58.パトロール艦乗っ取り大作戦
深色からライフルを突き付けられたランド艦長は、苦い顔をしてその場で両手を上げた。
「形勢逆転ね。――さて、それじゃ話してもらおうかな。どうして私たちの乗った飛行機を、あなたたちの兵器であるミサイル『トビウオ』で撃墜したのか――その理由をね」
深色は突き付けるように言い放つ。カナたんの持っていたビデオカメラに映っていた映像――地上から飛んできた青い流れ星の正体は、アテルリア王国のパトロール艦「ムーンテラピン」に搭載された最新鋭の対空ミサイル「トビウオ」だったのである。
「……な、なぜ我々の放ったミサイルだと分かったのだ?」
「そんなの簡単な話だよ。カナたんから見せてもらったビデオカメラの映像――私たちの飛行機を撃ち抜いたあの青く光る流れ星が、燃える油田で立ち往生していた時に見た青い流れ星と、全く同じものに見えたから。――そう、私とクロムの上に倒れてきた鉄塔を吹き飛ばした、あのミサイルのこと。私たちの危機を救ってくれたのは嬉しかったけれど、親切が裏目に出ちゃったね~」
ランド艦長は悔しげに歯噛みする。あの時、燃え盛る油田で、アクアランサーを救うために放った一発のミサイルが、今回明るみに出た旅客機墜落事件の決定的な証拠となってしまったのである。
「どうして、私たちの乗った飛行機を墜落させたの?」
深色の問いに対して、ランド艦長は硬く口を閉ざしたまま、話そうとしない。
「あくまでも白を切るつもり? ふふ、強情張りだね」
「ふん、貴様もいつまでその余裕を続けていられるか……今さっき、ブリッジに連絡を入れた。間もなく、ここには武装した兵たちが大勢乗り込んでくるだろう。この船に貴様らの味方は誰も居ない。この船からは逃げられんぞ」
すると、艦長の言葉を合図とするように、営倉内に海水が流れ込んでくる。恐らく、誰かが営倉のエアロックを解いてしまったのだろう。
みるみるうちに海水で満たされてゆく密室の中、それでも深色はニッと口角を上げ、艦長に向かって言い放つ。
「脱出してみせるよ。――だって、私はアンタたちの国を守ってる神様なんだから」
深色はそう言い残し、ランド艦長の胸目掛けて、麻痺のライフルを撃ち込んだ。艦長は吹っ飛んで壁に激突し、泡を吹いて倒れ込む。
「ふん、暫く眠って反省することね」
「まさか艦長が悪者だったなんて……コイツどうする? かじっちゃおうか?」
クロムの問いに、深色は頭を横に振る。
「ダメ。かじってもきっと美味しくないわよ。それよりも、ここに倒れている兵士たちみんな、営倉に放り込んでおきましょ。それで少しは時間稼ぎできるでしょ」
「らじゃー!」
クロムはビシッと敬礼を返し、それから持ち前の怪力で兵士たちをつかむと、まとめて檻の中に放り込んでしまった。
「みいろ〜ん! 部屋に水が入ってきたよ〜!」
浸水する部屋の中に、カナたんの声が上がる。そうだ、深色やクロムは水中呼吸ができるが、友達の三人は普通の人間なのである。このままでは、三人とも溺れてしまう。
「三人とも、大きく息を吸って! 少し苦しいけど我慢してね!」
三人は深色の言う通り、大きく息を吸って止める。部屋の中は瞬く間に浸水し、とうとう満水になってしまう。三人の息も何時までもつか分からない今、速攻で対策する必要があった。
(……黄金の槍よ、どうか私の手元に戻ってきて……)
深色は閉ざされた営倉の扉に向かって手を伸ばし、強く念じる。以前、海底神殿で海賊たちと戦った時もそうだったように、あの槍はたとえ主人の手を離れていても、主人の思いに反応して戻ってきてくれた。今回も同じように、深色は手のひらに力を集中させて、ぎゅっと目をつむる。
「………見つけた!」
そして、伸ばした手の先が、無いはずの槍の存在を遠くに感知して、深色はそれを手元へ引き寄せるように念を掛けた。
すると、次の瞬間――
営倉の厚い扉を突き破り、高速回転しながら飛んできた黄金三叉槍が、深色の手の中に納まっていた。
深色は、手に持った槍からエネルギーが自分の身体の内へ流れ込んでゆく感覚を確かめ、槍を両手でつかんだ。
その途端、彼女の目の前に丸い気泡が生成され、その気泡は見る見るうちに巨大化して、部屋を満たしていた海水を一気に押しのけ、再び部屋を空気で満たしてしまった。
「凄い……水が独りでに引いていくわ……」
浸水状態を脱して解放されたカナたん・マユっち・ミヤぴーの三人は、まるで生きた波のように引いてゆく水の流れを見て驚きの声を上げる。
「これも、そのアクアランサーの力ってやつなの?」
「そう! でも、私がこんな不思議な力を使えるようになったのも、全てはこの槍があってできることなんだけどね。――さ、ぐずぐずしてないで、こんな狭苦しい場所から早く脱出しましょ。私の力がどんなものか、もっと見せてあげるっ!」
深色は自信満々にそう言って、持っていた槍を宙高く振り上げた。すると、部屋を満たしていた空気がさらに膨張して、穴の開いた通路にまで海水が押し出された。艦長の連絡を受けて加勢に向かっていた兵士たちも、一気に引いてゆく海水の渦に飲まれてしまい、まるで荒波に揉まれるようにもみくちゃにされて押し戻されてしまう。それまで海水で満たされていた区画にも空気が充満して、水中でないと呼吸できない海底人たちは、瞬く間に居場所を失って退却を余儀なくされた。
そうして、とうとうパトロール艦「ムーンテラピン」のブリッジのみを残して、他の区画は全て空気で満たされてしまう。残った海底人の乗組員たちは全員ブリッジに押し寄せて、狭い部屋の中は既に逃げてきた乗組員たちで満杯状態である。
そんな中、ブリッジの扉がこじ開けられ、水中にアクアランサーこと深色が姿を現す。乗組員たちは自国の守護神を前に、顔を青くして恐れおののいた。
「この槍に突かれたくなかったら、今すぐ船を浮上させて。海面まで浮上させたら、直ちにこの船を捨てて退去すること! 言う通りにしてくれるなら危害は加えないわ。文句のある奴は居る?」
深色の問い掛けに、乗組員全員が首を横に振る。アクアランサーの持つ強大な力を見せつけられ、どんな抵抗も歯が立たないと分かってしまった今、深色の言葉に逆らおうとする者など現れるはずもなかった。
「よろしい! ならみんな、とっととこの船から出て行きなさいっ!」
深色が大声で一喝すると、乗組員たちは慌てて船を浮上させ、皆尻尾を巻いて逃げ出し、船の中は瞬く間にもぬけの殻となってしまった。