百話 デジャブはつづくよどこまでも
一人前の錬金術師になれた嬉しさを噛みしめながら、笑顔のままに美味しく仕上げた特製ポーションたちを再度机の上に戻す。
すると、おもむろに魔力回復ポーションへと、アード先生の手が伸びた。
チラリと、確認を宿した視線に、どうぞと微笑みながらうなずきを返す。
これはしっかり、お味見もしてくれるということだろう。
そこはかとなく緊張しながら、小瓶に口をつけるアード先生の反応を見守る。
一口、口に含んだアード先生の深緑の瞳が、吟味するように細められ……ふいにこちらを向く。
無表情にしては、ずいぶんと真剣さを宿した表情に、反射的に背が伸びた。
『ロストシード』
「はい、アード先生」
低い声が名前を呼ぶのにすぐさま答えると、深いうなずきののち。
『売ろう』
「は……ええっと?」
端的に、アード先生はそう言った。思わず、疑問を返してしまう。
――何やら、うっすらとデジャブを感じる。
たしか、このような流れが以前にもあったような……。
記憶のどこかに引っかかりを感じるものの、若干混乱する脳内ではすぐに答えを引き出せない。
ぱちぱちと、驚きのままに緑の瞳をまたたいていると、再びアード先生が口を開いた。
『これは、売り物として非常に価値のあるポーションだ』
「そう、なのですか……?」
『そうだ』
はっきりとした言葉に、美味しいポーションにはそこまで需要があったのだろうかと、思考が飛ぶ。
いや、たしかに美味しくないよりは、美味しいほうが良いと思ったからこそ、今回研究をしたわけだが。
物静かなアード先生が、心なしか高揚しているように見えるほど明るい声音で断言するという状況に、少々認識が追いつかない。
『あの子の物とは……また異なる面で、間違いなく価値がある』
小さく聞こえたあの子、がどの子を示しているのかはまったく分からないが、とにもかくにも売り物に出来るほどには上出来なお味だったと思っても、良い気がした。
「ええっと……お褒めいただき、ありがとうございます。それでは、もう数本追加で製作を……?」
『頼む』
「――承知いたしました」
アード先生の即答に、いよいよ覚悟を決める。
思い出したリリー師匠とのやりとりと似た流れに、果てしないデジャブを感じながら、言葉とうなずきを返す。
……若干微妙な微笑みなのは、ぜひとも許していただきたく。
何はともあれ、特製ポーションを売り物用に追加でつくることが決まった以上、せっかくなので今度は《同調魔力操作》を使って、錬金作業をおこなおう!
ふっと湧き出た好奇心に、普段の微笑みが戻る。
机に向き直ると、アード先生は私の左隣にあるご自身の椅子へと腰かけた。
どうやら、作業を見守ってくれるらしい。
これならば――存分に、同調の練習もできる。
魔力水を少なめに入れた小瓶へと、両の掌をかざし、集中。
そっと放った魔力で、魔力水を包み込むように意識をすると……するりと小瓶から空中へ、魔力水が魔法のようにうかび上がった!!
「これが、同調!」
『上出来だ』
思わず緑の瞳を輝かせて声を上げると、アード先生の低い声がどこか満足気にそう紡ぐ。
率直な褒め言葉が嬉しく、つい満面の笑顔をアード先生に向けてしまった。
かすかに細められた深緑の瞳が、幼子を見つめるようにやわらかで、少々気恥ずかしい。
とは言え、同調によって掌の間の空間で想像する通りに魔力水がその形を変化させるのは実に新鮮な体験で、とても楽しい。
伸ばしてみたり広げてみたりと、色々と試してみる。
綺麗な球体や、葉の形に整えることは可能で、三つに分けても問題なく空中にうかびつづけさせることも出来た!
