九話 蒼の魔導に魅せられて
握り合っていた手が自然と離れたタイミングで、リリー師匠に声をかける。
「リリー師匠、細工技術を習得するためには、まずは何をすればよろしいでしょうか?」
『まずはね、飾り物をつくるために使う魔導晶石の、形を変えられるようになること!』
「……魔導晶石、とは?」
何やらはじめて聴く名前が出てきた。
癖で片手が自然と口元に伸びてそえられ、思案する格好になる。
しかし、記憶の中にそのような単語があっただろうかと深く考え込む前に、リリー師匠がえっへんと得意げに腰に両手を当てた。
『よくぞきいてくれました! ロストシード、こっちに来て~!』
手招きと共に奥の部屋へと案内される。
そこは、珍しい石造りの広い机が鎮座した、作業部屋と思しき場所だった。
机のまわりには、様々な色の石や鎖、紐が薄緑の蔓で編まれた箱に収納されている。
リリー師匠はその並んだ箱の中でも、ひときわ大きな箱に近づき、中から何かを取り出した。
『これが魔導晶石! 魔力をとおすことで、形を変える性質の石なの!』
キラリと輝いたリリー師匠の蒼瞳の色に似た、蒼の遊色がゆらめく、艶消しの灰色めいた石。この綺麗な石が、魔導晶石とのこと。
リリー師匠にすすめられ、石の机で作業するために置かれている蔓の椅子に座ると、目の前にコトンと魔導晶石が置かれる。
真横を見ると、少し見下ろす高さにある蒼の瞳が煌いた。
『ちょっとためしてみましょ! 魔導晶石をさわりながら、魔力をとおしてみるの!』
――なるほど、どうやらこの幼くも立派な匠である師匠は、さっそく私に技術を伝授してくれるらしい。
できるかどうかはともかくとして、リリー師匠がそう言うのであれば、試してみなければ。
そろりと伸ばした両手で、魔導晶石を触ってみる。触感はつるつるとしており、ゆらめく蒼の遊色が美しい。
問題は、魔力をとおす、という部分だ。
……師匠、方法が分かりません!
ここは素直にたずねてみよう。
「リリー師匠、魔力をとおすというのは、どのようにすればよろしいのでしょう?」
『あっ! そっか! ロストシードはこの大地で目醒めたばかりのシードリアだから、魔力操作のやりかたも知らないのね!』
「えぇ、実はそのあたりはまだ全く分からなくて……」
自然と眉が下がるのを感じていると、つい先ほどまで装飾品の上で遊んでいたはずの精霊のみなさんがいつの間にかすぐ傍にきて、教えてくれる。
『えいってするの~!』
『おいしにはいって~っておもうの~!』
『そうぞうするの~!』
三色の下級精霊さんたちの言葉に、リリー師匠もうんうんとうなずく。
『魔力操作、というか魔力が関わるものはほとんど、感覚がたいせつになるの! これだけは、そういう感じ、をつかむしかないわ』
「感覚、ですか……。分かりました、試してみます」
『うんっ! がんばってねロストシード!』
「はい、リリー師匠」
リリー師匠の応援のもと、挑戦開始だ。
精霊のみなさんは、えいっとしてみたり、魔導晶石に魔力が入って欲しいと思ってみたり、想像をしてみたりすればいいと教えてくれた。加えて、リリー師匠は感覚が大事だとも。
これはもう、そういうこと、だろう。
そう――イメージすればいいのだ。
手を当てた魔導晶石の冷たさを感じながら、身体の中にあるのだろう魔力なるものを、石の中へと入れるイメージ。
繊細な装飾品を作るためには、きっとこの魔導晶石を糸のように細く変化させることもあるのではないだろうか? そう閃き、まずは細く少しずつ、それこそ糸を刺し込みとおすように、指先から魔力をとおせないかとイメージしてみる。
結果はすぐに現れた。
何故なら――しゃらんと鳴る効果音と共に、眼前にスキルが出現したから。
[《微細魔力操作》]
[《魔力放出》]
まさか、一気に二つも獲得できるとは。
身体の内へと消えていくスキルに気を取られていると、真横からパチパチパチと拍手の音。
『まぁ~!!! すごいわロストシード! とってもじょうずに魔力をとおせているわ!』
『まりょくはいった~!』
『すご~い!』
『じょうず~!』
リリー師匠と精霊のみなさんの嬉しそうな言葉に、改めて魔導晶石を見てみると、指先をそえている部分の石がやわらかに波打った。
感触は極めて軽やかで、まるで水を触っているかのよう。
指を上に動かすと、その指先にくっついているかのように伸びてついてくる。
不思議な現象に、好奇心が生まれた。
この状態で、さらにイメージを加えることで……細工が可能だったりするのではないだろうか?
