百七話 四日目と星の石の祝福
爽やかな朝の空気に、自然と目が覚める。
さぁ、今日も準備をして、【シードリアテイル】を楽しむとしよう!
サービス開始四日目の、最初のログインはとどこおりなく。
『おかえり、しーどりあ~~!!!』
「えぇ、みなさん。ただいま戻りました」
『わ~~い!!!』
瞳を開く前に響いた幼げな弾んだ声音と、胸元でぽよぽよと跳ねる感覚に、口元をゆるめて言葉を返す。
開いた緑の瞳には、小さな三色の精霊さんたちが、楽しげに跳ねている姿が映った。
可愛らしい様子に、小さく笑みを零しながら、ゆっくりと起き上がる。
白亜の宿部屋の窓からは、宵の口のまだ明るい夜のはじまりの色がうかがえた。
「それでは、今日も楽しむとしましょう!」
『しょう~~!!!』
思わず弾ませた声音に、精霊のみなさんの声音が重なる。
普段通りの準備をすませ、神々への《祈り》をおこなうと、さっそくと外へと踏み出す。
サァ――と吹き抜けた夜風が、マントや髪、それに新しい服の裾をゆらすのを楽しみながら、この時間ならばと大老様たちの家々の奥へと足を進めていく。
やがて樹々の並ぶ森の中で、巨樹に腰かける大老アストリオン様が見えてきた。
近くまで歩みより、静々と一礼をおこなう。
「こんばんは、アストリオン様」
『……うむ。よい夜だな、ロストシード』
「えぇ、素敵な夜ですね」
『いいよる~!』
『すてきなよる~!』
『わ~い!』
なごやかにあいさつを交わし、はじめてお逢いした時より幾分やわらかな光をたたえた、アストリオン様の藍色の瞳を見返して、微笑み紡ぐ。
「今宵も、ご一緒してよろしいでしょうか?」
『無論だ。聞いていくといい』
「ありがとうございます」
高揚感を秘めた問いかけに、穏やかな許可をいただき、肩と頭の上でそわっと動いた精霊のみなさんと一緒に、アストリオン様の対面の巨樹に腰を下ろす。
視線を眼前へ注ぐと、磨いていた夜色の竪琴をかまえて、アストリオン様が小さく音を奏ではじめた。
問いかけの真意は、この演奏を聴いていいかという確認。
以前、星魔法を授かったことをお伝えしたその後に拝聴した、素晴らしい演奏が忘れられず、ついまた聴きたくなってしまったのだ。
ボロロン……と鳴る竪琴の音色に、耳をかたむける。
風のささやき、葉擦れのリズム、美しく奏でられる竪琴の旋律――そこに小さく乗せられた、アストリオン様の歌声。
深い声音と音楽が混ざり合い、聴く者すべてを魅了する、一つの歌が静けさを伴って響いていく。
さすがは吟遊詩人だと、感服せざるを得ない歌声に、口元にうかぶ微笑みをそのままに聞き惚れる。
素晴らしい音楽は、宵の口から本格的な夜へと至るまで、さまざまな音色で奏でられた。
竪琴の余韻さえ美しく、演奏は夜の時間を迎えて終わりを告げる。
小さくパチパチと手を打ち鳴らし、素敵な吟遊詩人へと称賛と感謝を捧ぐ。
「本当に素敵な音楽を楽しませていただき、感謝申し上げます」
『……楽の音を楽しむことが出来たのであれば、吟遊詩人としての腕もそう落ちてはいまいか』
「えぇ、きっと。少なくとも私にとっては、アストリオン様の演奏も歌声も、本当に心が惹きこまれるほど美しいものですから」
『――そうか』
幸福感に満たされながら紡いだ称賛に、アストリオン様が淡く口元をほころばせて笑む。
穏やかな沈黙の中、ふいに頭上の葉の隙間から夜空を見上げるように視線を投げたアストリオン様は、次いで私へと藍色の瞳を向けた。
『この先、そなたは多くの街を巡ることになるだろう』
「えぇ、はい。おそらくはそのように、旅路を歩むことになるかと」
唐突な言葉に一瞬驚き、しかし内容は私自身予想していることだったので、すぐにうなずき肯定を言葉にして返す。
それに、一度ゆっくりと藍色の瞳をまたたいたアストリオン様は、言葉をつづけた。
『多くの者たちは知らぬことだが……他の街の近くにも、星の石は必ず在る。そなたはすでに星魔法を手にしているが、一度はその地の星の石へ〈星の詩〉を歌い捧げるとよかろう』
「各地にある、星の石に、ですか?」
『うむ。そうだな……ある種の、巡礼のようなものだ』
「なるほど……!」
思わず、緑の瞳が輝くような高揚が湧く。
各地にある星の石へ、巡礼として〈星の詩〉を捧げに行く――なんとも、ロマンあふれるおこないだ!
