百十三話 吹雪く細氷と雷光一閃
戦闘の余韻を口元にうかべたまま、銀と青の小さな魔石と、なにやらぷるぷるとやわらかい、小さな半透明の丸い素材を拾ってカバンに収納する。
ぷるぷる素材のほうは、一瞬食べることができるかもしれないと頭をよぎったものの、さすがに実際に口に入れるのはやめておいた。
安全確保のためにと少し里のあるほうへと移動して、ようやく灰色の石盤を開く。
スライムもどきを倒した後、たしかにレベルアップを示す鐘の音が鳴っていた。
その確認にと基礎情報のページを見やり……お約束のような二度見をしてしまう。
「に、二十五……? これはいったい、どういうことでしょう?」
『わ~! れべるいっぱいあがった!』
『いっぱいあがった~?』
『すご~い!』
「ええっと……」
思わず、困惑の声音が零れ落ちる。
倒したのは一体だけだったというのに、レベルが一気に五つも上がり、レベル二十五になっているとは、これいかに。
ざっと思考した限り考えられる要素と言えば……例えば先ほどの二段水まんじゅうが、いわゆるレアモンスターであった可能性、だろうか。
つまり、レベルアップをするための経験値を、特別に豊富にもっている魔物だったのではないか、と。
魔物図鑑にも載っていなかった存在である以上、ひとまずはそう推測しておくことにする。
そもそも〈瞬間加速 一〉を習得していなければ、攻撃を避けることもできなかったほどの素早さを誇る強敵が、はじまりの地にあふれているとも思えないので。
「――えぇ、まぁ。勝てたのでよしとしましょう!」
『はぁ~い!!!』
半ば思考を横へ投げて、ぐっと拳をにぎり宣言する。
小さな三色の精霊さんたちの元気な返事に、口元がゆるんだ。
忘れないように、青の指輪に〈オリジナル:降り落ちし鋭き氷柱の付与〉を一時付与としてかけなおし、神殿へ向けて足を踏み出す。
勝てたとは言え、慢心するわけにはいかない。
――あの強さと相対するにふさわしい、新しい攻撃魔法を手に入れなくては!
ちょうど深夜へと時間が移り変わったあたりで、神殿へと到着する。
さっそく、精霊神様のお祈り部屋の扉を開き中へと入り込み、長椅子へと腰かけて両手を組む。
スキル《祈り》を発動し、まずは日々の感謝を捧げ、次いで本日の本題に移る。
イメージするのは、広い範囲で展開する範囲型の氷魔法。
幼い頃、記録映像で見た美しい光景――真っ白な雪原に、キラキラと眩く細かな氷の粒が、煌めき降り注いでいたあの状態を、魔法として想像する。
さしずめ……吹雪のように風をまとう、ダイヤモンドダスト!
この魔法が、広い範囲に効果を発揮し、素早く回避しようとする敵にも、周囲に散らばる敵にも、等しく攻撃を与え凍結させることができるように。
明確に、鮮やかに、イメージをして――突如、冷ややかな感覚とうねるような風の音に、慌てて閉じていた瞳を開く。
キラリと煌いた薄青の粒が、風と共に流れて消えて、しゃらんと美しい音が鳴った。
眼前に輝き現れた文字は[〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉]。
望む魔法を習得できた予感に、口角が上がる。
高揚感と共に灰色の石盤を開き、新しい魔法の説明文を視線でなぞっていく。
[無詠唱で発動させた、中範囲型のオリジナル攻撃系複合下級風兼氷魔法。発動者の周囲、あるいは指定した地点に細氷を吹雪かせ、中範囲一帯を凍結する。他の水魔法を加えることで、より凍結が強固になる。無詠唱でのみ発動する]
そう刻まれた説明文に、思わず笑みが零れた。
「これは、予想以上の収穫ですね!」
キラリと、緑の瞳を煌かせる心地で声音を弾ませる。
たしかに、想像したのは広い範囲で発動するような魔法ではあったが、まさか本当に中範囲型の魔法を習得できるとは!
そう言えば、星魔法の〈スターレイン〉も中範囲型だったので、今回の魔法で二つ目の中範囲型魔法を手にしたことになる。
『こおりのまほう~!』
『かぜも~!』
『きらきらなまほう~!』
「えぇ! 氷と風のキラキラな魔法です!」
嬉しげな水と風の精霊さんの言葉と、楽しげな土の精霊さんの言葉に、笑顔で返事を紡ぐ。
広い範囲を攻撃できる美しい魔法は、まさしくロマンそのもの。
何より、凍結の効果がこの魔法自体についたことで、また一つ魔法戦闘の幅が広がったことが嬉しい。
もしかすると凍結は、水魔法の派生属性である氷魔法単体で有していた性質だったのかもしれないが、他の水魔法を加えることでより強固になると書かれている以上は、やはり本来は水と氷の魔法との反応現象なのだろう。
今回習得した魔法になぜ凍結効果がついたのか、中範囲型になったのか……どうやらまだまだ、魔法には奥深く神秘的な謎が秘められているようだ。
フッと、不敵な笑みがうかぶ。
心躍るこの時間をより楽しむためにも、もう一つ思いついた魔法の習得を試してみよう!
改めて精霊神様に感謝の《祈り》を捧げたのち、今度は天神様のお祈り部屋へ。
こちらでも長椅子に腰かけ、《祈り》を発動。
感謝の念をおくった後、もう一つの魔法を想像していく。
語り板の情報いわく、事前テストでは光魔法は基本的には補助系や回復系に特化した魔法であり、攻撃系を習得するためには中級魔法を使えるようになる必要があるとのこと。
実際に現状でも、攻撃系の光魔法についての情報はなかった。
しかし、光属性の派生属性の魔法ならば、どうやら例外的であるらしい。
例えば――雷属性。
「雷の魔法も、ロマンですよね!」
『ろまん~~!!!』
両手を組んだまま、つい声音を弾ませる。
楽しげに声を重ねてくれた精霊のみなさんも、わくわくとした雰囲気でふわりふわりと動いているので、やはりロマンは大切に違いない!
雷魔法と言えば、と思いつく魔法の形はいろいろとあるものの、まずはシンプルに。
閉じた瞳の裏で、目にもとまらぬ速度で敵へと一閃を与える、雷光を鮮やかにイメージする。
ぱっと瞳を開くと同時に、眼前へと紫色の雷光がジグザグな線を閃かせた。
しゃらん、と習得を示す音が鳴る。
目の前には、[〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉]と書かれた文字がうかび上がり、やがて光に溶け身体へと吸い込まれていった。
再度灰色の石盤を開き、説明文を確認する。
「[無詠唱で発動させた、単発型のオリジナル攻撃系下級雷魔法。非常に素早く敵へと迫る雷光の一閃。攻撃に合わせて弱い麻痺効果を与える。無詠唱でのみ発動する]……」
ぱちぱちと瞳をまたたきながら、もう一度説明文を視線でなぞるが、見間違いではない。
ロマンあふれる雷光の一閃に――麻痺効果!?
説明文通り、どうやら予想以上の効能がついてくれたようだ。
「攻撃と共に、敵の動きを鈍らせる効果を持つ麻痺を与えることができるのでしたら……また、新しい戦い方ができそうですね!」
『わ~! すご~い!』
『あたらしいの~!』
『わ~いわ~い!』
好奇心を宿して呟いた言葉に、精霊のみなさんが可愛らしくも美しい舞を見せてくれる。
氷魔法と雷魔法。どちらも実に、素晴らしいオリジナル魔法が完成した!