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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第一章 Metamorphose-変身まで-
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第2話 日常にさようなら

第1話のあらすじ


 14歳の女の子の亜美子は、同じクラスの親友である夢奈との約束に遅刻してしまう。


 全力で待ち合わせ場所まで向かっていると、謎の黒いプテラノドンが現れて……

 黒いプテラノドンが、亜美子のいる付近で逃げる人々目掛けて、音もなく飛んでくる。

 どうしよう。怖くて身体が動かないよ……力が入らない……

 亜美子とは対照的に、逃げる人たちはより一層足を早める。しかし、そんな行動も虚しく、すぐに黒いプテラノドンは到着してしまう。

 突風のようなその衝撃が辺りを襲う。着陸した場所の近くにいた人々は、2メートルほど吹き飛ばされてしまった。


「痛ッ!」


 亜美子も吹き飛ばされて怪我をした。左手の甲を擦りむく程度の怪我だ。大した怪我ではなかったので、すぐに起き上がったが、亜美子は自分は運が良かったと直後に知ることになる。


「え……」


 目の前では悲惨なことが起きていた。あまりの出来事に、すぐには事態を飲み込めなかった。


「痛いぃぃぃぃッ! やめてくれぇぇぇ!」


 黒いプテラノドンが30代くらいの男をくわえているのだ。くちばしを動かすと男はまた苦痛で叫ぶ。血が流れてくる。

 亜美子は腰を抜かしてしまい、目をギュッとつぶった。嫌な咀嚼音と悲鳴が聞こえてくる。耳も塞いだ。そして、震える声を絞り出して念仏のように唱える。


「いなくなれ。いなくなれ。いなくなれ。いなくなれ。いなくなれ。いなくなれ。いなくなれ……」


 人が殺される。テレビのニュースでしか聞いたことがなかったことが目の前で、それもこの世のものとは思えない生物の手によって起きている。亜美子が目をつぶった先は異常事態。日常は崩壊していた。

 ドン。

 何かが落ちる鈍い音がした。それと同時に亜美子の顔に何か液体がかかる。思わず目を開ける。


「きゃぁぁぁぁ!」


 目の前には人間ではなく、ただの肉塊になった男が倒れていたのだ。亜美子は自分の顔にかかった液体が、男性の血だと理解した。

 この生き物と呼べるかもわからない様な異形は、捕食のために男を襲ったわけではない。ただ、殺すために襲ったのだ。

 亜美子は吐き戻してしまった。涙が止まらない。


「ハァハァハァハァ……」

 

 呼吸も過呼吸のようになっていく。


「クルシイナァァァ」


 黒いプテラノドンはくちばしを大きく開け空を飛んだ。亜美子の願いが通じていなくなったのだろうか。いや、現実はそう甘くはなかった。黒いプテラノドンのくちばしに赤い光が集まってくる。

 これは映画とかで怪獣がよく出す光線だ。ダメだ。私、ここで……死ぬ。

 亜美子は全てを諦めた。呼吸も妙に落ち着き、周りを見渡す。感覚も妙に研ぎ澄まされ、周りの状況がよく見える。どうやら逃げ遅れたのは自分だけの様だ。

 光がさらに強くなったので、もう一度黒いプテラノドンの方を見る。その光は今にも亜美子を目掛けて発射しそうだ。


「人生、楽しかったな。ありがとう」


 亜美子は目を閉じて微笑む。黒いプテラノドンが雄叫びと共に光線を発射する。赤い光線が亜美子に迫る。

 さようなら、みんな。さようなら。さようなら。さようなら……あれ?

 亜美子のもとに光は届いていない。亜美子が目を開くと、半透明な光の壁が赤い光を遮っていた。

 黒いプテラノドンは光線を出し尽くし、力を使い果たしてしまった。


「クル……シィナァ」


 回復のために亜美子から10メートルほど離れた家の上に着地すると、その家は砕け散った。


「わぁ!」


 風と共に粉塵が亜美子のところまできて、思わず目を閉じる。


「何もできないなら、せめて助けを求めれば良いのさ。運が良ければこうやって、誰かが助けに来る」


 後ろから変な声が聞こえる。まるで男性が裏声で無理やり出しているかの様な声だ。

 誰? 誰かいるの?

 粉塵がおさまり、後ろを振り返る。


「なんなのこれッ!」


 そこには見たことのない変な生き物が二足で立っていた。身長は100センチくらい。尻尾がない茶色いたぬきのマスコットの様な姿。短い手足にはちゃんと指があり、動物のものというより人間に近い。

 この変なたぬき……あんまり怖い感じしないな。

 亜美子はその異様な生物に安心感さえ覚えた。


「オイラは人類の敵ではない。オイラはオイラのできることをやる。君は君のできることをやるんだ」


「私のできること?」


 亜美子は自分でも驚くほど自然に受け答えをしている。気がつくと身体を動けなくするほどの恐怖心が亜美子から消えていた。そして、思い出したかの様に大きな声で叫ぶ。


「夢奈ちゃん!」


 たぬきは亜美子の声の大きさに驚いたのか定かではないが、一瞬ビクッとした。


「ありがとう! 私、行くね!」


 亜美子は立ち上がり走り出す。

 さっき自分の人生が楽しかったと思えたのは、きっと夢奈ちゃんがいてくれたからだ。もし、夢奈ちゃんがいなかったら私、こんなに笑えなかった。夢奈ちゃんが心配だ。すぐに行かなきゃ。

