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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第三章 Passion-受難の目醒め-
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第42話 魔法少女の記憶

「わぁ!」


 亜美子はカッターナイフで手首を切ろうとした時に戻された。傷だらけだった右腕は、変身の影響で完全回復している。とりあえず、カッターナイフの刃を引っ込め机にしまう。

 亜美子はベッドに座ると、自分が先程したことが頭に浮かんでくる。自分がしたことを覚えていたのだ。

 黒いクリスマスツリーの怪物を食べてしまった自分。いや、全て吐き戻してしまったので、食べたと正確に言えるはわからない。口の中に嫌な食感と味が蘇る。

 あの怪物も、元は人間だったんだよね……私、なんであんなことしたんだろ。うッ……

 吐き気を催してしまった亜美子は、吐き戻してしまった。あまり、食事をしていないので出て来るのは殆どが水だ。

 吐き終えるとそのまま立ち上がり、物置部屋へと向かう。夢奈を失ってからは、物置部屋へ行くことさえもできない精神状態であった。だが比較的今は落ち着いているので行ってみた。

 物置部屋に入った亜美子は、ここで修行する時みたいに座禅の体勢で座る。

 ゆっくりと息を吸う。冬なのにここの空気は何故か暖かい気がした。久しぶりに来たためか、なんだか懐かしささえする。亜美子は何故、自分があんな風になってしまったのかを考えてみることにした。

 小さい頃の夢奈ちゃんに会っている夢。多分あれが前の世界の記憶……夢奈ちゃんを失ったショックもあるけど、おそらくあれが蘇ったから私はあんなに病んでしまった。

 あの夢は何回も見ている。だから、少しずつ蘇っていたんだ……それが、夢奈ちゃんを失ったストレスで一気に蘇って……ストレス……

 黒い蜘蛛の怪物と戦っていた時、隆が言っていた言葉が蘇る。

 亜美子ちゃんやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ! とどめは僕が刺すッ!


「隆くん、ごめんね……ずっと私のこと、考えてくれていたんだね……」


 亜美子は全てを理解したのだ。

 隆はいつも自分がとどめを刺すと言っていた。緊急時を除き、亜美子がとどめを刺すことを絶対に許さなかった。

 それは亜美子の知人が万が一怪物にされた時、悲しませないようにするためだった。大事なことを言わなかったのも、亜美子にストレスをかけないためだ。隆は、最初から全てを自分一人で背負おうつもりだったのだ。

 亜美子の目から涙が溢れてくる。久しぶりの涙だ。砂浜以来、隆は少し明るくなっていた。だが、そんな隆を傷つけてしまったことに気がついたのだ。今度は砂浜での言葉が浮かぶ。

 あいつは自分が辛いのに、僕の心配ばかりしていたな。……僕のためにたぬきのスタンプを作ってくれたこともあった。怪物を倒した日のカレンダーに押して欲しいって……うれしかったな。


「隆くんだって同じだよ……」


 隆も自分が辛いのに、亜美子の心配ばかりしていた。そんな、優しさを踏み躙った自分がますます許せなかった。

 だが、亜美子はある事に気がついた。


「あの、たぬきのスタンプって……今も使っているよね……? もしかしたら……!」


 亜美子は急いで準備を始める。消滅したはずの恋人が作ったスタンプが残っている。つまり、夢奈がこの世界に存在した痕跡が残っているかもしれないということだ。

 あるとしたら、あの場所だ!

 希望を胸に秘め、亜美子は家を飛び出した。




 秘密の場所は変わらずに亜美子を迎え入れてくれた。肌寒が優しい風が吹く。

 亜美子は痩せたせいで体力が落ち、ハァハァと息を切らしている。だが休まずにしゃがみ、落ち葉をかき分けて必死に探し始める。

 夢奈ちゃん、絶対に見つけるよ。夢奈ちゃんが生きた証を。

 亜美子の頭の中に、夢奈との思い出が溢れて来る。自分だけが持っている記憶。魔法少女の記憶が止めどなく溢れる。



 

