九十九話 美味しいポーションをつくりたい!
※ふわっと甘味系飯テロ風味です!
精霊のみなさんの可愛らしさを愛でながら、神殿を通りすぎ、アード先生のお店へとたどり着く。
すっかり傾いた夕方の陽光が、橙色に眩く降り注ぎ照らす蔓の扉を開くと、植物の香りがあふれた。
自然と視線を向けた部屋の奥では、静かにアード先生がポーションをつくっている様子が見え、ゆったりと歩みよる。
チラリと深緑の瞳がこちらを見やり、それに優雅にエルフ式の一礼を返すと、小さなうなずきを見せてくれた。
『……今日も練習か?』
吹き抜ける夜風を思わす、静けさを宿したまま響いた低い声音の問いかけに、今回は首を横に振る。
「いえ。本日は練習ではなく――」
『おあじかえるの!』
『ぽーしょんの、けんきゅう!』
『じっけんするの!』
「……の、予定でして」
『ほう』
精霊さんたちが先にしてくれた説明をそっとしめくくると、アード先生は無表情ながら意外そうな声を零した。
……たしかに、つい先日ポーションを製作できるようになったばかりの私が、ポーションの研究をするというのは、さすがに気が早いかもしれない。
とは言え、知的好奇心と美味しさの追求は、きっと錬金術師としてもっていて損のないものの……はず!
意図して待ったをかけられない限り、思い切ってつき進もう!
静かに見つめてくる深緑の瞳を見返し、あえてにっこりと笑って告げる。
「目標は、美味しいポーションをつくること、です」
『……そうか』
何やら今一瞬、アード先生がとても遠くへ視線を飛ばしたような。
……アード先生がそのような反応をするほど、美味しいポーションへの道は険しいのだろうか?
そうかもしれないし、違うかもしれない。
ただ一つ、現段階で言えることは――挑戦をすることなく、諦める必要はないだろう、ということだ。
真摯に、この意気込みを眼差しに込めてアード先生を見つめ返す。
すると、おもむろに伸びたアード先生の手が、一つの蔓籠を取った。
カチャリと音を立てた蔓籠を、差し出されるままに受け取ると、中身は魔力回復ポーションなどの小さな瓶より、さらに一回り小さな瓶が多数。
ぱちりと緑の瞳をまたたき、再度アード先生に視線を向けると、小さなうなずきと共に口が開かれた。
『実験をする際に用いる小瓶だ。試すものが多い時は、それにつくると良い』
「なるほど、たしかにお試しでつくるのには、ちょうど良い大きさの小瓶ですね。ありがたく使わせていただきます」
『あぁ』
今回の実験に役立ってくれるだろう小瓶の提供に、嬉しさを口元にたたえながらアード先生へと礼を告げ、さっそく作業部屋へと移動する。
机の上にマナプラムとリヴアップルを幾つか並べ、手早く魔力水をつくり――いざ、実験開始だ!
「まずは、魔力回復ポーションのお味から、挑戦してみましょう」
小声で肩と頭に乗る小さな三色の精霊さんたちへ声をかけると、無言のままぽよぽよと跳ねる感触が返ってくる。
その様子に静けさを好むアード先生への配慮と、わくわくとした感情を察し、自然と口角が上がった。
みなさんと同じように高揚を抱きながら、カバンからアースビーの巣――もとい蜜の実を取り出す。
次いで、中身が見えるようにと魔法名を紡ぐ。
「〈テムノー〉」
次の瞬間、スパッと実の上部へ銀の横線が走り、蓋のように取り外せる部分が出来上がった。
我ながら〈テムノー〉の扱いが上手くなってきたのではないかと、満足さから微笑みが深まる。
それに、中身の確認は、やはり大切なことだ。
……決して、ハチミツを味見したいだけでは、ない!
蓋のように切り取られた部分をそっと持ち上げると、蜜の実の中には、たっぷりと淡い黄金色に煌くハチミツが入っていた。
ふわりと嗅覚を撫でた甘い香りに、そろりと指先を伸ばす。黄金色を少しだけすくい取り、口に運んで味見をしてみると、予想以上にやわらかな甘みが味覚として再現された。
「これはなかなか……」
『おいしい???』
「えぇ、強すぎない甘さでとても美味しいです」
微笑み、一度二度と思わずうなずく。
どうやらアースビーのハチミツは、今回の実験にふさわしい素材だったようだ。
この味ならば、ちょうど良い甘さをポーションに加えることができるかもしれない。
湧き出た好奇心のままに、普段よりも一回り小さな小瓶を取り出し、魔力水とマナプラムの実、そしてアースビーのハチミツを少し入れ、魔力回復ポーションをつくっていく。
ハチミツの量の調整、融解・拡散・精錬、味見。
少量ずつ魔力回復ポーションをつくり、これを繰り返す。
ついでに練習にもなるだろうと、高速錬金にて製作を進めていくと、疲れはするものの錬金術師の実験らしい雰囲気になってきたように感じて、ずいぶんと作業がはかどった。
マナプラムの味とハチミツの味の調整をした後は、リヴアップルの味とハチミツの味の調整。
そして最後に、ポーションの効能がなるべく下がらないよう……むしろ上げる心持ちで、融解をよりなめらかに細やかに、拡散をより繊細に、精錬をより鮮やかに仕上げ――なんとか、ほどよく甘みを加えた、美味しい魔力回復ポーションと生命力回復ポーションが完成した!
