百三話 古き浄化の魔法
食事と寝る準備をしっかりとすませ、三日目最後の時間を楽しむため、微笑みをそのままに【シードリアテイル】へとログインする。
『おかえりしーどりあ~!!!』
「ただいま戻りました、みなさん」
瞳を開く前に上がった小さな三色の精霊さんたちの歓声に、自然とうかぶ笑みをお供に言葉を返す。
ベッドから起き上がり、美しい宿部屋の大きな窓を見やると、薄青の光がサァ――と射し込んでいた。
どうやらちょうど、夜明けの時間にログインしたらしい。
思わず先のログイン時のこの時間帯で、神殿でやらかしてしまったことを思い出し、拳を握り込む。
「今回は、神殿を壊さないように気をつけます……!」
『こわさない!』
『きをつける~!』
『ほしまほうつかわない!』
「はい! 星魔法は使いません!」
『お~~!!!』
三色の精霊のみなさんとしっかり方針を確認し合い、堅い決意のもと、いつもの準備を開始する。
「〈フィ〉」
まずは穏やかな詠唱を一つ。
小さな多色の精霊さんたちがぱっと現れ、窓から射し込む夜明けの木漏れ日に照らされて、その色を美しく輝かせる。
普段通り〈ラ・フィ・フリュー〉と脚にまとわせる〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉も発動させ、《隠蔽 二》で隠し――準備完了。
丁寧に宿部屋を後にして、階段をゆったりと下り、神官のみなさんがすでにお仕事をはじめている広間を歩く。
……なぜか、今日はやけにあたたかな視線が注がれているような気がするが、きっとこれは気のせいだろう。おそらく、たぶん、気のせいに違いない。
つとめて穏やかな微笑みをうかべたまま、美麗な精霊神様の巨大な神像を見上げる位置まで進み、その場にいたロランレフさんにあいさつをしてから、お祈り部屋へ。
すっかり座り慣れた長椅子に腰かけ、本日も感謝と喜びを念じる《祈り》をおこなう。
頭の片隅で、さきほどロランレフさんにあいさつした際、やはりなんだか今までよりもやわらかな眼差しに感じたことが、チラチラと思いうかんでは消えていく。
これはもう、どう考えても――やらかしてしまった幼子の、次の日の様子を見守る眼差し……!!
静かに湧き上がる気恥ずかしさにぷるぷると耐えながら、なんとか精霊神様へのお祈りを終える。
次は、魔神様へのお祈りだ。
さっそくと広い空間を、靴音を鳴らしながら精霊のみなさんと一緒に移動していく。
神官のみなさんが穏やかにお勤めされている中、ふとシードリアのかたがまぎれているのに気づき、つい視線がそちらへと流れた。
肩を過ぎてゆれる長めの灰色の髪に、アード先生の瞳の色とよく似た深緑の瞳をそろえた、険のない穏やかな顔立ちの青年。
はて、どこかで見たことがあるような……?
少し気になって記憶を探り、初日二度目のログイン時、精霊神様へのお祈りが終わり小部屋からでてきた際に、ロランレフさんと会話していたのが彼だと思い出す。
技神様の神像のそばにいる神官さんと、なにやら楽しげに話し込んでいる様子に、私以外にもまだこの里の魅力を楽しんでいるシードリアがいることを、嬉しく思った。
同士のように感じる彼から視線を外し、うかんだ微笑みをそのままに、魔神様のお祈り部屋へと入る。
こちらでもいつものように《祈り》をおこない、特に何事もなく広間へと戻り、次は天神様のお祈り部屋へ。
軽く見回した神殿内には、さきほどの青年は見当たらない。
少しばかり残念に思ったが、きっと彼もお祈りや他の物事を楽しんでいるだろうと思い直す。
――彼の歩む先もまた、素晴らしいものでありますように。
そう願いながら、天神様の祈りの小部屋へと歩みより、中へと入った。
他のお祈り部屋より、不思議と明るく感じる小部屋の中、長椅子に腰かけて両手を組む。
《祈り》を発動し、静かに日々の感謝を頭の中で言葉にしていると、ふいにしゃらんと効果音が鳴った。
「おや」
『なになに~~???』
「これは……魔法、のようですね」
閉じていた瞳を開き、見やった眼前にうかんでいたのは、[〈プルス〉]という文字。
どうやら、新しく魔法を習得したらしい。
灰色の石盤を開き、魔法の説明文に目を通す。
「[変容型の補助系光魔法。あるていど発動者の意思にそう、古き浄化の光を放つ。穢れ、魔物、闇属性の存在と魔法に対してのみ、攻撃性を有する。詠唱必須]、ですか。……これはまた、不思議な表記ですね?」
『ふるいまほうだ~!』
「古い魔法、ですか?」
小さな水の精霊さんの言葉に、オウム返しで問いかける。
くるっと、三色の精霊さんたちが綺麗に舞う。
『むかしからある、まほうだよ~!』
『ふるい、ひかりのまほう~!』
『ぴかぴかにしてくれるよ~!』
「ふむ、なるほど」
軽く片手を口元にそえ、みなさんの言葉にうなずきを返す。
浄化の力をもつ、古い光の魔法――これはまた、新しいロマンの予感!
