百十話 番外編一 Alea jacta est(賽は投げられた)
※現実世界でのお話です。
――さて、まずは何から見てみようか?
ゆったりとした、座り心地の好いソファにもたれて、眼前の空中に展開された文字と動画を視線でなぞる。
空中展開型の情報提示方法は、私が生まれる前にはすでに完成していた技術ということもあり、幼いと言える年齢の頃から慣れ親しみ、手足のように扱うことができていた。
今となっては技術のさらなる進歩も加わり、少し視線を動かすだけで次の文章へと表示状態をかえたり、次の動画を開いたりすることもできるようになったのだから、便利な世の中になったものだと思う。
「シードリアテイル」
小さく呟くと、それだけで空中に並んでいた文字列も動画も切り替わる。
つい先ほどまで遊んでいたゲームの余韻を感じながら、視界に広がった【シードリアテイル】についての情報を確認していく。
パルの街などの、今後のお楽しみである部分の情報ははぶき、【シードリアテイル】専用の語り板を確認すると、どうやら現在はオリジナル魔法についてとても盛り上がっているらしい。
[おおむね、想像した通りの魔法が完成します]
[中級魔法が使えるようになれば、オリジナル魔法の幅も広がると思います]
[魔力の消費量が多い無詠唱だけでしか発動できないのが、唯一の難しい点ですね]
[ポーション飲む時間さえ戦闘中に確保できれば、人間族でもオリジナル魔法連発は可能です……一応は]
などなど、様々なシードリアたちの視点から語られた情報は、実に興味深く感じる。
とは言え、最新の情報であるパルの街に関連する部分をはぶくと、どうしても真新しい情報自体は少ない。
空中に展開した情報を切り替えると、今日は【シードリアテイル】専用の語り板以外にも、興味をもっているという文字や動画が多く見えた。
やはりもうずいぶんと、このゲーム自体が盛り上がってきているようだ。
[今話題の最新没入ゲームの魅力の一つは、なんと完全五感体験!?]
[自由度がとても高く、本当にプレイヤー個々人、それぞれの物語が描けるらしい]
そう驚きをそのまま表現した文章をなぞり、隣の動画を再生してみる。
『――今日は、つい数日前にサービスが開始された、あの話題の最新没入ゲーム! 【シードリアテイル】について、少しだけ探ってみます!』
中性的な、おそらく生成声音であろうナレーションに耳をかたむけ、つい没頭して動画の内容に見入っていると、時間はあっという間に過ぎて行くもので……。
十二時を知らせる、決めた時間に流れるように設定していたお気に入りの音楽が鳴るのを聴き、視界に広がる情報をいったん消す。
ソファから立ち上がり、自動でスライドして開く扉から、昼食の準備のために隣の部屋へ移った。
大きめのテーブルに、クッションタイプの椅子が一つ。後は洗浄器つきの台所が端にあるだけの殺風景な部屋は、ほとんど食事時専用の場になっている。
テーブルの端で、光りながら空中にうかぶ空間展開型タブレットを操作して、お気に入りの店の料理が並んだページを視線でめくりながら、軽く口元に片手をそえて悩む。
比較的好みに感じる料理だけをピックアップして並べているため、逆にどれにしようかと楽しくも悩ましい瞬間が時折こうして訪れる。
少し考え、そこまで空腹感がないことをふまえて、薄切り肉と葉物野菜をはさんだサンドイッチと、日替わりフルーツジュースのセットを選ぶ。
注文を確定し、完了の文字が消えると、あとは食事が届くのを待つだけ。
転送装置が付随したテーブルの上に、昼食が転送されて届くまでは、だいたいいつも十分ていどだ。
クッションタイプの椅子にゆったりと背をあずけ、再度空中展開した【シードリアテイル】に興味を示す動画を、のんびりと眺めて過ごす。
軽やかな音楽が鳴り、動画を止めて視界に広がった情報を消すと、テーブルの端にある大きな箱のような転送装置を見やる。
小さなランプが明滅しているので、注文した昼食が届いたのだろう。
自動で開く扉と同じように、スライドして開いた箱型の転送装置の中には、また小さな箱。それを手早く引きよせて開くと、皿に乗ったサンドイッチと蓋つきのコップに入ったジュースが、型崩れも零れもなく綺麗に届いていた。
ふわりと香り立ったサンドイッチの香りに、くぅ、と腹部から催促の音が鳴る。
テーブルの上に置いてあった丸い小さな手洗い用洗浄器で両手を清め、さっそくと二つあるサンドイッチの一つを手に取って口に運ぶ。
食べ慣れた味に、ふと【シードリアテイル】での食事を思い出す。
この味覚を、あれほどまで鮮やかに再現できる技術の進歩は、本当に素晴らしい。
さきほどまで見ていた動画を再度視界に展開し、しみじみとこれからの【シードリアテイル】に思いをはせる。
古きよき幻想世界を、よりリアルに、そして自由度高く完成させているという点だけでも、充分すごいことだと思う。
それに加えて、やはり五感体験は目新しく、一段階飛びぬけて素晴らしい要素だと言っても、過言ではないはずだ。
おそらくこの盛り上がりかたを見る限り、後発組でエルフの里があふれるのも、そう時間はかからないことだろう。
――もし、画面ゲーム時代の世代が生きていたなら、きっと私たち以上に楽しんでいただろうに。
詮無きことをつらつらと考えながら、サンドイッチとリヴアップルティーを思わすリンゴジュースを美味しくいただき、昼食を終える。
さぁ、四日目も引きつづき、思い切り楽しむとしよう!
※明日は、
・四日目のつづきのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!