百一話 有能な教え子第二号
――パルの街にも、売るように手配をしておく。
とても聞き覚えのある流れを宿したアード先生の言葉に、思わずうかべていた微笑みが一瞬固まる。
……いや、正直なところ、これまでの流れからこの展開にたどり着くことは、予想できていた。
一瞬彼方へと投げた視線を、気合いと根性でアード先生の無表情ながら整ったお顔へと戻し、深いうなずきを返す。
「はい、心得ております。材料確保に役立つ職人ギルドにも登録をしておくと良いと、以前リリー師匠……飾り物のお店の、リラルリシア師匠に教えていただきました」
『あぁ……リラルリシアが言っていたのは、ロストシードのことだったか』
果たして、リリー師匠はアード先生に、いったい何を言ったのだろう?
物凄く、気になる……!
「あの……リリー師匠は、私のことを、なんと……?」
リリー師匠なら悪いようには言わないだろう。
そう、半ば確信しつつもおそるおそるたずねると、小さなうなずきと共に、アード先生はさらっと答えてくれた。
『自慢の愛弟子だと言っていた。――こちらでも、ロストシードは非常に有能な教え子だと返したが』
「なるほど! ありがとうございます!!」
思わぬとても嬉しい言葉に、思い切り心底からの感謝を響かせる。
ついつい大声になってしまったが、これはさすがに仕方がない。
――予想以上に師匠と先生に大切に思っていただけていることを知り、感情の発露がおさえられなかったのだ。
『よかったね、しーどりあ!』
『しーどりあは、すごいから!』
『すごくて、いいこだから~!』
「みなさんも、ありがとうございます」
肩と頭の上で、ぽよっと跳ねて嬉しい言葉を伝えてくれる三色の精霊さんたちにも、感謝と微笑みを返す。
私は本当に、このエルフの里で素敵な方々と出逢ってきたのだと、改めて感動に似た思いが胸中を満たしていく。
あたたかな気持ちを噛みしめていると、ぽつりとアード先生が言葉を零した。
『……もう一人、ロストシードの前に錬金術を学びに来たシードリアがいた』
「私の他にも、シードリアのかたが、ですか?」
『そうだ』
感慨深さを秘めた声音に問いかけを返すと、アード先生はしっかりとうなずき、視線を入り口近くの棚へと流す。
足を動かしてアード先生の隣に並び、棚をよくよく見てみると、私のつくった特製ポーションたちのその隣に、アード先生作のポーションとは少し色の異なるポーションが置かれていた。
数本、綺麗に並べられたそのポーションたちの製作者こそが、さきほどアード先生がおっしゃった私の前に錬金術を学びに来た、シードリアなのだろう。
正直なところ、純粋に驚いた。
私は比較的早い段階で、アード先生のもとをおとずれたと思っていたから。
しかし一方で、好きなことをマイペースに楽しんでいる私とは違い、はじめから生産系の技術を習得するために動いていたシードリアもいるだろうとは思っていた。
ある意味では、この展開は予想していたことで、驚き半分納得半分の感情がうかぶ。
とは言え重要な点は、アード先生には有能な教え子がもう一人いた、という部分だ。
私の特製ポーションと同じように、その人のポーションが棚に並んでいるということは、このポーションたちも売るほどの価値がある、素晴らしい製品に違いない。
そうなると、私はさしずめ有能な教え子第二号、と言ったところだろうか?
それはずいぶんと――励みがいのある、立ち位置だ。
目指すにふさわしい背中を見つけ、意気込みのままにフッと束の間うかんだ不敵な笑みを、それとなく穏やかな微笑みに変えて、アード先生へと向き直り紡ぐ。
「素晴らしい先達のかたがいらっしゃったのですね。私も、引きつづき励んでまいります」
『……そうか』
静かに、そう紡いだアード先生は、少しだけ考えるそぶりを見せた後、再度私と視線を合わせた。
『得意分野は異なるが、あの子もロストシードも錬金術師として才があるのはたしかだ。願いのままに、進むといい』
ただただまっすぐ、純粋に背を押すその言葉に、微笑みが深まる。
――大切なことは、きっと。
このように評価してくれた、アード先生に喜んでいただけるような……立派な錬金術師に、なること。
嬉しさと共に深まる笑みをそのままに、アード先生へ力強いうなずきと決意を返す。
「はい。願いのままに――必ずや、立派な錬金術師へと成長してみせます」
『あぁ。……ロストシードならば、そうなれるだろう』
「はい!」
普段より、幾分やわらかな声音で紡がれたアード先生の言葉に、もう一度笑顔で返して、感謝の一礼をおこなう。
小さくうなずきを見せてくれたアード先生は、ゆったりとした足取りでいつもの定位置であるお店の奥に戻って行った。
ふと確認した窓の外は、すでに宵の口を越え、夜の時間帯に移り変わっているように見える。
色々と追加で出来事があったものの、今回の美味しいポーションをつくるという目標は無事達成できたため、そろそろログアウトをしに神殿の宿部屋へと帰るとしよう。
部屋の奥のアード先生へと丁寧にあいさつをすませ、出入り口の扉へと歩みよる。
チラリと見やった棚の上、並ぶ私のポーションと、その横のポーションを視線でなぞり、扉をそっと開く。
おそらく、エルフ生まれのシードリアたちにとって、錬金術の先駆者――その要素にはじめて触れ、学んだ第一人者であろう先達のかたに、敬意を抱きながら。
紺色混じりの星空の下へと、静かに歩み出た。
吹き抜ける夜風に、金から白金へといたる長髪をなびかせながら、肩と頭に乗っている小さな三色の精霊さんたちへ声をかける。
「みなさん。そろそろまた少し、空へ帰りますね」
『は~い!』
『わかった~!』
『まってる~!』
「えぇ。みなさんもゆっくり過ごしていてくださいね」
『は~~い!!!』
これもまた、ずいぶんと恒例になってきたやりとりに微笑み、帰路を行く。
すっかり人気のない夜の里も、神官のみなさんのいらっしゃらない神殿も、少しだけさみしさを感じるけれど。
宿部屋へと戻った後、慣れた流れで多色のみなさんを見送り、魔法を消して、ベッドの上にてログアウトを呟くと――感覚の戻ってきた現実世界で、次は何をしようかと好奇心が生まれるのだから。
シードリアたちが里から減った三日目も、これはこれで、おもむきがあるのかもしれないと、そう思った。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。