60.廃墟島での闘い①
「まったくもう! 敵の子を助けるために自ら敵地に乗り込んでいくなんて、本当にどうかしてるよ! 気でも狂っちゃったの深色?」
アッコロたち海賊の乗った潜水艦「モビィ・ディック」を追いかける深色の背後から、ようやく追いついたクロムが声を上げた。彼は相当ご機嫌斜めなようで、アッコロを助けに行くことにどうしても賛同できないようだ。
「初めてあの子の目を見た時に分かったの。コロちゃんは絶対に悪い子じゃない。きっと何か理由があって私たちを狙っているんだって。私は、その理由を知りたいの」
深色は真剣な表情でそう答え、持っていた槍の力を増幅させて更に加速する。もはや空飛ぶ飛行機並みの速度で海の中を進んでゆく深色に、クロムは後を追いかけるだけで精一杯だった。
○
そうして、海中を飛ぶように泳いでいるうち、二人の行く手を遮るように、目の前に巨大な影が現れる。
その影の正体は、海中に積み重なったコンクリートブロックの山だった。周囲は視界が悪く、海水も濁っていて、酷く冷たい。おそらくここは、アテルリア王国やクラムタウンのある暖かな海から遠く離れた場所に位置する、最果ての島なのだろう。
深色は浮上して、海面に顔を出す。消波ブロックの積み重なる山の上には防波堤が築かれており、周りを囲う堤防の奥には、寂れた工場地帯が広がっていた。
深色とクロムは、防波堤に積まれていた消波ブロックをよじ登り、工場地帯に入った。辺りは怖いほどにしんと静まり返っていて、人の気配は全くない。
「……ここ、どこだろう?」
「知らないよ。ボク、こんなところまで来たことないんだもん」
どうやら、ここは工場の廃墟のみが残された無人島であるらしい。吹き抜けてゆく潮風は冷たく、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。工場地帯には、荷を積み下ろすクレーンや、巨大なタンクの並ぶサイロ、船一隻入りそうな巨大倉庫、紅白塗装の施された煙突などがあちこちに建ち並んでいたが、どれも長年放置されて錆び付き、塗装は剥がれ墜ち、窓ガラスは全て割れて地面に散乱してしまっていた。
朽ちた建物がどこまでも並ぶその光景は、まるで人類が滅亡してしまった後の世界を見ているようで、得体のしれない恐怖が、深色の胸をざわつかせた。
「ここの何処かに、コロちゃんが居るっていうの……」
「ね……ねぇ深色、ここ、ボクがこれまで見た中で一番気味が悪い場所だと思う……こんなところに人なんか居るはずないって。だから早く戻ろうよ……」
クロムが弱音を吐いて深色に縋り付く。
しかし、ここまで来たからにはもう引き下がれない。深色は手に持っていた黄金の槍をぎゅっと強く握りしめ、ゴーストタウンのさらに奥へと足を進めようとした。
――と、その時。
「うわぁっ!!」
突然背後から赤い閃光が迸り、一筋の光線が噴水のように放たれ、クロムの背中を直撃する。
押し出されるように吹き飛ばされたクロムは、近くに建つ廃倉庫の壁に激突。その衝撃で、倉庫全体が音を立てて崩壊し、クロムの姿は崩れ落ちる瓦礫の下に見えなくなってしまう。
「―――っ!!」
一撃でクロムを吹き飛ばしたあの赤い光線に、深色は既視感を覚える。……そう、以前海底神殿で「アイギスの盾」と遭遇した際、一度は深色を死の淵にまで追いやった、あの真っ赤なレーザーだった。
深色は即座に背後を振り返る。
――そこには、全身真っ黒な金属アーマーに身を包み、巨大なヘルメットのバイザーを赤く光らせた、一人の海賊の姿があった。その海賊の着るアーマーの背中からは、まるで生きた大蛇のように蠢く機械の脚が四本、鎌首をもたげてこちらに狙いを付けていた。
「……久しぶりね、アクアランサー」
巨大なヘルメットの奥から、声が聞こえた。その声を、深色は忘れるはずがない。
「……今日こそ、私はあなたとの戦いに決着を付ける――覚悟は、いいかしら?」