 夢奈との出会いは小学校5年生の時だ。

 亜美子はずっと夢奈に憧れていた。何でもできてしまい、クールでかっこいい。そんな、夢奈を誰よりも尊敬していたのだ。

 だが、亜美子はそれ以上に夢奈という名前にも惹かれていた。優しい響きがする名前。友達になって、その名前を呼んでみたかったのだ。

 殆ど人と話せない亜美子であったが、この日は意を決して夢奈に話しかけようとした。

 夢奈は教室で、一人で本を読んでいる。その姿を見て、邪魔をしてはいけないと思い何度もやめようと思った。だが、亜美子はここで引き下がりたくなかったのだ。


「あ、あの……」


 声が出た。それはとても小さな声であった。だが、当時の亜美子にとっては、大変なことであった。


「ん? 私に何かようかしら?」


 本を閉じ、亜美子を見る夢奈。何だか恥ずかしくなってしまい、もじもじしてしまう。だが、一度声を出してしまえば、二度目は思ったよりもスムーズに出た。


「私……加藤亜美子って言うの……あの、良かったら、私と友達になってくれませんか?」


 夢奈は不思議そうな顔で亜美子を見つめたあと、声を出して笑った。突然のことに、びっくりした亜美子であったが、おかしなことを言ってしまったと思いすぐに謝る。


「ごめんね。和泉さん。私、変なこと言っちゃったよね……」


 亜美子は申し訳なさで泣き出しそうになってしまう。そんな時、夢奈の手が肩に触れる。夢奈は自然な笑顔で亜美子を見ている。


「うん。すごく変なこと言っているね。私は夢奈で良いわ。これからよろしく、亜美子」


「ありがとう! 夢奈ちゃん! よろしくね! でも私、変な子じゃないからねぇ」


 この時、亜美子は以前の明るい自分を取り戻したのだ。

 5歳になるかならないかくらいの時、亜美子は何か大切なものを失ったことに気がついたような感覚がして、それ以来、人と殆ど話せなくなっていた。

 言葉を話せなくなってしまったので、その何かを無くしたような感覚さえも、誰にも伝えられていない。

 夢奈と話すようになり、その失くしてしまったものが埋まったのだ。亜美子は満たされたので、何かを失った喪失感を、いつのまにかすっかり忘れてしいた。だが、夢奈を失った今なら、人と話せなかった時期の気持ちを鮮明に思い出せてしまう。




 夢奈と親友になってからの亜美子は、積極的に他のクラスメイトにも話しかけることにした。最初は亜美子が急に喋るようになり、クラスメイトは戸惑っていた。だが、本来の亜美子の明るい人柄もあり、どんどん打ち解けていく。

 先生もそれに気がつき、授業中に発言させる機会も増える。

 亜美子は勉強が苦手でいつも的外れな答えを言っていた。最初のうちはみんな気を使って、亜美子が間違えても、別の人が優しく答えを教えた。

 夢奈だけは亜美子が間違えた発言をするたびにふふふと静かに笑っていた。普段は全く笑わない夢奈が、亜美子のことになるとよく笑うのだ。

 ある日、亜美子が授業中に間違えた時、男子生徒が笑いながらツッコミを入れたのだ。その時の、亜美子の反応が面白く、教室中が笑いに包まれた。この日から弄られキャラが定着した。

 亜美子は夢奈のおかげで学校が、生きることがとても楽しくなったのだ。




 そんな夢奈の生きた証を探す亜美子。もう日が落ちはじめている。何時間探したか数えてすらいないが、全身すでに泥だらけだ。亜美子は探しながらふと思った。

 私が、完全な廃人にならなかったのは、昔、殆ど喋れなかったからかもしれない。そんな精神状態、普通じゃなかったよね。だから、あの声を聞いて戻って来れたんだ。あの時、異常だったから助かったんだ。

 これが正しいかどうかはわからない。でも、亜美子はこう思うことにより、辛い喋れなかった時期を、自分の中で意味のあるもに変えたのだ。

 気がつくと、あたりはかなり暗くなってきていた。亜美子は携帯電話のライトをつける。


「あ!」


 何かが光を反射したのだ。亜美子は急いでそこへ駆け寄る。


「やっぱり……夢奈ちゃんはいたんだね」


 そこは一度探した場所だった。その時は見つけられなかった。だが、今は確かにここにある。青いハート型の石があるのだ。

 亜美子はそれを拾い上げる。自分のネックレスを外すと、青いハート型の石をチェーンに通す。そして、また首につける。

 ピンクのハート型の石と青いハート型の石が仲良く並ぶ。まるであの日の二人のように。亜美子の目から大粒の涙が溢れて来る。


「夢奈ちゃん、助けてあげられなくてごめんね。でも、もう離さないからね。ずっと一緒だよ」


 亜美子はしばらくその場で泣き続けていると、空から冷たい小さなものが降ってきた。

 雪だ……夢奈ちゃんからのクリスマスプレゼントかな。

 気がつくと亜美子は笑顔になっていた

 ……お父さんとお母さんにもたくさん心配かけた。早く家に帰って謝ろう。

 亜美子はそのまま秘密の場所を後にした。そして、森から出る頃には雪は止んでいた。




 道が暗かったため、帰りはかなりの時間がかかってしまった。亜美子は家の前まで着く。

 あれ……?

 様子がおかしい。部屋の電気が全て消えているのに、物置部屋の電気だけはついているのだ。

 消し忘れた……? いや、この時間に他の部屋の電気がついていないのはおかしい!

 亜美子は嫌な予感がしながら、玄関を開ける。

 玄関は真っ暗だ。亜美子は電気をつける。


「え……お父さん……お母さん……」


 廊下にはお父さんとお母さんが血まみれで倒れていた。亜美子は靴を履いたまま駆け寄る。そして、二人の身体に触れる。


「そんな……」


 二人は既に息絶えていた。空が赤い時とは違い、その命はもう何をしても戻ってこない。


 2009年12月24日

 加藤直樹 死亡(享年49歳)

 加藤純子 死亡(享年45歳)


 亜美子は警察に連絡しようとは思わなかった。犯人が誰なのか想像するまでもないからだ。

 そのままゆっくりと、物置部屋へと向かう。恐怖は全て怒りに塗りつぶされている。それは炎のような怒りではない。グツグツと煮えるマグマが冷えて固まったような怒りだ。ここまで来てしまうと、もはや冷静でいられる。

 物置部屋の前まで来た亜美子はそのドアを開ける。


「こんばんは。随分遅かったね」


 喪服を着た異常者が、血のついたナイフを持って物置部屋にいた。亜美子は害虫を見るような眼差しを向ける。

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