十話 白亜の神殿と生き別れの兄弟(ではない)
自身以外のシードリアたちが楽しげに行き交う土道を、颯爽とまっすぐ、奥へと歩む。
親交を深めるためにと、同行してくれている精霊のみなさんを時折掌や肩や頭に乗せたり、指先でつついたり、つつかれたりして戯れながらも、足は動かす。
すでに店が立ち並ぶ通りを抜け、剣や弓や杖を持った指南役と思しきエルフたちを取り囲む、他のシードリアたちが集まっていた広場も通りすぎた。
さきほどの広場はおそらく、剣や弓や魔法の訓練ができる場所だろう。楽しげに言葉を交わし合うシードリアたちの笑顔はずいぶんと輝いていた。
ただ、今の私の目当ての場所はこの先にある。
前方を見やると、樹々がしげらす葉の影に隠されてなお、木漏れ日に眩く煌めく白亜の神殿が見えた。
歩きながら、書庫にあった[神々と祈りの繋がり]という本の内容を記憶から引き出す。
[神々へ捧ぐ祈りは、やがて私たちの力となります。
それが神々の恩恵であるかどうかは、ただの人間族のいち神官である私にはわかりかねることですが、祈りはいつか必ずスキルや魔法に転じて、私たちの身を助けるのです]
そう、本の中には書かれていた。
原理はともかく、神殿で祈りを捧げることで、スキルや魔法が貰えるかもしれないということだろう。
さきほどのリリー師匠との細工作業挑戦中、偶然にも魔法発動の大前提である《魔力放出》のスキルも手に入れることができた。
付け加えるのならば、書庫で思いついた、精霊魔法に限らず魔法自体が、属性に親しむことで習得できるたぐいのものなのかもしれない、という疑問にもそろそろ答えがほしい。
この属性に親しむという点において、神殿以上に凝縮された属性の宿る場所は他にないはずだ。
これは、神殿内にあるという神々の像がそれぞれの得意とする属性を秘めていることと、それをとおすことでスキルや魔法を授けるのではないかと、神々と祈りの本の中で考察されていたから。
ここまで条件がそろっているのならば、試してみるしかない。
そう――神殿で魔法の実践を!
内心の気合いと共に胸の前で握った拳へ、精霊のみなさんが楽しそうに留まる。
いつの間にか白亜の神殿は、もう目前に迫っていた。
磨かれ輝く、白亜の巨体は巨樹におとらず高くそびえ、荘厳さをかもし出している。
カツンと小気味好く音を立てる床を鳴らし、繊細な蔦模様で飾られた入り口をくぐると、すいぶん開放感のある広間が現れた。
「おぉ……ここが、神殿……」
思わず零れた言葉に、感動が宿る。
一言で表現するのなら、壮麗、か。
白亜の空間の眩い美しさ自体もさることながら、ずらりと並ぶ巨大な神々の白き石像はまさに畏敬の象徴にふさわしく。
見上げた高い天井には花々の彫刻が鮮やかに刻まれ、火ではなく光を宿したシャンデリアがその彫刻と神々の像、そしてこの空間を照らしていた。
森の中とは異なる、澄んだ空気さえ感じることができそうな空間に、ほぅと感嘆の声を零す。
『きれい~!』
『しんでんはきらきら~!』
『かみさまがちからをくれるよ~!』
肩や頭にのっていた精霊のみなさんが、そう語る。
清らかで美しく、そして神々が力を与える空間の中、ゆったりと前方へ足を進めた。
右を見ても左を見ても見上げる神々の像は、一柱ごとに当然形が異なっている。
記憶の中、神々と祈りの本に書かれていた神殿内の神々の像は、事実存在する神々に祈りを捧げ、そして神々が像を通して祈る者に祝福を与えるための、天と地を繋ぐ橋の役割をもつのだと説明されていた。
ちなみに、一定以上の数の住民がいる街には必ず神殿があり、並ぶ神々の像も同じで、内装の彫刻や装飾だけがその地の特色を示すのみらしい。
幾つもの巨像を見上げてその姿を確認しながら歩き、ようやく目当ての像を見つける。
私の耳と近い形の長い耳と、波打つ長髪と端正な面立ちを見事に表現し、まとうローブのような衣服のしわさえ美しい、白像。特徴的なのは、その背から伸びる三枚一対の六枚翅が繊細に表現されているところ。
