61.廃墟島での闘い②
「コロちゃん!」
深色はたまらず声を上げる。四つ脚の化け物のようなアーマーに身を包み、黒いヘルメットで姿を隠すその海賊は、間違いなくアッコロ本人だった。
先ほどクロムに向かってレーザーを放ったばかりであるせいか、ヘルメットのバイザーからは、エネルギーの残滓が陽炎のようにゆらゆらと立ち上っている。その姿はさながら、地に降り立った悪魔のようだ。
「コロちゃん! 何でこんなことするの? 私は別にあなたたち海賊を捕まえに来た訳じゃない。あなたたちを助けに来たの。だから攻撃するのは止めてよ!」
深色はそうアッコロに言い聞かせるが、アッコロは聞く耳を持つどころか、敵意を剝き出しにして言い返す。
「気安くそんな名前で呼ぶなっ! 私たちは『アイギスの盾』。アテルリア王国の守護神であり、英雄であるアクアランサーを倒し、今の国王を打倒させるのが、私たちの使命。その使命を果たすためなら、私は何だってやる。だから――私はお前を、全力で打ち倒す!」
そこまで言った時、アッコロの背中で蠢いていた二本の機械の脚先から何かが射出され、深色の両手首をさらった。その衝撃で、深色は持っていた槍を取り落としてしまう。
「いったぁ………何よこれ?」
深色の両手首には、いつの間にか金属製の枷のようなものがはめられていた。その枷からはワイヤーが伸びており、アッコロの脚先に繋がっている。
「今回は、前みたいに簡単にやられたりなんかしない。改造を施したこのアーマーは、アクアランサーとでも互角にやり合える力を持つのよ」
アッコロがそう言い終わるが早いか、深色を繋いでいる機械の脚先から青い火花が飛び散り、稲妻を纏った高圧電流がワイヤーを伝って、深色の全身に一気に流れ込む。
「ぐっ、あぁぁあああああぁぁっ!」
全身を駆け巡る電流に痺れてしまい、深色はがくりと地面に膝を突く。強烈な電撃が深色の体を蝕み、ショックのせいで考えることすらできない。目の前で青い閃光がバチバチと弾けた。
「そのまま感電して焼け死ね! アクアランサー!」
アッコロが言い放った、その直後――
「させるかぁ~~~~~っ!!」
間に割り込むようにして飛び込んできたクロムが、鋭い牙の並ぶ口を開けて、電流の流れるワイヤーを噛み千切ってしまった。
そして、千切ったワイヤーを両腕でつかむと、持てる怪力で、アッコロをまるでハンマーのように振り回し、遠くへ放り投げてしまう。
「深色、大丈夫?」
駆け寄ってきたクロムに、深色はガクガク震える脚を抑えながら立ち上がると、大丈夫であることを伝えるようにニッと笑って見せる。
「へへ、平気平気……ちょっと痺れただけだから」
深色はふら付きながらも両手首に付いていた手枷を外し、落ちていた槍を拾うと、再び体勢を立て直す。
「コロちゃんがまた来るよ。クロちゃん、準備は?」
「そんなの、当の前からできてるよ!」
ガルルル、と牙をむき出しにして、狂犬のように吠えるクロム。深色はクロムと肩を並べると、正面を見据えて黄金の槍を構えた。
アッコロが戻ってきた。まるで地を這う蜘蛛のように機械の四つ脚を動かしながら、猛スピードで突進してくる。
深色とクロムも突撃し、正面からアッコロを迎え撃った。クロムが自慢の顎で機械の脚の一本に噛み付く。――が、脚はビクともせず、逢えなく振り落とされてしまう。そこへ隙を突いた深色がアッコロを押し倒し、ヘルメットを剝がそうと彼女の顔面目掛けて槍の矛先を突き込んだ。
――しかし、スレスレのところでアッコロの両腕が深色の槍を止めてしまい、両者は膠着状態に陥る。
「お願いだから話を聞いてよコロちゃん! 私たちは敵じゃないんだってば!」
「う、うるさいっ!!」
両者譲らずに互いを睨み合っていたが、アッコロの被っていたヘルメットのバイザーが赤く発光し、次の瞬間、ブワッ! とバイザーから閃光が溢れ、高エネルギーのレーザーとなって深色を直撃。深色は空高く突き上げられて、射線上に建つ煙突を全て薙ぎ倒し、廃墟の高層ビルの一角に叩き付けられた。そのままビルは耐久を失って真横に倒れ、舞い上がる白煙と共に崩れ落ちてしまう。
「よくも深色をやったなっ!」
すかさずクロムがアッコロの背中に飛び付き、大きな口を開けて、アッコロの被っていたヘルメットを丸かじり。しかし表面に全く歯が立たず、クロムは振り落とされて地面を転がった。
「仲間もまとめて葬り去ってやるっ!」
アッコロは、背中に装着していた小型の四角い箱のようなものを起動させ、その先をクロムへ向けると、中に納まっていた計八発の小型ミサイルを撃ち放った。放たれたミサイルは宙でアクロバット軌道を描きながら、クロムに向かって直進してゆく。
しかし命中する寸前、舞い上がる白煙の中から黄金の三叉槍が回転しながら飛び出してきて、クロムを中心に円を描くように飛び、飛んで来たミサイルを全て弾き返した。行き場を失ったミサイルは制御を失って、あちこちの廃墟に着弾しては爆発を起こし、周囲の建物という建物が一斉に崩壊して、轟音と共に崩れ落ちた。
瓦礫の山と化した周囲には、アッコロ一人しか居らず、周囲には濃い白煙が立ち込み、数メートル先も見えない。
「……………?」
アッコロはヘルメットの暗視機能を使って白煙の中から二人の姿を見つけ出そうとする。
――そこへ、どこからか独りでに飛んで来た三叉槍が、アッコロを背後から打ちのめし、彼女は地面にうつ伏せに倒れる。
立ち込める白煙の中から、薄っすらと浮かび上がる二人の影。宙を鷹のように舞う黄金の槍は、影の一人に向かって飛んで行く。
そして、影がその槍をキャッチした瞬間、周囲を覆っていた白煙や粉塵が、霧が晴れるように一気に払われる。倒れたアッコロの目に、傷付いてもなお、こちらへ向かい来る深色とクロム二人の姿がはっきり映った。二人ともボロボロで、特に深色の方はさっきのレーザー直撃を受け、身に着けていたアクアランサー伝統の民族衣装(白スク水)の所々が焼けて破れてしまっていた。
「くっ……最高出力のレーザーの直撃を受けても倒れないか……ならばっ!」
アッコロは機械の後ろ脚二本を地面に付けて体を起こすと、残る前脚二本の先から鋭利な巨大ナイフを突出させる。その刃先は赤く加熱しており、一度振りかざしただけで、彼女の周囲に建っていた幾つもの道路灯の柱が音もなく切断され、倒れてしまった。
(このヒートナイフで、奴らの心臓を貫いてやるっ!)
アッコロは真っ赤に焼けた巨大ナイフの刃先を二人に向けて、鞭打たれた馬のごとく駆け出した。