・2・学習院中央ホール:皮肉
「本年も新入生を学習院に迎えることができ、院長として嬉しく思う。また、すべての学生が、無事に戻ってきてくれたことを天照大御神と、月読命に感謝したい。我が学習院は、帝国各地に散らばる異能力者階級、すなわち貴族の子弟の教育機関である。本学の任務は貴族子弟としての最低限の教育と教養、そして異能を制御する術を身に着けさせることを事にある。新入生の諸君には、この学習院という帝国最高峰の学習機関で学べる機会を最大限に活用してほしい。そのための設備がここにはある。完全個室制の寮、12万冊の蔵書を誇る図書館、全土から選抜された教師陣、国防省異能力者部隊、特務旅団の常駐。これは世界的に見ても最高峰の異能力者教育機関である。また・・・」 どこの世界でもお偉方の挨拶は長いものと決まっているが、この院長は特に長い。 「ムダに長いですね、少将。」
「毎年のことだ。慣れろ。」
驚きと落胆を半分づつ混ぜたような顔で中ノ宮が言った。
「どうなさいました?普段ならなにか一言余計な言葉が混じるのに」
なんとかしてこれを僕の目の届かないところに放り出せないか、と何度も繰り返した思考をまた繰り返す。そして何度もたどり着いた結論にまたたどり着く。無理だ。転属先の部隊長と揉めるのが目に見えている。僕が手綱を握って置くのが一番安全だ。
「どうしました?少将。体調でも悪いのですか?医官を呼びますか?」
これはもしかしたら本当に人の心の機微を読めないのではないか。もしわざと言っているのであれば今すぐ隊から放り出すところだ。
「殿下のことだ。少々不安定になられている。今殿下が不安定になるのは非常にまずい」
30年前、昭和帝のご崩御と、皇太子殿下のご崩御が重なり、皇位継承者が定まらず、政変に発展した。結局、今上帝に決まり、今は帝国は安定しているが、今上帝には東人様以外に御子がいない。今東人様が不安定になるのはなんとしてでも避けねばならない。
「政変、ですか。」
いつもの軽薄さが消えた顔で中ノ宮が言った。
「いつの時代も最高権力を自分の管理下に置きたい臣下はいるからな。」
「我々にとって皇太子の交代がそれほど大きなことですか?」
「貴族の影響下ならまだいい。問題は議員の管理下に置かれたときだ」
「なら、学習院にいる間に決着をつけねば、ということですね」
「そのとおり。このあと、殿下の居室へ向かうぞ」
「了解。友坂侍従頭に伝えます。」
どうしたもんかな。そろそろ裏工作も限界だからな。殿下にも事情をわかってもらわなくては困る。流石に三年生にもなって社交はしません、では困る。殿下に殿下に社交はできるだろうが、完璧な主を演じられるのかは未知数だ。
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しばらくして侍従長の声が響いた。
「陛下のご入場です」
騒動の原因殿が来られたか。しかしここまで会場が盛り上がると、木戸閣下が魔術師のように思えてくる。
「牧野侍従長も流石ですよね。もう60になる上に見た目も年相応なのに声だけは40歳のそれだ。大したもんですよ」
「ああ。あの方は、内務三職の一員であることを生きる理由にしておられる。」
「けど陛下の人気も大したもんですよ。兄弟で最も皇位から遠く、凡庸だったのに。今じゃこれです。」
考えていることが人とかぶることほど気味悪いこともない。
「木戸閣下の手腕だよ。今の学生は皆、昭和69年の政変後に生まれた貴族の子供だ。つまり、生まれたときから木戸閣下の宣伝に首までどっぷり」
そこで僕は言葉を切り、手を水平にして首のところで動かして見せる。
「全く見事だよ。あの方は正しく魔術師。いや、神様かな。」
実際、あの方と話すといつも嫌な汗を掻く。
「人を神様と呼ぶのは不敬では?バレたら絞首台へまっしぐら」
中ノ宮が自分の首を掴んでおどけてみせる。
「構わないよ。僕らを殺せる人間がいたら、それは喜ぶべきことだ」
しばらく二人で声を殺して笑う。思い出したように中ノ宮が言う。
「先程の件、陛下か、三職のどなたかに一声かければ済むことでは?」
やっぱりこれに人の心は理解できないようだね。
「殿下の反応を思い出せ。そんなことをすれば更に殿下は心を閉じてしまう」
思春期の少年少女の扱いにくさは万国共通。皇族ぐらいは例外であってほしいと思う。
「さすが100年以上教導官を努めただけのことはありますね。よくわかっていらっしゃる。」
これほど嬉しくない褒め言葉もない。僕はため息まじりに言った
「わかっていたらこんな状態にはならない。」
Twitterやってます。
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今後はそっちでもなんか投稿できるといいなぁと思ってます。