百五話 護りの服と歩みの靴
新しい、この里ですごす醍醐味……のようなものを発見しつつ、コホンと一つ咳払いをして、気を取り直す。
思わぬ自身のうわさ話を聴いてしまったが、元々フィオーララさんのお店に来たのは、買い物をするためだ。
眩しげに細められた金の瞳を見返し、フィオーララさんに来店の理由を告げる。
「本日は、新しい衣服を買おうと思い、まいりました」
『あら! そうだったのね。ゆっくり見て行ってちょうだい』
「はい」
快い返事にうなずき、美しい色の布でつくられた衣類へと視線を移す。
ゆったりとした服や、スマートなズボン、落ち着いた色合いのマントやローブなどには、初日に見た時と変わらず、美しい刺繍がほどこされている。
初期装備であるシンプルな今の服も、やはりどことなくこの幻想的な世界にふさわしい服で、とても好みではあるのだが、フィオーララさん作の衣類がさらに素敵であるのは事実だ。
ついつい、どれにしようかと視線があちらこちらに飛んでしまう。
「服とズボンを買いたいだけなのですが……こうも素敵な作品が並んでいますと、どうにも迷ってしまいますね」
『しーどりあ、ぜんぶにあう~!』
『きれいなふく、にあう~!』
『かっこいいのも、にあう~!』
「おや、それはまた、嬉しくも困ってしまいますねぇ」
『えへへ~!!!』
私の呟きに反応した三色のみなさんが、楽しげに声を上げる。
実際、この身ならばどのような服をまとっても、それなりには見映えよく見えることだろう。
……だからこそ、どれにしようか迷っているわけだが。
「うぅん……これはもう、純粋に心惹かれたものを買うことにしましょうか」
『は~い!!!』
小さく苦笑し、素直にお気に入りのものを買うことに決める。
幾つか目星をつけ、その中でも特に気に入った服とズボンを手に取った。
薄い青緑色のゆったりとした長めのチュニックと、白に近い薄緑色のゆるさのないスマートなズボン。
チュニックには裾に青い糸で水滴の模様が描かれ、ズボンには風の流れを表した銀糸の刺繍が美しく飾られている。
どちらもとても繊細な美しさがあり、なおかつ今の私が使っている魔法との相性も考えた上で、最適だと判断した。
『着てみる?』
「えっ、ですが、こちらはサンプル品……売り物ではない見本の衣類では、ありませんよね?」
後ろからかけられたフィオーララさんの言葉に、思わず戸惑いながら疑問を返す。
現実世界では、サンプル品を試着することができる店もあったが、この店にあるものはすべて売り物だと思っていた。
サンプル品ではないのに、試着をしてもいいのだろうか?
私の問いかけに、美しく微笑んだフィオーララさんは『大丈夫よ』と言葉を紡いだ。
『きみは、わたしが心を込めて紡いだ服を、やぶったり傷つけたりしないでしょう?』
「当然です!」
『それなら、着てみてもいいわ。きっと似合うもの』
にっこりと素敵な笑みを返されて、ようやくフィオーララさんから信頼してもらえているのだと気づく。
自然と、口元に微笑みがうかんだ。
「ありがとうございます、フィオーララさん。では、お言葉に甘えて試着させていただきます」
『えぇ。あっちの奥に、カーテンで区切った場所があるから、そこで着替えてね』
「はい、分かりました」
フィオーララさんが指差した店内の奥へと歩みよると、緑のカーテンに隠された一角があった。
ここで着替えるといいのだろう。
さっそくとお邪魔し、初期装備から新しい服へと着替えてみる。
壁に立てかけられた姿見の大きな鏡には、よく似合う新しい服をまとい、満足気に笑むエルフが映った。
『その服に決めたなら、着たままでもいいわよ~』
「はい! こちらの服に決めました!」
少し遠めの位置から届いたフィオーララさんの言葉に、ありがたく思いながら大きめの声で返事をする。
初期装備をカバンに収納し、カーテンの奥から出てフィオーララさんのもとへと向かうと、私が声をかける前に三色の精霊さんたちが声を上げた。
『しーどりあ、にあってるでしょ~?』
『きれいだよ~!』
『にあってるの~!』
『あら、本当ね! よく似合っているわ』
「あ、ありがとうございます」
可愛い精霊さんたちの自慢気な声音と、フィオーララさんの純粋な褒め言葉に、反射的に照れながらも、感謝を伝える。
流れるようにお会計をして、無事に買い物は完了。
改めて眩しげに私を見つめたフィオーララさんは、美しく微笑む。
『――この服が、きみをたくさん護ることができますように』
防御面をになう服にかけられた、守護の祈り。
作り手の真摯なその思いに、丁寧な一礼を捧げてから、明るい陽光が降る外へと出る。
お次は、はじめて行くお店――フィオーララさんのお店の対面にある、靴屋へと足を向けた。
衣服を新しいものにしたのだ、初期装備の茶色の革のブーツも、新しい靴にかえよう!
