・1・学習院正門:邂逅
長い茶色の坂道を一台の馬車が登ってきた。
黒塗りの車体が、薄暗い雨の中で黒曜石のような輝きを放っていた。
その扉を侍従が開け、車内に二人の人間がいるのが見えた。
そのうち一人が箱を持って馬車を降り、馬車から門前の舗装部分まで絨毯を敷いた。
馬車から一人の青年、いや、少年が降りてきた。
不思議な雰囲気を持つ少年だった。見た目は明らかに十三、四歳のそれだったが、身に纏う儚げな自信が、彼を成人後のように見せていた。
「久しぶりだな。桐谷少将」
その口から発せられた声は意外にも高かった。軍服の男が答えた。
「お久しぶりにございます。殿下。また、月読命のお導きでお会いできたことを嬉しく思います。」
少年が気怠げに口を開き、言葉を発した。
「私も同じ気持ちだ、少将。前回あったのは学習院の修了式だったな。三ヶ月ぶりか。」
「いえ、11月の新嘗祭でお会いいたしましたので、2ヶ月ぶりにございます。殿下のまた一層御成長なされた姿を拝謁できたこと、臣は無上の喜びでございます。」
「長ったらしい社交辞令は良い。学ノ開ノ儀の準備は?」
手を振りながら少年が言った。
「皆様会場にお揃いです。あとは殿下がご入場されるだけです。」
「父上は?」
「陛下は昨日から檜原御所にお入りになられています。あと30分ほどでご出発のはずですので学習院には十一時頃お入りになられるかと。」
それを聞いた少年は軽く失望の表情を浮かべたが、すぐに打ち消し、言った。
「そうか、儀のあとの予定は?」
手元の紙を見ながら、男が言った。
「学ノ開ノ儀のあとは、例年通り親睦会が。その場で何人かの貴族子弟と顔合わせを。」
そして軍服の男が眉根を寄せてこう言った。
「どうかなさいましたか?殿下。お顔の色が優れないようですが。」
少年が重そうに口を開いた。
「いや、今年も父上は学習院で私に会うつもりはない。ということだな」
「まったくないわけではございませんよ。六月と九月には公式の訪問がございますし、その時にお話なさればよろしいではありませんか。」
少年は諦めたような表情で言った
「無理だろう。唯一学ノ開の前にお話した初年度も、その時以外は、お声をかけていただいてもいないのだ。今年もおそらく同じだよ」
「木戸侍従長に陛下のご予定の都合をつけられないか頼んでみましょうか?」
少年の顔から表情が消えた。少しだけあった温もりがかき消えた。
「桐谷。お前は私に仕えて何年になる?」
これまでになく硬い声に驚きながら軍服の男が言った。
「十二年になります」
少年が唇を軽く震わせながら言葉を発した。
「私はお前を有能な部下だと思っている。信頼もしている。だが、いま、その評価が正しかったのか疑問に思っている。」
ひどく気分を害した顔で軍服の男が言った。
「それはどういった意味でしょうか。自分に至らぬところが多々あるのは十分に承知しているつもりですが、自分のできる限りで誠心誠意お仕えしてきた自負は・・」
それを遮るように少年が声を荒らげた。
「精神性お仕えしてきた?ああそうだろうとも!だが今の貴様のその一言でその全てが吹き飛んだといっているんだ!」
戸惑いと焦りを半分ずつ含んだ表情で軍服の男が言った。
「殿下、お気持ちをお鎮めください。殿下のご心情には慮って余りあるものがございます。しかし、お時間が迫っております。お気持ちは後ほどでゆっくりお聞きします。今は会場に向かいましょう」
少年はしばらく軍服の男を睨んでいたが、踵を返し隣に控えていた初老の男に声をかけた
「行くぞ、友坂」
そのまま少年は軍服の男を見ずに立ち去った。
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今後はそっちでもなんか投稿できるといいなぁと思ってます。