物は試し、だ。
びよんと伸びたこの流動状の魔導晶石を、腕につけられる程度のリング状になるよう、イメージしてみる。
すると――。
『まぁ!!!』
というリリー師匠の歓声と共に、流動する部分が細く繊細なリングの形へと変化し、またもやしゃらんと効果音が鳴る。
眼前には、[《細工技術 初歩》]と[《細工技術 初級》]と書かれたスキル名が白光と共にうかんでいた。
再度打ち鳴らされた拍手に、リリー師匠へと視線を移す。
『やっぱりすごいわロストシード! あたしはまだ魔力操作についてお話ししただけなのに、初級の細工技術がもうできるなんて!』
『しーどりあすご~い!』
『まるくなったよ~?』
『じょうず~!』
蒼の瞳を輝かせるリリー師匠と、くるくると周囲を飛びまわりながらの精霊のみなさんの言葉に、ついつい頬がゆるんだ。
「ありがとうございます、リリー師匠、精霊のみなさん。どうやら、細工技術の初級のスキルを無事に習得できたようです」
『おめでとう!! せっかくのあなたの最初の細工だもの、この腕輪の原型をつかって一作目の装飾品にしあげましょう!』
言うが早いか、すっと伸びたリリー師匠の指先が、いまだリング状の端から固形の魔導晶石へと繋がっていた部分をするりと切り離した。
――素晴らしい、これが匠の技か。
切り離されたリング、もとい腕輪の原型は形をゆがめることなく机の上に落ち、カランと小気味好い音を立てる。どうやら魔力をとおして流動状にしても、切り離してしまえば元の固形に戻るらしい。
ふと手元を見ると、いつの間にか魔導晶石は全体的に元の固形に戻っていた。
その原因が時間経過なのか、とおした魔力の量なのか、それとも集中力が切れてしまったからなのかは、また後ほど確認しよう。
『はい、ロストシード! これはあなたが持っていてね!』
そう、リリー師匠から机の上に転がっていた腕輪の原型を手渡される。
自らの手に渡ったそれは、魔導晶石と変わらない色合いと感触だった。
『この先の細工作業も、やってみる?』
愛らしく小首をかしげてのリリー師匠の問いに、一瞬考えたあと、首を横に振る。
細工技術は学びたいが、それよりも前に好奇心を誘っていたとあるものに、挑戦できる土台が偶然にも整ったため、そちらを優先したい。
「すみません、リリー師匠。ここから先の作業は、またのちほど教えていただけませんか?」
『まっかせて! シードリアの行動をしばるつもりはないわ。いつでも好きな時にここにきて、あたしに話しかけてくれればいいの! そうすれば、すぐにでもロストシードが知りたいことを教えるわ!』
「ありがとうございます! どうぞよろしくお願いいたします」
優しく親切な師匠に、頭を下げる。
手に持ったままだった腕輪の原型をカバンの中に収納して、まだ同行してくれるらしい精霊のみなさんと揃ってリリー師匠の店を出た。
サービス開始から、すでに一時間は経過している。
あっという間の楽しい出来事に笑みが深まるが、ここからさらに心躍る体験が待っていると、確信していた。