「出来ました!!」
思わず上げた歓喜の声に重なり、しゃらんと綺麗な効果音が鳴る。
驚きながら見やった眼前には、[《同調魔力操作》]の文字。
「これは……アード先生が以前おっしゃっていた!」
慌てて灰色の石盤を開き、スキル一覧から説明文を確認する。
「[魔力操作の一つで、他の物体と魔力を同調させ、自由に動かす魔力操作を可能とする。能動型スキル]! 間違いありません! これが一人前の錬金術師が習得しているという、同調のスキルですね!」
『しーどりあ、し~!』
「あっ」
心底から喜ばしい展開に、うっかり思い切り声を出してしまっていた。
小さな風の精霊さんの言葉に、そっと両手で口をふさぐが……時すでに遅し。
サッと開いた扉の向こうから、アード先生が不思議そうな表情で作業部屋へと入ってきた。
――やってしまった!!
急いで立ち上がり、左手を右胸へと当てる。
「大声を出してしまって申し訳ありません、アード先生……!」
『いや……それは、かまわない。実験の進捗を見に来ただけだ』
「そ、そうでしたか」
どうやら、お叱りをうける数秒前、というわけではなかったらしい。
内心で安堵しつつも、出来上がった特製ポーションを持ち上げ、アード先生にお見せする。
「なんとか、一応形にすることは出来ました」
『ほう?』
少しだけ見開かれた深緑の瞳が、じっと二つのポーションに注がれ、やがてうなずきがあった。
『たしかに、問題なく下級魔力回復ポーションと、下級生命力回復ポーションとして仕上がっている。質も、以前のものより高いな』
「それは良かったです。効能を下げないようにお味を調整するのは、なかなか難しかったもので」
小さく苦笑を零すと、さもありなんと言いたげな、アード先生にしては珍しい苦みを帯びた表情でうなずきが返る。
やはり、おそらくはアード先生もポーションの味について、何らかの研究をしたことはあるのだろう。その難しさを知っているからこその、この表情ではないかと感じる。
二人そろって一瞬微妙な表情を見せ合い、お互いに自然な動作で微笑みと無表情という普段の表情に戻す。
……世の中には、あえて語らずとも通じる物事が、一つや二つはあるものだ。
気を取り直し、そう言えばと思い出した先ほどの件を伝える。
「それと、さきほど《同調魔力操作》も習得いたしました」
『……何? 同調を、か?』
「はい。今回の実験時にも高速錬金を使用しておりましたので、すっかり慣れまして」
『――この、短期間で……』
やけに驚きをにじませた声音がぽつりとアード先生から零れた。
緑の瞳をまたたき、口元に片手をそえて何か問題があっただろうかと考えてみるが、特に思いつかない。
今回の実験では、ほとんどの過程を高速錬金でおこなった。机に並ぶ失敗作の数々を見やり、これだけの数のポーションを作成すれば、さすがに高速錬金に慣れもするだろうと、一人納得する。
実際、《高速魔力操作》を用いた高速錬金に慣れたからこそ、《同調魔力操作》を習得出来たのだろうから。
小さく首をかしげてアード先生へと視線を注ぐと、床へと向けられていた深緑の瞳が、再び私を映した。
「何か、問題がありましたか?」
『……いや。シードリアの偉大さを、理解出来ていなかった自らを恥じていただけだ。ロストシードは気にしなくていい』
思い切っての問いかけに、静かに首が横に振られる。
シードリアの偉大さや、アード先生が恥じる意味など、よく分からないことばかりの返事だったものの、アード先生が気にしなくていいと言うのであれば、気にしないでおこう。
微笑みながらうなずきを返すと、今度はうっすらとアード先生の口角も上がった。
改めて向き直ったアード先生は、常よりもあたたかな眼差しを私に注ぐ。
『おめでとう、ロストシード。これから先、確かな技術を持つ錬金術師の一人として見なすことを、ここに確約しよう』
低い声が静かに、けれど力強く、確約を告げる。
あふれた嬉しさに、ふっと笑みが深まるのを感じ、思いをそのまま笑顔と共に紡いだ。
「はい! ありがとうございます、アード先生!」
これでようやく――私も一人前の錬金術師の仲間入りだ!
ここまでで、プロローグを含めて百話となりました。
読者の皆さまには、日々楽しく読んでいただき、感謝の念にたえません!
引きつづき毎日投稿をしてまいりますので、どうぞお楽しみください♪