百四話 今しばらくはこの里で
そっと彼方へと投げていた視線を戻し、にっこり笑顔のロランレフさんと微笑み合う。
貴重な古い光魔法を授かったこと自体は、ありがたいことだ。
ロランレフさんが驚くほどの魔法ならば、これから先必ず私の力になってくれる時が来るだろう。
今はひとまず、そう思っておく。
「大切に使っていきます」
『はい。栄光なるシードリアたるロストシード様の旅路で、かの魔法が輝くことをお祈り申し上げます』
「ありがとうございます、ロランレフさん」
穏やかなやりとりののち、お互いに交し合った会釈から顔を上げると、ふとロランレフさんが何かに気づいたように表情を変えた。
どうしたのだろう?
ぱちりと緑の瞳をまたたくと、『これは雑談となりますが……』と前置きをして、やわらかな声音がつづく。
『最近は、多くのシードリアの皆さまがたが、パルの街へとたどり着いていらっしゃるのだとか』
「えぇ、どうやらそのようでして。私も、あまり里の中で他のシードリアのかたを、見かけないと思っていたところです」
『ロストシード様も、そのようにお感じでしたか。……少し、さみしさはありますが――神官としては、皆さまの旅路が素晴らしいものであるよう、心より応援いたしております』
「ありがとうございます。他のみなさんも、きっとよき旅路を今まさに、進んでいることでしょう」
これまた珍しく、ロランレフさんとゆっくりお話ができそうな雰囲気に、穏やかにあいづちを打つ。
ちょうど私自身気になっていた話題だったこともあり、ゆったりとした時間の中でも会話が弾む。
嬉しげに微笑むロランレフさんは、次いでかすかに翠の瞳を細めて、口を開いた。
『ロストシード様は、パルの街へは……』
そっとうかがうように紡がれた言葉に、ロランレフさんが本来聞きたかったのはこれだと、確信する。
一つうなずき、微笑みをそのままに答えを紡いだ。
「私は、まだもう少し、この里ですごそうと考えています」
『この里で、ですか?』
「はい」
どこか不思議そうな表情のロランレフさんに、心の内を言葉にする。
「実は以前、他のシードリアのかたが、ワープポルタを使いパルの街へと移動している様子を見る機会がありまして。その時、次に私たちが目にする場所はどのような光景なのかと、心躍ったのはたしかです。私自身、すでにパルの街へと行くための条件自体は、満たしているのも事実なのですが……」
『では、ロストシード様はその上で、パルの街へと移ることなく、この里にいらっしゃったのですか? それに、今後もまだ里でおすごしになると』
「えぇ」
純粋な疑問を宿した、翠の瞳がこちらへとひたと視線を注ぐ。
ふと湧いたイタズラ心を、ふわりと口元に乗せて、言葉をつづけた。
「もったいないと思いまして」
『もったいない……ですか?』
「はい!」
ぱっと華やかに、笑みを広げる。
ロランレフさんへ私の思いを説明するための言葉は、もう決まっていた。
朗らかに、変わらない本心を紡ぎ出す。
「――まだまだ、この里には私の知らない魅力が、たくさんあると思いますから!」
綺麗な翠の瞳が見開かれたのは、束の間だったけれど。
とてもやわらかに、優しく微笑んだロランレフさんの笑顔は、いつにも増して神官らしい神聖さを帯びて見えた。
『――おっしゃる通りかと』
穏やかなうなずきと共に紡がれた言葉に、互いににっこりと微笑み合う。
まさしく心が通じ合ったような喜ばしい感覚を楽しみ、もう少しだけ言葉を交わしてから、すっかり朝に変わった眩い神殿の外へと歩み出した。
『しーどりあ、きょうはなにするの?』
「そうですねぇ」
朝の陽光に照らされた土道を進みながら、小さな水の精霊さんの言葉に思考する。
せっかく、ロランレフさんと素敵なお話をしたのだ。この好奇心に、見合う行動をしたいというもの。
まだ見て回っていない森の中を駆けてみるのも好いかもしれない。
それとも、まだ食べていない料理を食堂で楽しもうか?
