百八話 高速リスさんを追いかけて
しずまらない好奇心と高揚感をたずさえ、星の石の眠る地を後にする。
扱いが難しい星魔法が、祝福のおかげでさらにとんでもない魔法になったわけだが……この魔法がいずれ襲い来る試練に立ち向かう、力になってくれることも理解したのだ。
よりいっそう、上手な扱い方を模索していこうと、静かに心に誓う。
『しーどりあ、このあとはなにをするの~?』
『たたかう~?』
『あそぶ~?』
「ええっと、そう言えばまだ何も、この後のことを考えていませんでした」
肩と頭でぽよっと跳ねた、三色の精霊さんたちの言葉に、とりあえずと進めていた足を止める。
夜の時間ならば、以前習得したスキル《夜戦慣れ》により、より戦闘がおこないやすくなっているはずだが……。
正直なところ今は、手に汗にぎる戦闘をというよりも、この弾む心と共に思い切り身体を動かしたい気分だ。
うぅん、と腕を組み片手を口元にそえ――《存在感知》が頭上に察知した気配に、バッと上を見上げる。
伸び重なった樹々の枝、その一つに、艶やかな銀色の毛並みが小さく見えた。
「銀色の……リス?」
ぱちり、と緑の瞳をまたたく。
落ち着いたままの精霊さんたちの雰囲気から、驚異的な魔物ではないのは分かっていたが……つぶらな銀色の瞳でこちらを見つめてくる、あのリスさんはいったいどのような存在なのだろう?
魔物図鑑の内容を記憶の中から引っぱり出してみたが、銀色の毛並みのリスの魔物は、載っていない。
そもそも、魔物ではなくただの動物なのかもしれないが……それにしては、どうにも存在感があるように思う。
じっと、お互い無言のままに見つめ合いをつづけること、しばらく。
『キッ』
高く鋭い、しかし威嚇などではないように感じる、鳴き声一つ。
銀色のリスさんは――驚きの素早さで、隣の枝に飛び移った。
「おぉ、おはやい」
『はやかった!』
『ぴょんってした!』
『しゅん! だった!』
思わず零れた呟きに、三色の精霊さんたちが楽しげに歓声を上げる。
銀色のリスさんは、そのままどこかへ行くわけではないらしく、またこちらをじっと見つめる瞳と視線が合う。
敵意のない眼差しに、こういった動きの意味がさっと頭にうかぶ。
……とりあえず、ついて行ってみよう!
トンっと地面を蹴り、枝の上に着地。
少し上の枝に乗るリスさんを見上げると、瞬間移動に近しいほどの動きで二度枝を渡り、再度こちらを振り返った。
これはもう、間違いない。
「分かりました。ご一緒いたしましょう」
フッと、不敵な微笑みがうかぶ。
この大地で出逢ったどの動物や魔物よりも俊敏な動きに、ついこちらも素早さを活用してみたいと思ってしまった。
つまるところは――高速追いかけっこ、だ!
「みなさん、しっかりつかまっていてくださいね」
『は~い!!!』
元気のいい精霊さんたちの返事を合図に、枝を蹴ってリスさんへ迫る。
瞬間、あっという間にまた枝数本分の距離を、引き離されてしまった。
くるりと振り向き、見つめてくるつぶらな銀色の視線に、まだまだこちらも本気は出していないと、深めた笑みを返す。
本領発揮は戦闘時くらいだったが、両脚にまとう風の付与魔法の効果で、本来この身はかなり素早く動くことが出来るのだ。
笑みをそのままに、リスさんを追いかけ枝を次から次へと蹴り、次の枝へと足をかけ、また次へ。
森の中の景色がザァッと流れ、風を切る音が耳元で響くほど、現状可能な限りの速度で銀色の小さな姿を追いかける……が、しかし。
――まったく追いつけない!!
信じられないと思うほどの驚愕が胸の中に広がる間にも、リスさんとの距離はひらいていく。
「あのリスさんっ! はやすぎませんか!?」
『はや~い! すご~い!』
『わ~い! しーどりあもはや~い!』
『はやいはや~い!』
思わず発した驚きの声に、小さな三色の精霊さんたちの楽しげな声音が重なる。
きゃっきゃと響く笑い声に癒されながらも、どうしても追いつくことができないリスさんを追いかけて、森の中をひたすら進む。
護りの崖を時折目にしつつ、夜明けのお花様の洞窟をすぎ、少し奥の護りの崖のほうから流れる小川を飛び越えて、その先へ。
はじめて見かけた小川は、どうやら目醒めの地の方向へと流れているらしい。方向転換したリスさんにならって、今度はその小川を横目に見ながら枝を渡っていく。
やがて、ちょうど里の入り口や目醒めの地の奥に当たるだろう場所まで来た。
見慣れない場所に好奇心が湧き、つい速度を落として周囲を眺める。
密集した巨樹が並ぶ空間で、視線をいろいろな方向へ飛ばしていると、一本の巨樹に大きめの洞があるのが見えた。
ひと一人ならば、よほど大柄でなければ身をかがめて入り込むことが可能だろうその洞は、根本のほうにまで空洞があり、何やらその先があるような雰囲気をかもしだしている。
これはぜひとも後日、ゆっくりと確認してみなければ!
好奇心に笑みを深めていると、前方から高い鳴き声が上がる。
慌てて視線を前へと戻すと、しっかりとリスさんが立ち止まってくれていた。
……どうやらまだまだ、追いかけっこは終わらないらしい。
「これは……この移動に慣れてしまえば、高速戦闘なども出来そうですねぇ」
思い付きを、ぽつりと零す。
実際、この高速移動をおこないつつ戦闘することが可能ならば、敵の攻撃をすべてよけることで、防御面の不安はなくなるだろう。
……ただし、実用的かと言われると少々首をかしげてしまうのだが。
「出来るかできないかで言いますと、出来るとは思いますが……まぁ、ロマンの一つではありますか」
『はやいせんとう? かっこいい!』
『しーどりあ、はやいのじょうず!』
『じょうず~!』
「おや、ありがとうございます」
小さく苦笑して呟いた言葉に、精霊のみなさんがわくわくと声音を弾ませて話にのってきてくれる。
現状の高速移動を褒めてくれているということは、これもまた磨けば輝くものになるのだろう。
「……リスさんに追いつけるようには、なりたいところです」
先の枝の上から、じっと見つめてくる銀色の瞳を見返し、ひとまずの目標を言葉にする。
ぽよっと頭の上で跳ねた小さな風の精霊さんが、元気な声を上げた。
『いっぱいはやいの、れんしゅうする!』
「えぇ。意図は分かりませんが、せっかくリスさんがお相手をしてくださっているのですから、私もこれを糧にいたしましょう」
『わ~い!!!』
精霊のみなさんの歓声を聴きながら、高速移動追いかけっこを再開する。
夜から深夜、そしてサァ――と射した明るさに、夜明けの時間になったことに気づくまで、リスさんとの追いかけっこはつづいた。