湧き上がった高揚に、精霊のみなさんもそわそわと動きはじめる。
光の魔法に浄化とくれば、ここには専門家がすぐ近くにいらっしゃるわけで。
「ロランレフさんたち神官さんならば、この魔法のことが分かるかもしれませんね」
『しんかんのみんな、わかる!』
『しってるかな?』
『たぶん、しってる!』
「えぇ。おたずねしにまいりましょう」
『は~い!!!』
閃きのままに、方針が定まる。
天神様へと感謝を捧げ、丁寧に《祈り》を終了させて再度広間へと戻り、ロランレフさんのもとへ歩みよった。
「ロランレフさん」
『はい。いかがなさいました、ロストシード様』
やわらかに向けられた翠の瞳に、一つうなずいて言葉を紡ぐ。
「実はさきほど、〈プルス〉という光魔法を」
『ロストシード様』
「はい?」
『あの、今、なんと……?』
光魔法を授かったのですが、とつづくはずだった言葉を、珍しくもくいぎみに私の名を呼んだロランレフさんが止める。
逆に、半ば素で返してしまった問いかけに対して、つづいたロランレフさんの声音は少しゆれていた。
穏やかながら、驚きを宿した翠の瞳を見る限り、よほど〈プルス〉という魔法の名前が出たことが予想外だったのだろうか?
ぱちぱちと緑の瞳をまたたきながら、何やら真剣さをおびてきたロランレフさんの顔を見返して答える。
「ええっと、天神様のお祈り部屋でお祈りをしておりましたところ、光魔法の〈プルス〉という浄化効果を持つ魔法を授かりまして……。小さな精霊のみなさんのお話によりますと、どうやら古い魔法のようなのですが――どのような魔法なのか、教えていただきたく……」
そろりそろりと言葉を紡ぐと、じわじわと驚愕を表情に広げていたロランレフさんが、両手を組んで深くうなずいた。
『なんとも素晴らしい魔法を授かりましたね、ロストシード様!』
ぱぁっと輝くような笑顔が、とても眩い。
いつもふわりとやわらかに微笑んでいるロランレフさんの、ここまで輝かしい満面の笑みを見るのははじめてだ。
弾む声音で告げられた言葉に、小首をかしげる。
「素晴らしい魔法、なのですか?」
『はい、それはもう。神官ならば誰しもが授かりたいと願う魔法なのです』
数度うなずき、いつになく力説してくださったロランレフさんいわく。
浄化の魔法とは、魔物の穢れが宿ってしまった土地や生き物、魔物自体などを清らかな光魔法で消し去る効能を持つ魔法らしい。
攻撃系の光魔法とは異なり、攻撃性を発揮する対象が決まっているため、多くは神官さんたちが習得しているのだそうで。
その中でも、この〈プルス〉という光魔法は、実は夜明けの時間で《祈り》をして習得できる、数少ない浄化の力を持つ貴重な古い魔法なのだとか。
そもそも、浄化の力を持つ魔法そのものが、他の効能の魔法と比べて希少な部類だそうで……〈プルス〉はその希少な浄化の魔法の中でも、さらに授かるのが珍しい魔法とのこと。
用途は他の浄化の魔法とそこまで違いはないが、変容型の魔法なだけはあり、多様な方法で魔法を使えることが、神官さんたちにとってとても魅力を感じるらしい。
『ロストシード様でしたら、きっと適切にお使いになられることでしょう』
「あ、あはは……」
やはり普段よりも嬉しげに微笑むロランレフさんに、予想の斜め上の信頼を感じて若干かわいた笑みを返す。
……果たして、神官でもない私が、授かって良かった魔法なのだろうか?
またもや、思ったよりも素晴らしすぎる魔法を授かった予感に、ロマンはそっと横に置くことになりそうだと思った。