百九話 再戦の宣言と自然魔力回復量
「お、追いつけません、でした……!」
ぜぇはぁ、とは言わないものの、それに近しい気分で荒く息を吐く。
里の周辺の森の中を、銀色の毛並みを煌かせて高速移動するリスさんを追いかけ、ぐるっと大移動すること数周。
リスさんと出逢った、星の石近くに戻ってきたあたりで、枝から大地の上へと降りて地面へ足をつける。
ずいぶんと久しぶりに感じる大地の感触を楽しむには……少々、明るいとは言えない気分だ。
あれほど枝の上を素早く移動したにもかかわらず、一度も、どうしてもリスさんに追いつくことができなかった……!
思わず、がっくりと肩を落とす。
――これは事実上、この大地で目醒めてから、はじめての敗北と言っても……過言では、ないッ!
ぐっとにじみ出た悔しさに、口を引き結ぶ。
いや、分かってはいる。きっとこのような体験こそ、簡単にできるものではないことだろう。
ならばこれもまた、より良き糧にしよう! そうしよう!
……決して、決して、負け惜しみではない。断じて。
「敗北から得られるものもあるのだと、シエランシアさんもおっしゃっていましたから……!」
ぎゅっと拳を握りしめながら、言葉を絞り出す。
我ながら、時折こうして若干の負けず嫌いな一面が出て来てしまうのは、いかんともしがたい。
もちろん、それでこそ追求できるロマンもあるわけで、決してこの気質が好ましくないわけではないのだが。
『しーどりあ、がんばった!』
『あのこ、はやかった!』
『しーどりあも、はやかった~!』
「みなさん……! 無念です……!」
肩と頭の上から、励ましの言葉をかけてくれる精霊のみなさんの優しさが心にしみる。
少しばかり眼差しをするどく細め、前方の枝で尻尾をゆらす、超えたい目標を見上げて口を開く。
「いつかきっと、再戦するその時は――リスさん! あなたに勝ってみせます!!」
再戦の意を込めて、そう凛と宣言をすると、ゆらりと一度だけ尻尾をゆらしたリスさんは、こちらを見つめていたつぶらな瞳をそむけ、あっという間に樹々の陰へと消えて行った。
……よくよく考えると、あのリスさんはいったいどのような目的があって、今回の追いかけっこにつきあってくれたのだろうかと、疑問が湧く。
大切な部分がすっかり抜け落ちたまま、突発的な追いかけっこはあっさりと、終わりを迎えてしまった。
ただ一つ言えることは、私は必ずあのリスさんと再戦し、その時はきっと追い抜いてみせる、という決意だけ。
「次こそは……!」
力を込めた言葉を紡ぎ、夜明けの空を見上げる。
木漏れ日となって射し込む薄青の光は、今日も美しい。
ほんのりと宿るあたたかさに癒されていると、唐突にチリンと鈴の音の効果音が鳴った。
これは、スキルや魔法の効能が向上した時の、お知らせの音!
ぱっと見やった眼前の空中には――[《自然自己回復:魔力》の回復力向上]の文字が、キラキラと輝いている。
「ええっと、この流れは今回で三度目ですね」
思わずするりと呟きが零れた。
あまりにも見覚えがある文言だったので、これは仕方がない。
開いた灰色の石盤の中、スキルのページを確認すると、ついに回復力が上の下になっていた。
ふむ、と片手を軽く口元にそえる。
これはあくまで予想ではあるが、おそらくはこの回復力の中と上では、一度の回復量や回復速度が大幅に異なるのではないだろうか?
「――確認、してみましょうか」
『かくに~ん!!!』
微笑みながら紡ぐと、精霊のみなさんから歓声が上がった。
それに微笑みを深めながら、深呼吸を一つして、集中する。
ちょうど、ここは人通りの少ない森の奥。魔法を撃っても問題はないだろう。
念のためぐるりと周囲を見回して確認してから、手持ちの魔法の中でも一番魔力消費量の多い、星魔法を発動する。
「〈スターリア〉」
凛と響かせた魔法名を合図に、頭上に美しい星が出現したのを確認して、すぐに消す。
敵のいない森の中で、あの流れ星を落としてしまった場合……クレーターができてしまうだろうから。
白亜の小部屋の壁を陥没させた一件を思い出し、つい彼方へ投げかけた視線をなんとか左上に向ける。
見やった魔力ゲージは、予想通り一瞬で〈スターリア〉発動時に消費した魔力分を全回復していた。
「おぉ……これはますます便利になりましたねぇ」
『べんり! いいこと!』
『いいこと~!』
『わ~いわ~い!』
零した感嘆の言葉に、肩と頭の上でぽよぽよと三色のみなさんが跳ねる。
喜ぶ様子がとても可愛らしく、自然と口元がゆるんだ。
とは言え、魔力の自然回復については、もう少し確認してみなければ。
意識的に表情を引きしめ、再度集中して何度かオリジナル魔法も交えて魔法を連発してみる。
確認した魔力ゲージは、予想以上に早く魔力が回復していく様子が見え、驚きに緑の瞳をまたたく。
これならば、戦闘中に多少星魔法を連発しても、いきなり魔力枯渇におちいる心配はないだろう。
むしろもっと魔法を多用するような戦い方も――可能かもしれない!
『しーどりあ、きらきらしてる!』
『めがきらきら~!』
『わくわくしてる~!』
「おっと、みなさんにはお見通しですか」
湧き上がった好奇心と高揚感に、どうやら瞳を煌かせていたようだ。
同じくらい楽しげな精霊のみなさんの言葉に、微笑みを深める。
思いうかぶのは――鮮やかに数多くの魔法を放ってなお、素早く魔力を回復して、また次の魔法を放つ姿。
一戦一戦間を置くことなく、すぐに次の戦いへとつなげることができる魔力の自然回復は、本当にありがたいスキルだ。
これからはよりいっそう、役立ってくれることだろう。
ほくほくと嬉しい感情を抱きながら、リスさんとの追いかけっこで頑張ってくれた身体をいたわりつつ、神殿への帰路をゆったりと歩む。
現実世界の昼食の時間には少し早いが、今朝はおこなわなかった情報収集をする時間も確保することにして、いったんログアウトをしよう。
美しい薄青の木漏れ日に照らされながら、三色の精霊さんたちと戯れつつ神殿の宿部屋へと戻り、いつもの手順とあいさつをしっかりとおこなってから、ログアウトを呟いた。
――現実世界へ戻ってきたことを示す感覚に、そっと瞳を開く。
視界の端に映る現在時刻は、十一時を少し過ぎたあたり。
やはり昼食の時間には少々はやく、当然として昼食後に再び【シードリアテイル】へログインするまでには、充分な時間がある。
これならば、じっくりと情報を収集することができるだろう。
ふわりと自然に口元がほころび、踊る心に笑みが零れた。
※明日は、主人公の現実世界側での、
・番外編のお話
を投稿します。
お楽しみに!