扉のない入り口から、さまざまな靴が並ぶ店内へと踏み入る。
とたんに、目の前でハチミツ色の癖のある髪が、ふわふわとゆれた。
『いらっしゃい! 栄光なるシードリア!』
振り向き、薄緑のつぶらな瞳を煌かせて鮮やかに笑ったのは、リリー師匠より少し大きい姿の、店主と思しきノンプレイヤーキャラクターの少年。
職人らしい茶色のエプロンが、よく似合っている彼に微笑みを返し、優雅にエルフ式の一礼をおこなう。
「はじめまして。ロストシードと申します」
『はじめまして! ぼくはロルンロイア! ロロって呼んでね、ロストシード!』
「はい、ロロさん」
『うんうん!』
満足そうにうなずく姿は元気で明るい印象を抱く。
外見は人間に当てはめると十四歳くらいに見えるので、つい可愛らしく思えてしまうが……この世界では、どう考えても私たちシードリアよりも長生きしている存在だということを、忘れてはいけない。
敬意を胸に、そっと左手を右胸に当てて言葉を紡ぐ。
「本日は、靴を新しい物に変えようと思い、こちらへうかがいました」
『来てくれてありがとう! ここでなら、きみの歩みをより快適にする靴が見つかるはずだよ!』
快い歓迎の言葉に、自然と微笑みが深まった。
まだ靴についての知識が浅いものの、歩みをより快適にするという言葉は、しっかりと理解できる。
脚の防御面の補助も兼ねているとは思うが、やはり靴は移動時の快適さを重要視するものなのだろう。
――であれば、新しく身につける靴に必要な要素もまた、必然的に思いつくもので。
一つうなずき、ではと言葉をつづける。
「例えば、風の魔法と相性の良い靴は、ありますか?」
『あるよ! こっちこっち!』
即答と手招きに従い、小柄な背中についていくと、艶消しの灰色の革でつくられたと思しき、形の違うブーツが幾つか並べられていた。
銀色関連の色合いは、風属性の色。このブーツは間違いなく、風の魔法と相性が良い靴なのだろう。
普段から両脚にまとわせる、風の付与魔法を多用している身としては、まさしくこのような靴を探していた。
『この中から、好きな物をえらぶといいよ! どれも自慢の作品だから!』
「分かりました、ありがとうございます」
『こちらこそ、興味をもってくれてありがとう!』
朗らかに笑うロロさんに、こちらまで嬉しくなり、笑顔を返す。
改めて、蔓の台に並べられたブーツを見やると、どれも丁寧に磨き上げられ、編み上げの紐が銀色に煌いていた。
じっくりと観察し、比較的シンプルな編み上げブーツを手に取る。
『試しにはいてみていいよ!』
「ありがとうございます。それでは、ありがたく」
明るく響いた許可に感謝しつつ、ロロさんが指差した場所に置いてあった椅子に腰かけ、初期装備の茶色のブーツから、ふくらはぎのあたりまでをおおう、銀の紐で飾った灰色の編み上げブーツをはく。
予想以上にしっくりとなじむ感覚に、内心感動を覚えていると、軽やかに手を叩く音が響いた。
視線を向けると、ロロさんの煌く薄緑の瞳と視線が合う。
『すごく似合ってるよ、ロストシード!』
両手で拳をつくり、元気に告げられた嬉しい言葉に、思わずにっこりと笑みが広がった。
「ありがとうございます、ロロさん。本日はこの靴を買わせていただきますね」
『わぁ! ありがとう!』
実に好い買い物ができたと、お会計の最中にゆるみそうになる口元を、なんとか上品にたもつ。
エルフ式の一礼でもって感謝を伝え、ロロさんのお店を出て土道に踏み入ると、昼に移り変わった陽光のあたたかさが、サァッと降り注いだ。
名残惜しくはあるが、そろそろ現実世界では就寝時間になる。
ゆったりと里の中で出来た買い物の時間を振り返り、楽しさに今度こそ口元をゆるませて、神殿への帰路につく。
『しーどりあ、くつ、にあってる!』
『ふくも、にあってる!』
『ぜ~んぶ、にあってる!』
「ふふっ。ありがとうございます、みなさん」
神殿までの道のりで、新しい装いをしっかりと褒めてくれる、褒め上手な三色のみなさんと笑顔を交し合う。
神殿に戻り宿部屋へと入れば、長いようであっという間だった【シードリアテイル】三日目も、眩い陽光と共に終わりを告げる。
各種魔法を消し、多色のみなさんに感謝を伝えて見送ると、また少しさみしさが胸に宿った。
それでも、と三色の精霊のみなさんへと向き直り、微笑みを見せる。
「みなさん、私はまたしばらく空で休みます。また必ず戻ってきますね」
『うんっ! まってる!』
『いいこにしてるよ~!』
『またね、しーどりあ!』
「えぇ、また」
またねと微笑み合い、ベッドに横になると、そっと瞳を閉じて。
「ログアウト」
静かな呟きを合図に、ぐっと感覚が遠ざかり……現実世界の感覚が、鮮明になった。
やはり、一日の終わりはどうしても名残惜しく、さみしさが降る。
けれど明日もまた、あの素晴らしい世界で遊ぶことが、確定しているのならば。
――そう憂うこともないのだと、自然とうかんだ微笑みが教えてくれていた。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。