この美麗な神こそが、精霊神様。精霊と妖精族の始祖であり、魔法をつかさどる神様、らしい。端的に言えば、精霊魔法と水・風・土・火属性とその派生属性をつかさどっている魔法の神様。
魔法に関しては他にも、天人族の始祖である天神様が光の魔法を、魔人族の始祖である魔神様が闇の魔法を、そして獣人族の始祖である獣神様が身体面に作用する身体魔法をそれぞれつかさどっている。
とは言え、私が祈るのならば断然、精霊神様だろう。
なにせ自らの生まれとして選んだエルフや精霊のみなさんの生みの親であり、エルフが得意としている魔法をつかさどる神様なのだから。
そう言えば、残念なことにキャラクタークリエイト時に大変お世話になった創世の女神様の像は、存在しないらしい。もし像があったのなら、まっさきにお祈りしてみたかったのだが。ないものは仕方がない。
気を取り直して、精霊神様の美しい像のそばまで歩みよると、ふと像の足元の後方に位置する壁に、いくつかの扉が見えた。
その扉の近くには、純白に金の差し色を飾った神官服に身を包んだ、穏やかな表情のエルフの青年がひとり、静かにたたずんでいる。
癖の無い艶やかな金の長髪に、中性的で穏やかな美貌。線の細さはいなめないが、青年だと分かったのはその体格が男性のそれであったから。穏やかな光をたたえる翠の瞳は精霊神様の像を見上げ、口元にはやわらかな微笑みが浮かんでいた。
しかし、こう……総合すると、どことなく、私の姿と雰囲気が似ているように思う。
――もしかすると、生き別れの兄弟だったかもしれない?
いや、もちろんそのようなことはないのだが。
私の顔により中性さと儚さを加えたような、どことなく似た雰囲気の美貌が不思議で、ほとんど無意識にじっと見つめていると、ふとその翠の瞳がこちらを見た。
次いで、実に優しげな笑みがその美貌に広がる。儚げなのに、驚くほど美しい笑顔。
美しさに老若男女は関係ないとは、まさにこのことだ。
うわ麗しい、だなんて呟きそうになり、慌てて口を閉じる。
しかし一度交し合った視線の縁だ。精霊神様の像に祈る前に、あいさつくらいはしておこう。
カツリ、コツリ、と磨かれた床を鳴らしながら、神官と思しきその青年へと近づいた。
穏やかな翠の眼差しが、優しげに注がれる。
まずは、とエルフ式の一礼をすると、彼も実に優雅な所作で返してくれた。
「こんにちは、はじめて神殿にまいりました。ロストシードと申します」
『こんにちは、ようこそおいでになりました。私はこちらで神官をしております、ロランレフと申します。シードリアたる御身にお会いできて光栄です、ロストシード様』
爽やかであたたかな声音が、耳に心地好い。
微笑みを深めながらするりと慣れた様子で、胸の前でかるく両の手が組まれる。
この祈りのポーズは、神官に共通する礼の作法なのだと、礼儀作法の本に少しだけ書かれていた。
次いで、流れるような所作で、ロランレフさんが後ろに並ぶ扉を示す。
『――精霊神様へのお祈りでしたら、神像の前でしていただいてもかまいませんが、集中なさりたい場合はこちらの部屋でなさることをおすすめいたしております』
なるほど、その扉の先はお祈り部屋だったか。
ロランレフさんのあたたかな翠の眼差しが、どうぞとうながしているように見える。
個人的に生き別れの兄弟のような親近感を勝手ながらもっている相手にすすめられたのだ、もう少し会話をしてみたいと感じていたが、それはまたの機会にしよう。
穏やかな微笑みに、同じく微笑みを返しながらうなずき、純白の蔓でつくられている扉を開いて、小部屋の中へと踏み込む。
荒々しくならないよう丁寧に扉を閉めて、振り返り改めて見やった小部屋の中は――おもちゃのマトリョーシカ人形のように、小さな神殿をもう一つ見つけたような内装だった。