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プロローグ そのゲームの名は

 



 それは、今日はじめて見る、新作ゲームの広告動画だった。


 とおく広がる青空と、風にゆれる樹々と草原、そして古き石造りの街並み。

 それらが、飛ぶ鳥の視点のように流れて、鮮やかに映し出される。


『シードリアたる愛し子よ、わたくしの世界へいらっしゃい。

 この大地の上で、あなただけの生きゆく軌跡(きせき)――物語を、はじめましょう』


 たおやかな女性の声による語りと共に、次は剣や魔法を使う人々と、様々な姿形の魔物やモンスターなどと呼ばれそうな存在が、戦うシーンが映った。


 一瞬、ありきたりな剣と魔法の幻想世界を舞台にした、ありふれた普通のゲームに思えて、わくわくとしていた気持ちが少ししぼむ。


 個人的には、とても好みな世界観ではある。

 しかし残念ながら、今となってはそのような世界観のゲームに、珍しさはない。


 が、しかし――その考えは、すぐに変わった。


「完全五感体験型……?」


 思わず、そう独り言が零れ落ちる。


 広告動画の中で語られる、この新しい没入ゲームの珍しいところは、まさにその点だった。


 たしか……今までのゲームでは、鮮明ではないものの、ひとまず嗅覚と味覚は再現できていたはず。

 視覚と聴覚に関しては、あの古き良き画面上で遊べていたという画面ゲームですら可能だったことなのだから、当然再現はされている。


 昨今の没入ゲームの進化はめざましい、と動画ニュースが語っていた記憶がちらつく。


 没入――いわゆる、睡眠後に見る夢の状態を、起きている間にゲーム世界として再現して遊ぶ、というこの技術は、改めて考えてみるとたしかに驚かされる。


 ひと昔、いやふた昔前は、画面上でしかゲームができなかったというのだから、巷で騒がれているご老人がたの認識が時代に追い付かないという問題も、当然のことかもしれない。


 とは言え、その技術もついに、触覚を再現した五感の再現に至った、ということだ。


 言うは易く行うは難し。

 感覚の再現には、本来かなりの困難が付きまとっていたはず。


 それが実現できたと言うのであれば、さすがに没入ゲームをたしなむ者の一人としては、興味をひかれざるをえない。


 ゲーム内容を説明する、たおやかな女性の声を、もう一度再生してみる。

 目の前では、爽やかな青空を背景に、見やすく整えられた文字がうかんでいく。


『本作は、ついに完全五感体験型を実現し、没入ゲームの最先端にたどり着きました。

 大地に降り立ったあなたは、まるで本物の幻想的な異世界に生まれたような鮮明さを、感じることでしょう――』


 完全五感体験に、異世界とは。

 なかなかに思い切った表現を使ったものだ。


 とは言え、説明文代わりの文字列の下には、しっかりと[※痛覚や、強すぎる感覚には安全のための対策がされています]と書かれている。


 当然、そのあたりの事情は、考慮する必要があるのだろう。

 ゲームだからこそ、安全第一に、ということだ。


 思わず、うんうんとうなずきながら、手早くゲーム名を検索する。


「シードリアテイル、シードリアテイル……」


 他の没入ゲームたちとの違いは、ただ一つ、触覚を感じるか感じないかだけ。

 それでも、やはり気になるものは気になる。

 それは、私の性分だ。


 五感の再現に成功したと言うのならば……やはり、遊んでみなければ!


 検索により、目の前に映し出されたのは、青空と豊かな森を背景にそえた、【シードリアテイル】の文字。


 その下には、神殿のような白い建物や、金色の長い髪と空色の瞳をもつ美女、ファンタジーゲームにはお馴染みのスライムなどが、小さなオブジェクトとなり、ふよふよとうかんでいる。


 それらをじっと見つめることで、このゲームに関しての情報を見ることができた。


 [想像と深淵とともに歩む、あなただけの生きゆく物語]


 そう書かれたキャッチフレーズには、素直に心ひかれるものがある。


 そもそものゲームの種類としては、完全五感体験型、多人数同時接続式、個別ロールプレイング没入ゲーム、らしい。


 はやい話が、かつてMMORPGと呼ばれていたたぐいのゲームの進化版だ。


 画面ゲームのMMORPGから、昨今の没入ゲームに置き換わり、プレイヤーごとのRPG展開と、五感が実装された、ということだろう。


 実にシンプルで分かりやすく、かつ先進的な、好みのゲームと言える。


 一番嬉しい情報は、このゲームの正式同時サービス開始日が、ちょうど一週間後ということ!


 正確には、サービス開始日の三日前から、自身のゲーム内での姿を事前にキャラクタークリエイトできるらしい。


 遅すぎず早すぎない完璧なタイミングで、このゲームと出逢えたことに、幸運を感じる。


 ――こうして、私は数年ぶりにマイブームを引き起こすこととなるゲームを、見つけることに成功したのだった。




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