百十一話 はじめての身体魔法
しっかりと準備をすませ、再び【シードリアテイル】へとログインする。
『おかえり! しーどりあ~!!!』
「はい、みなさん。ただいま戻りました」
胸元で上がった小さな三色の精霊さんたちの歓声に、微笑みながら穏やかに言葉を返す。
寝心地の好いベッドから起き上がり、すでに慣れ親しんだログイン後の準備をおこなう。
窓から射し込む夕陽に照らされた、小さな多色の精霊さんたちの美しさに見惚れつつ、かくれんぼをしてもらい、両脚にまとった風の付与魔法も隠す。
耳元で星のカケラがゆれる感覚に、そっと手を伸ばして石の冷たさを楽しみ、肩をすべって流れた金から白金へと色を移り変える長髪を、さらりと払って――準備完了。
「さて、今回はもう一柱、新しく獣神様にお祈りを捧げに行こうと思います」
『は~い!!!』
今回の方針を示す言葉に、三色の精霊さんたちの返事が元気に響く。
――先のログアウトをする前、高速移動が上手なリスさんとの追いかけっこにて、思い切り大移動をしたことで、ふと思ったのだ。
もしかすると、身体魔法を習得することで、あの速さに近づくことができるのではないか、と!
率直に言うと、身体魔法にもついに興味をもつきっかけが、あのリスさんとの追いかけっこだった。
風音が鮮明に聴こえるほど素早く、枝の上を駆けてなお追いつくことができなかったあの速度に……少しでも近づける可能性があるのならば。
感謝と想像を込めて、獣神様に《祈り》を捧げてみようではないか!
さっそくと宿部屋を出て、階下の広間へと降りると、目当ての獣神様の神像を探す。
すれ違う神官のみなさんにも軽く会釈をおこないつつ、見つけた巨大な神像の前で足を止めた。
犬や狼を思わす耳と尻尾の、その毛並みまで細やかに再現してある、雄々しい筋肉がかっこいい獣神様の神像。
威圧感さえともなって鎮座している像を、思わず背筋を伸ばして見上げ――耳や尻尾の毛並みの見事さに、釘付けになった。
つい、獣人族生まれのシードリアには、さまざまなもふもふ……いや、さまざまな姿があるのだろうなぁ、と思考が飛び、慌てて頭を振って本題を思い出す。
近くの壁側を見やると、お馴染みのお祈り部屋が見え、迷うことなくそちらへと歩みよる。
扉を開けて中へと入り込むと、見慣れた白亜の小部屋の中には、まだ見慣れない獣神様の像がやはり迫力をもって鎮座していた。
神像の正面にある長椅子へゆったりと腰かけ、両手を胸の前で組む。
獣神様へのお祈りは今回がはじめてなので、おそらくは何かしらのスキルや魔法を授かることができるはずだ。
穏やかな心で、スキル《祈り》を発動し、まずはこうしてお祈り出来ることへの感謝を捧げる。
次いで、リスさんとの追いかけっこを思い出しながら、今よりももっと素早く移動する魔法を想像していく。
風を切るよりも速く、一瞬で目視した場所へ移動する、瞬間移動に近いほどの素早い動き。リスさんが何度も見せてくれた、枝から次の枝へと一瞬で渡れるほどの、あの速度――あの速さが、欲しい。
そう、強く願った瞬間、しゃらんと聞き慣れた効果音が響いた。
閉じていた瞳を開き見た眼前に光る文字は、[〈瞬間加速 一〉]。
「感謝申し上げます、獣神様!」
反射的にお礼を紡ぐと、そわそわと私の近くを飛んでいた三色の精霊さんたちが、ひゅんっと眼前に集合する。
どうしたのかとたずねる必要もないほど、みなさんからわくわくとした雰囲気が伝わり、口角を上げて灰色の石盤を開く。
魔法の一覧の中、新しく追加された身体魔法の欄にさきほどの魔法の名を見つけ、説明文が刻まれるのを視線で追う。
「[単発型の補助系下級身体魔法。一瞬だけ身体速度を一段階引き上げ、加速させる。魔法名の宣言および無詠唱で発動可能]! 素晴らしい魔法を授けていただきました!」
『いいまほうだった~?』
「えぇ! 今よりもっと素早い移動が可能になります。無詠唱でも発動可能とのことで、とても使いやすいのも魅力的ですね」
『おぉ~~!!!』
心躍る身体魔法の説明文に、わくわくな精霊さんたちも嬉しげに声音を弾ませ、くるくると舞い踊る。
改めてしっかりと獣神様へと感謝の念を送ってから、お祈りを終えて他の神々へも《祈り》を捧げて、少し足早に神殿から外へ。
せっかく新しく魔法を授かったのだ。
――確認作業は、忘れてはいけない。
足を進め、神殿の裏側へと行き、さらに森の少し奥へと入り込む。
ここならば、他のシードリアのかたに見られる心配も、そうそうないだろう。
「それでは! さっそく身体魔法をお試ししてみましょう!」
『わ~い! おためし~!』
『しんたいまほう~!』
『おためし~!』
可愛らしい歓声と共に、ぴたっと肩と頭にくっついて安全確保をしてくれる精霊さんたちに微笑み、傾きつつある夕陽が照らす樹々を見上げる。
説明文の[一瞬だけ身体速度を一段階引き上げ、加速させる]と書かれていた部分の、一瞬がどれほど短い時間で、一段階がどれほどの加速をもたらすのか?
いざ、実践開始!
フッとうかんだ不敵な笑みを合図に、〈瞬間加速 一〉を発動。
ふわりと風が肌を撫でるような感覚と共に、いつものように上に見える枝へ向かって地を蹴り――。
「おっと!?」
ギュンッと流れた視界に、危うく枝を踏み外すところだった!
伸びた幹に手を伸ばして、なんとか落下を防ぐ。
風の感覚は消え、文字通り発動時間は一瞬だったと、遅れて理解する。
『びゅんってとんだ!』
『すっごくはやかった!』
『びっくりした~!』
「え、えぇ。私もまさか、これほどまでに素早い動きができるとは思わず……驚いてしまいました」
『びっくり~!!!』
同じように驚きを乗せた声音で精霊のみなさんと語り合いながら、予想外の結果に緑の瞳をまたたく。
とは言え、これほどまでに素早い動きを可能とするのならば、身体魔法の習得に挑戦したかいもあったというものだ!
高揚が胸に満ち、笑みが深まる。
「この魔法を上手く扱うことができるようになれば――あのリスさんにも、追いつけるかもしれません!」
弾む心を声音にかえて、可能性を紡ぐ。
実際には、おそらくまだまだ足りない要素があるとは思う。
しかし、ひとまずはこの身体魔法を他の魔法と同じように、呼吸をするように扱うことを目標に定める。
そうすることができれば……きっと、移動も戦闘も新しい形が見えてくるだろうから。
「もう少し、移動しながら練習をつづけますね」
『は~~い!!!』
微笑みをそのままに、精霊のみなさんへと伝えると、元気な返事が響いた。
一瞬の間に起こる驚くほどの加速に、せめて視界が慣れるまでは――森の中の加速散歩としゃれこもう!