百十五話 幕間九 好きこそ物の上手なれを体現する人
※主人公とは別のプレイヤーの視点です。
友人より一足先に……と言っても、すでにゲームのサービスがはじまってから、四日が過ぎていたけれど。
その四日目になってようやく、噂の【シードリアテイル】をはじめることができた。
「へぇ……これはまた、ずいぶんと本格的だ」
お気に入りの低いハスキーな声で、目の前に広がったエルフの里の感想を呟く。
景色も素晴らしいけど、凛々しい男装の麗人風の姿に整えた、このエルフの姿も素晴らしい。
女性のエルフらしい美と、ワンピースではなくチュニックとズボンに変えた服装が、見事に僕にふさわしい雰囲気をかもし出している。
かなり好みだ。これだけでも、このゲームを称賛したいくらいには。
艶やかに見えるだろう笑みをうかべ、里の中も外もゆったりと景観を楽しみながら、探索していく。
同じ場所を通っても、違う時間帯にはまた別の光景が見え、フィールドを把握するだけの散歩でも十分に楽しめる。
「この景色なら、あの子も楽しめそうだな」
まだ一緒に遊ぶ準備が整わず、泣き言を零していた友人を思い出してほくそ笑む。
夜の森を、時折明滅する小さな光――下級精霊と呼ぶらしい子たちを眺めつつ、手探りで進んでいると、楽器のウィンドチャイムに似た音が鳴って、スキル《夜目》を無事に獲得できた。
この辺りは、ゲームをはじめる前に軽く確認した語り板にあった情報通り。
一気に見やすくなった夜の世界に、笑みを深めていると、ふいに遠くのほうでガサリと小さな音がたった。
視線を向けると、何やら物凄い速度で人が樹の上を移動している。
「へぇ? あんなこともできるものなのか」
感嘆を言葉にしながら、一瞬で見えなくなった……おそらく僕と同じエルフのプレイヤーだろう人物が、移動して行った先を見つめ、思い立つ。
あの速度での移動は、魔法を使っているだろうから今の僕にはまだできないとして。
――樹々の上を跳ねるくらいは、出来るかもしれないな?
試しに、頭上に伸びる枝を飛び上がって掴んでみると、驚くほど身軽にこなせた。
「これは……素早く移動してみたくもなる」
誰にともなくうなずきながら、枝から枝へ移動してみると、これも案外簡単にできて、納得が胸に満ちる。
「なるほど。さっきの人も、この軽やかな移動が好きになったのだろうな」
僕もこれはクセになりそうだ、なんて思いながら、時折遭遇する魔物を今はまださけて、探索を楽しむ。
最初のチュートリアルがメインになるフィールドにしては、広さはともかく作り込みはいっそ見事なほどすさまじい、の一言だ。
没入ゲームはそれなりに遊んできたけれど、これほどまでに繊細につくられているフィールドで遊ぶのは、さすがにはじめて。
なかなか見応えがあって、気がつくと数時間も経っていた。
休憩を挟みつつ、思ったよりプレイヤー数の少ないフィールドをつづけて探索していく。
木漏れ日のぬくもり、風の心地よさ、神秘的な下級精霊たち……それに、夜の静かな美しさも、やはりどれも素晴らしい。
元々、釣りやキャンプなどのアウトドアが好きだから、夜の森の中もむしろ魅力的に思う。
まぁ……あの子は怖がるだろうけれど。
苦笑を零していると、遠くで水音が聴こえ、ついその方向を目指す。
水音が聴こえるということは、おそらく川が流れているはずで、このフィールドの川がどのようなものなのか、確認するチャンスだ!
涼しげなせせらぎの音がするほうへと近づいていくと、それとは別の音が唐突に響いた。
「――戦闘かな?」
遠く流れる川の上流を見ると、高速で小さな姿と人影が動いているのが、かろうじて見える。
双方ともに魔法を使っているらしく、銀色や水色の光が閃いていて、安全なこの場から見る分には綺麗だけれど……。
「アレ、とんでもない戦い方をしていないかい?」
紫紺色の瞳を細めて遠方を眺め、一人零す。
薄い金色のような髪と緑の服を跳ねさせて、スライムに似た魔物と戦っているのは、分かる。
ただ、その速度がおかしい。なんだろうね、アレは。
まるで高速戦闘――そこまで思いうかべて、そういえば数時間前にも、高速で樹の上を移動していた人物がいるのを思い出し、思わずまさに今戦闘している人物を凝視してしまった。
一瞬で樹の上を駆けて行った姿も、たしか緑の服を着ている人物だったはず。
「あぁ……たぶん、同一人物だ」
呟き、そういうことかと閃く。
高速移動に高速戦闘、そしてここがゲームの世界だということから、導き出される答えはいたって単純で――あのプレイヤーは、そういうプレイスタイルが好きに違いない!
好きであのような魔法かスキルを使い移動して遊んだり、戦闘を楽しんだりしているのだろう。
だからこそ、あれほどまでに鮮やかな魔法戦闘もできるのだ。
「好きこそ物の上手なれ、だったかな? まぁ、ここまで魅力的なゲームを遊ぶんだ。好きなことをしないと、もったいないか」
腕を組んで、数回うなずく。
まさしく生き生きとしたあのような姿を見ると、僕ももっと楽しみ、好むことを伸ばしていこうと思えてくる。
そうだなぁ――なら手はじめに、朝の時間帯に剣と魔法を習いに行くとしようか。
フッと笑みをうかべて、綺麗な小川にそって歩き出す。
……心の中で密やかに、後方の先達に敬意の思いを捧げながら。
※明日は、
・四日目のつづきのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!