『まりょくすい、たのしい!』
『しーどりあ、たのしそう!』
『どうちょう、すごい!』
「とっても楽しいです! ……あ」
小さな三色の精霊さんたちの言葉に、弾んだ声音で返答をしてから、気づく。
……遊んでいる場合ではなく、私はこの同調を使ってポーションをつくろうとしていたのだ、と。
あまりの新鮮さと楽しさに、文字通り幼子のように、うっかりしばし遊んでしまった。
そろり、と視線を向けた先で、どうにもやわらかに見えるアード先生の深緑の瞳と、ぱちっと視線が合う。
一度またたいたその瞳が、いっそうあたたかな光を帯び――引き結ばれていた口元が、ほのかにゆるんだ。
「し、失礼しました。今から製作をはじめますね」
『かまわない。気にせず進めるといい』
「はい……!」
少しだけ頬があつい。きっと、今の私の頬は気恥ずかしさで赤くなっていることだろう。
普段より幾分か優しげな声音で、先をうながしてくれたアード先生に感謝しつつ、今度こそポーション製作を開始する。
――結果は、予想以上のものだった。
思う通りに溶け、拡散し、磨ける感覚は、今までの高速錬金の大変さは何だったのだろうかと思うほど、本当に楽しいもので。
マナプラムとリヴアップルに、アースビーのハチミツを少量加えた特製ポーションは、あっという間に出来上がった。
いつもの小さな瓶に入った、特製の魔力回復ポーションと生命力回復ポーションを見つめ、よしとうなずく。
アード先生に視線を移すと、机の上に数本並んだポーションたちを、じっと見て出来を確認してくださっているご様子。
お邪魔をしないよう、三色の精霊さんたちと一緒に静かに待っていると、やがてたしかなうなずきがあった。
『問題ない。同調を覚えたばかりとは思えないほどの出来栄えだ』
「ご確認、ありがとうございます。無事に製作できて何よりです」
アード先生の嬉しい評価に、ほくほくとした気持ちで返事をする。
それに小さなうなずきを返してくれたアード先生は、目線だけで数本の特製ポーションたちを同調でうかばせ、スタスタと扉のほうへと向かって行く。
机の上に残ったポーションをカバンに収納してその背中を追いかけつつ、さすがはアード先生だと、尊敬の念が深まる。
さらっと小瓶をうかして手に持たずに移動させているが、同調で物をうかすにはやはりそれなりの集中が私にとっては必要だ。
それを目線だけでこなせるのだから、本当に偉大な先生に技術を教えてもらえているのだと、改めて現状のありがたさに感じ入る。
微笑みを深めながらお店のほうへと戻ると、アード先生は入り口近くの棚を整理し、そこへ私がつくったポーションを並べた。
……何やら、この光景にもデジャブを感じる。
私の小さな師匠や偉大な先生は、お二人ともとても私の技術を評価して下さっているということは、分かっているのだけれども。
それはそれとして、初心者の製作品を客が一番手に取りやすい場所に置くのは、本当に大丈夫なのだろうか……?
若干心配になりながらアード先生の手元を眺めていると、その背中に流れる薄い灰緑の長髪がゆれ、深緑の瞳がこちらを見返した。
『後で、とあるシードリアが製作したポーションだという旨は、説明書きとして書いておく』
「はい。よろしくお願いいたします、アード先生」
静かな低い声で紡がれた、不安を見越した言葉に、丁寧に一礼をおこなう。
顔を上げると、常の小さなうなずきが見えて、ようやくひと心地ついた気分になった。
ふわりと自然にうかんだ微笑みをそのままに、そう言えばリリー師匠はパルの街でも売るように手配するとおっしゃっていたなぁ……と思い出していると。
静かな眼差しをこちらに向けたアード先生が、そっと口を開いた。
『試験的なものにはなるが、どちらのポーションも二本ずつ、パルの街でも売るように手配しておく。あの街へ行った際には、商人ギルドでロストシード自身が売れるように、手続きをするといい』
――あぁ、この流れも、デジャブだ……!!