15.暗闇から呼び掛ける声
――深色は再び、暗闇の中に居た。
静寂しかないこの場所で、彼女は一筋の光も届かぬ奈落の底へ引きずり込まれるように、何処までも、何処までも落ちてゆく。
(……あ〜ぁ、一体私はどれだけ落ちれば気が済むんだろう?)
深色は投げやりに心の中でそう呟く。
(でも、この分だと今度こそは絶対に助からないだろうな。……まぁ、これで先に逝っちゃったクラスメイトたちの元にも行けるし、こうしてずっと落ちていくのも、案外気持ち良くて好きかも……)
深色は抵抗を止めて身体から力を抜き、両腕を大の字に開いて、引かれゆく力に身を任せ、安らかな想いの中でその目を閉じようとした。
『…………シイカ』
「へっ?」
その時、意識が遠退きかけている深色の頭の奥で、不意に誰かのささやく声が聞こえた。
『チカラガ……欲シイカ………』
その囁きは声色を殺していて、語り掛けているのが果たして男性なのか女性なのかも定かではない。けれど、その声はまるで深色の脳内に直接語り掛けてきているようで、相手は彼女からの回答を静かに待っているようだった。
「……あの、あなたは誰? 力って、何のこと?」
『……大切ナ人ヲ、護ルタメノ、チカラガ、欲シイカ?』
その囁きは、今度ははっきりとした響きを持って、深色にそう問いかけてくる。
「私にとっての、大切な人……」
何処からか、誰かの泣いている声が聞こえた。薄れてゆく視界の奥が、ぼんやりと明るくなった。目を凝らしてみると、ゆらゆらと水面のように揺蕩うベールのような薄い膜の奥で、クロムが涙を流しながら必死にこちらへ何かを叫んでいる様子が見えた。彼はシャチであり、人間とは全く異なる容姿をしているものの、泣きながら必死に何かを伝えようとしてくる彼の様子は、まるで母親に泣き付く幼い少年のように、深色の目には映っていた。
(……あ〜もう、あんな子どもみたいに泣きじゃくったりなんかしちゃってさぁ。まったく、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうでしょ)
深色は呆れたように溜め息をついて、泣いているクロムの鼻先をチョイと小突いてやろうと思い、手を伸ばした。
けれどその指先は、あともう少しというところで、ぎりぎり彼の鼻面まで届かない。泣き止ませてあげたいのに、彼を安心させてあげたいのに、自分の放つ言葉は、彼方側まで届いてくれない。
――そう分かった瞬間、深色は決心する。
(………でも、やっぱり駄目だ。私が側に付いて居てやらなきゃ、あの子も、そしてちょっとヘタレな海の王様も、みんななんにもできやしないんだから)
そう思い直して、彼女は前を見据えた。その大きく澄んだ瞳に迷いは無く、美しい海の青を映し、朝日を受けて煌めく海原のような希望の光を宿していた。
『――七ツノ海ノチカラヲ、オマエニ、授ケヨウ』
それまで沈み続けていた深色の背中が、大きな力によって押し止められた。何か巨大な手のようなものに支えられているような感覚。そのまま彼女の体は上昇気流に乗った凧のように、上へ上へ、四肢を捥がれる程の勢いをもって突き進む。そして、現世を投影していた水面が、すぐ目の前まで迫ってきて――