口元にうかべた微笑みが、自然と深くなる。
吹き抜けた風に、バサリと艶やかな緑色のフード付きマントがひるがえり――閃いた。
「思いつきました! 本日はフィオーララさんのお店で、新しい服を買いましょう!」
『お~! ふく~!』
『おめかし~!』
『おかいもの~!』
「えぇ、お買い物、です」
我ながら、名案だと自画自賛する。
数々の魔物との戦いを体験し、服が代表する防御面の大切さは、十分学んできたと言えるだろう。
守護の魔法があるからと言って、油断してはいけない。
さっそく、この大地で目醒めて最初におとずれたお店へと、再び足を向ける。
歩きなれた土道を軽快に進んで行くと、お店にたどり着くのは、あっという間だった。
扉のない、開かれた入り口から、ゆったりと店内へ入る。
視界の端で、金色がゆれた。そちらを見やると、ちょうどウェーブをえがく金の長髪をゆらして振り返ったフィオーララさんと、目が合う。
驚いたように見開かれた金の瞳に微笑み、優雅にエルフ式の一礼をする。
私の礼に、初日と同じように美しい礼を返してくれたフィオーララさんは、眩しげに金の瞳を細めた。
優しげな微笑みを見返し、うっかり忘れそうになっていた、朝のあいさつを追加する。
「よき朝に感謝を――お久しぶりです、フィオーララさん」
『よき朝に感謝を。また来てくれてうれしいわ、ロストシード。うわさだけは、よく耳にしているのよ』
……思わず、笑顔を一瞬固めてしまった。
なんとか平静さをたもちつつ、問いかける。
「ええっと……どのようなうわさでしょうか?」
『ふふっ、そうねぇ。リリーとアードリオンが、自慢の弟子とか教え子って話していたり、マナが手飾りを選んでくれたって喜んでいたり。シエランシアは予想外の新人だって褒めていたし、クインディーア様は未来ゆたかな、いい子だって嬉しそうにしていたわ』
――なにやら聞き覚えのある内容と、明確には聞き覚えのない内容とが語られ、ぱちぱちとにじみ出た驚きに瞳をまたたく。
『しーどりあ、すごいもん!』
『すごくて、いいこ~!』
『いいこ~!』
『えぇ、そうね。本当にいい子だって聴いているわ』
『うんっ!!!』
小さな三色の精霊さんたちも、とても楽しげに会話に加わり、フィオーララさんと微笑み合っている。
当の本人は、唐突な褒め言葉に、まだ思考が追いついていないのだけれども。
なんとかして理解をしようと、無言のまま脳内で処理につとめていると、フィオーララさんの声が流れるようにそっと響く。
『それから――』
まだつづきそうな言葉に、反射的に緊張を感じてしまう。
いったい、他にどんな話題が……?
『神殿の祈りの間を壊し』
「あ~~!! それは! あのっ!!」
『ふふっ』
頬に片手をそえ、微笑ましげに笑みを零すフィオーララさんは、それ以上を言葉にする気は最初からなかったように見えた。
どうやら……しっかり、からかわれてしまったらしい。
まさか例の星魔法の一件を、こうもさらりと話題に出されるとは思ってもいなかったため、慌てふためいてしまった……!
反射的に熱くなる頬を、思わずそっと両手で引きよせた水と風の小さな精霊さんたちに、冷やしてもらう。
土の精霊さんに頭を撫でてもらいながら、とにもかくにも私の想像を完全に超えて、実に愉快なうわさがノンプレイヤーキャラクターのみなさんには、共有されているらしいということだけは、よく分かった。
複雑さ半分、面白さ半分。
いずれにせよ、やはり今しばらくはこの里を楽しむのも……一興、というものだろう。