それ自体にどのような意味が込められているのか、あるいは何かしらの出来事が起こるのかは、分からないけれど……それは実際に、この目で見るまでのお楽しみとしておこう。
そう言えば、もしかすると星魔法にとって星の石は、神殿のような場所や役割をにない持っているのではないだろうか?
唐突な閃きに、しかしそれならば、これからの行動もおのずと定まるというもの。
ふっと微笑みを深め、上品に立ち上がる。
注がれた藍色の瞳を見つめ返して、優雅に一礼。
「せっかくの素敵な夜ですから、こちらの星の石にも、ごあいさつにうかがおうと思います」
『うむ。――それでこそ、我が後継者』
「はい!」
次の行動を示す言葉に、深い美声で返された言葉が嬉しく、満面の笑みを広げる。
さっそくと星の石のほうへと踏み出した足で地を蹴り、枝から枝へと軽やかに移動していく。
そう時間をかけずにたどり着いた、闇色が守る星の石の眠る地に、そっと入り込んだ。
『ほしのいし~~!!!』
肩と頭にくっついてくれていた、小さな三色の精霊さんたちが、ぱっとうかび歓声を上げる。
拓けた大地に並ぶ、サークル状の艶やかな黒色の小岩に囲まれた、美しい星空色の多角柱を見上げ、ほぅと感嘆の吐息を零す。
この巨石の美しさは、やはりどこか神殿に鎮座する神々の神像を思い出させるものだと感じた。
アストリオン様のお話を聴いた後ということもあり、一瞬〈星の詩〉を捧げようかとも思ったが……神聖なものなのだと認識したからか、両手は自然と胸の前で祈りのポーズを形作る。
闇色に星々を思わす銀点を煌めかせる星の石へ、迷わずスキル《祈り》を発動。
改めて、星魔法を授けてくださったことへの感謝の念を送る。
すると――しゃららら……と、唐突に美しい効果音が鳴った。
自然と閉じていた瞼を開き、眼前に光る文字を視線でなぞる。
[《祝福:星の願い》]
反射的に二度見して、身体へととけ消えていく光を、半ば呆然と見送った。
……ここで祝福を授かることになるとは。
驚きのままに灰色の石盤を開き、説明文を読む。
「[星の石から授けられた、レベルに応じてすべての星魔法の効能が高まる祝福。レベルが高くなるほど、祝福の効果も向上していく。この祝福は、永続的に常時発動する]……」
思わず、真顔になった。
まさか、今まで以上に星魔法の威力を上げるたぐいのものを授かるとは、さすがに予想外どころではない。
……いったい、私は何と戦い、何を倒せと言われているのだろう??
そこまで考え、はたと閃きが降る。
「いえ、これはむしろ……」
ハッと見上げた星空色の巨石は、何かを明確に伝えてくれることはなかったけれど。
ただただ――生きていてほしいと願う、その思いが垣間見えた気がした。
……どうしてだろう?
自身でもなぜ、そう思うのかは分からない。
それでも、たしかに星魔法の力があれば、たいていの困難は乗り越えることができるだろうとは思う。
どのような敵でも、どのような状況でも――万物に干渉する偉大なる古き魔法は、必ずや私の力になってくれるだろう、と。
星の石を見上げ、もう一度両手を組む。
思いをそっと、声に乗せた。
「心強い祝福を、ありがとうございます。私はきっと、大いなる試練をも、乗り越えてみせます」
言葉を紡ぎながら、不思議と懐かしく感じる、キャラクタークリエイトをはじめる少し手前の出来事が頭をよぎる。
あの時、美しい創世の女神様は、私にこう言ったのだ。
私たちシードリアは大地で目醒め、さまざまなことを体験しながら、新たな生を謳歌していくことが運命。
そしてその冒険の中で、時には乗り越えられないほどの困難にもまた、立ち向かわなければならないのだと。
何より女神様は、つづけて、こうも語っていた。
――けれども、必ずやその困難を切り開く力を、手にするのだ、と。
緑の瞳が、煌めく。あふれた好奇心と高揚感を、お気に入りの声にかえて、紡ぎ出す。
「魔物を倒し、他者を救い、明日を紡ぐおおいなる力こそが――星魔法だったのですね!!」
きっと、今の私の表情は、幼子のように輝いていることだろう。
【シードリアテイル】に秘められた真理を一つ、知ったような嬉しさが、胸に満ち満ちる。
そして、ふいに気づいたもう一つの真実に、笑みを深めた。
閃き、行動し、授かり、気づきを得て心を震わせる。
今この瞬間こそがまさしく――創世の女神様が私たちシードリアに定めた、この世界での生の謳歌に違いない、と!