『里で過ごすのは楽しいかい?』
唐突なクインさんからの問いかけに、ぱちりと緑の瞳をまたたき――次いで、笑顔を咲かせた。
「それはもう! クインさんをはじめ、見守ってくださるみなさんはいつもお優しく、とてもありがたい限りですし、私にとってはこの里のつくりや、森の景色自体が十分魅力的なのです!」
『そうだったのかい?』
「はい!!」
きっと今、この緑の瞳はキラキラと煌いていることだろう。
つづきをうながすように、優しく細められた若葉色の瞳に、ついロストシード的エルフの里魅力百選を語る気持ちで、言葉が連なる。
「精霊のみなさんと仲良くなれたこともとても嬉しいことです!」
『わ~い! なかよし~!』
『なかよしだよ~!』
『しーどりあと、なかよし~!』
『あはは! たしかに、君たちは本当に仲がいいね』
「そうなのです! そのことだけでも、私にとってはエルフの里ならではの魅力だと思います!」
嬉しげな精霊のみなさんの言葉や、軽やかなクインさんのあたたかな笑い声に、つい語りに熱が入った。
「お食事もたいへん美味で、とても満足しております! お店の作品が素晴らしいことは当然としまして、技術を学ぶ機会をいただけることもありがたく! 森の景色やその中で出会う魔物との戦いも、とても楽しませていただいております!」
『あははは! うんうん、どうやら僕が思っていたよりもずっと、ロストシードはこの里を堪能しているみたいだね』
「それはもう、しっかりと!」
『あはは! 良かった良かった!』
熱意をそのまま言葉にのせた私の魅力語りに、クインさんは嬉しげに軽やかな笑い声を響かせる。
そのどこか安心したような表情に、何も問題などなく、ただただ私がこの里の魅力を楽しみながらすごしていることが、少しでも伝わればいいと思った。
「大丈夫ですよ、クインさん。私はとても楽しくすごしておりますから」
そう、穏やかな声音で、微笑み紡ぐ。
――クインさんならば、この思いが伝わるはずだと、確信して。
視線を交わした若葉色の瞳は、あたたかな色を加えて、そっと微笑みにあわせて笑う。
『充分、伝わったよ。ロストシード』
優しい微笑みは、はじめてお逢いした日より少しだけ……慈悲深さをまして、私へと向けられていた。
ならばと、私も今まで以上に感謝と優雅さを、一礼にのせる。
上げた視線が重なり、また二人そろって微笑み合う。
宵の仄暗さなど、押しのけてしまうほど鮮やかなクインさんとの時間は、本当に得難いものだと、しみじみと思った。
『これからも、たくさん里を楽しむといいよ』
「はい!」
『はぁ~い!!!』
別れ際のクインさんの言葉に、精霊のみなさんと一緒に元気な応えを返し、再び土道に戻る。
お次は――食事を楽しもう!
軽快な足取りでたどり着いた食堂には、大きな看板に以前見かけた名前のおすすめメニューが書かれており、今回はこの料理を楽しむことを即決する。
カランと響く来店の音を聴きながら、美味しい香りに満ちた店内に入ると、今回も可愛らしい緑の中級精霊さんがぴゅーっと目の前に飛んできてくれた。
『いらっしゃいませ! ほんじつは、もちこみ食材はありますかっ?』
歓迎の後につづいた言葉に、思わず一瞬固まる。
わくわくとした雰囲気があふれだしている中級精霊さんの様子に、そっと眉を下げた。
「その……今日は、こちらのお料理をいただこうと考えておりまして、持ち込みの食材は……」
戸惑いと共に紡ぎながら、一応カバンの中にマモリダケやリヴアップルなどの食材はあるにはあるけれども……と思考する。
あるにはあるが、やはり今日は純粋におすすめメニューが食べたい。
それに、そもそも今持っている物以外のマモリダケを採取できるまでは、このキノコは保管しておく予定だった。なにせ、錬金素材としても食材としても、とても希少なので。
『あっ、しつれいしました! またもちこみ食材がありましたら、おしえてくださいね!』
「えぇ、分かりました」
『えへへ! たのしみです!』
ぱたぱたとゆれる四枚翅と、輝く笑顔がたいへん可愛らしい。
――次におとずれる際は、持ち込み食材を調理していただこう。そうしよう。
密かに重要事項を脳内に刻みつつ、今度こそ席へと案内してくれる小さな背中を追いかけ、いつもの奥にある席へとつく。
『お食事はおきまりですか~?』
大きな葉でつくったコップを机の上に置きながら、輝く笑顔で問いかける緑の中級精霊さんの言葉に、微笑みながら深くうなずきを返す。
今回の食事内容は、すでに決めている!
「本日のおすすめメニューと、もし残りがあるのでしたら、チョコケーキもお願いいたします」
『川のうすべにざかなのこうそう焼きと、チョコケーキは……さいごのひとつがのこっています!』
「それは嬉しいです。ぜひ、そちらを」
『かしこまりました~! 料理ができあがるまで、しょうしょうおまちくださいませ!』
弾む声音の嬉しげな余韻を残し、ぴゅーっと厨房へと消えて行く小さな姿を見送りながら、コップの水を楽しむ。
看板に書かれていた[本日のおすすめ 川の薄紅魚の香草焼き]と、最後の一つだったらしいチョコケーキ。
今回はこの二つの美食とデザートを味わうために、おとずれたと言っても過言ではない!
精霊のみなさんと一緒にそわそわとしながら、料理の到着を待つ。
やがて、緑の中級精霊さんが器用に蔓に料理をのせ、届けに来てくれた。
『おまたせしました~!』
「ありがとうございます」
『おたのしみくださいませっ!』
にっこりと笑顔を交わし、さっそくと料理に向き合う。
真っ先に香り立つのは、香ばしい焼き魚の香り。次いで、そこにさわやかな香りが混ざる。遅れて、チョコの甘い香りが嗅覚に届いた。
まずは魚の香草焼きを楽しみたいので、チョコケーキはいったん机の奥へ置き直す。
さて、それでは……!
胸の中央に左右の掌を重ね当て、軽く瞳を閉じて。
「恵みに感謝を」
『かんしゃ~!!!』
三色の精霊さんたちの唱和になごみながら、小声で頂きますを紡ぎ、一口大に切り分けられている淡く薄紅の色がのる魚の身に、フォークを刺す。
そっと口に運び入れると、香りよりも濃い香ばしさとちょうどよい塩味がぱっと広がった。
これはまた、なんとも美味!
川魚らしいさっぱりとした味わいを楽しみながら、ぱくぱくと食べ進めてしまった。
葉のコップのさわやかな水で一息つき、今度はデザートのチョコケーキを手元に引きよせる。
艶やかな茶色をすくい、口に含む。幸せの甘さに、つい頬がゆるんだ。
『しーどりあ、ちょこすき!』
「えぇ、それはもう」
小さな土の精霊さんが、くるくる舞いながら上げた声に、深いうなずきを返してチョコケーキを食べ進める。
至福の時間は、あっという間に過ぎるもの。
体感としては一瞬で食べ終わってしまった食事とデザートに、それでもたしかな満足を感じて、また頬がゆるんだ。