 もちろん家族も心配であった。たが、家族の元に戻るためには黒いプテラノドンの方向に走らなければならない。亜美子はそれを危険と判断して夢奈の元へと向かったのだ。


「……あの子……もしかしたら……あ……」


 たぬきが何か言いかけた時、巨大な何かが動く音が聞こえた。たぬきがその方向を見ると、黒いプテラノドンがゆっくりと動き始めていた。


「さぁそろそろお目覚めかい。すぐにまた動けなくしてやるけどな」


「クルシイナァァァァァァァァァ」


 雄叫びを上げた黒いプテラノドンは大きく羽ばたき空へと飛んだ。瞬時に上空500メートルまで上昇し止まる。そして、そこから一気にたぬきを目掛けて急降下してくる。


「オイラをそのくちばしで突き刺すきだな。だがそうはさせないぞ」


 地上まで約100メートルの地点でそれは起こった。たぬきが消えたのだ。黒いプテラノドンがそれに気づいた時にはもう遅かった。


「おりゃッ!」


 たぬきは黒いプテラノドンの頭部にかかと落としをしたのだ。


「クルシィィィナァァァァァァァァァ」


 黒いプテラノドンは真っ逆さまに地面に叩きつけられる。右の羽は折れ、そこから黒い液体が溢れている。

 さらに追い討ちをかけるようにたぬきは胴体目掛けてミサイルのように着地した。黒いプテラノドンはくちばしからも黒い液体と悲鳴を流す。


「クルシイナァ! クルシイナァ!」


「オイラもここまで高くジャンプしたのは初めてだ。さぁ終わりにしようか」


 黒いプテラノドンの腹部に立ったたぬきが言うと、その身体を目視できない速度で殴り始めた。ズドドドドというパンチとは思えないような音が鳴り響く。短い腕から繰り出されるパンチは衝撃波でも出しているのだろうか、明らかに腕のリーチを超えている。


「必殺! 超ウルトラスーパー無敵最強千発パァァァァンチ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 小刻みに悲鳴をあげる黒いプテラノドンの身体は次第に無数の穴だらけになっていく。開けた穴から黒い液体が溢れる。


「クルシイナァァァァァァァァ」


 やがてそれが透明な液体に変わり、ゆっくりと消滅した。それと同時に空の様子が変わっていく。


「今日のは思ったより弱かったな」




 亜美子は待ち合わせの公園の噴水に到着した。みんな避難してしまったのか、人は誰もいない。

 良かった。夢奈ちゃん、避難できたみたい。

 亜美子は胸を撫で下ろした。そして、自分がきた方向を振り返る。

 黒いプテラノドンの姿はない。代わりに何かを激しく打ち付ける音だけが聞こえてくる。亜美子はきっとたぬきが戦ってくれていると信じることにした。すると今度は別の音が聞こえてきた。誰かがこちらに向かって走ってくる音。

 このシルエット、足の速さ、絶対にそうだ!

 亜美子カバンの中からハンカチを取り出して先程ついた血を拭いてから叫ぶ。


「夢奈ちゃん!」


「亜美子!」


 少し声が低いボブカットの少女が亜美子の方へ走って来る。

 安堵の表情を浮かべているその顔は、少女というよりも大学生のようだ。そして誰もが振り返るほどの美人である。150センチにも満たない亜美子より、約20センチも背が高く、まるでモデルの様な体型だ。もはや同級生と言うよりは年の離れた姉の様だ。


「夢奈ちゃん! どうして戻ったの? 避難したんじゃないの?」


「すぐに避難したけど、ここにくれば亜美子に会えると思って……」


「ごめんね。夢奈ちゃん。心配かけちゃって」


 自分が頼りないせいで夢奈に余計な心配をかけて、危ない行動をとらせてしまった。亜美子はそんな自分が悔しかった。今にも泣き出してしまいそうだが、これ以上夢奈に心配をかけたくないと思いぐっと堪える。

 そんな亜美子に夢奈は優しく言う。


「亜美子に会いたかったのは、私が心細かったからだよ。もちろん亜美子のことも心配だったけどね」


 夢奈の両手を見ると小刻みに震えている。夢奈は亜美子とは違い、勉強も運動も何もかもが全国レベルだ。亜美子から見て、夢奈はいつも自信にあふれている。だが、そんな夢奈でもこの事態には怯えるしかなかったのだ。

 亜美子は夢奈の手をギュッと握る。さっき擦り剥いた時に捻ったのか、若干左手首が痛い。夢奈はすぐに怪我に気付く。


「この怪我……」


「大丈夫だよ。痛くないから」


「亜美子はドジだから怪我は慣れているもんね」


「もう。ひどいなぁ」


 気がつくと二人は笑っていた。

 住宅のいくつかは黒いプテラノドンに破壊され、この町は日常を失った。しかし、この公園にだけは日常がある。

 二人が笑ったのと同じタイミングだった。空が徐々に青く戻り始めたのだ。まるで血が流れ落ちるように、炎が消えたように、正常な青が戻ってくる。

 亜美子はたぬきが勝ったのだと確信した。そして、夢奈は青くなる空を見て嬉しそうに言う。


「空が戻って来たね。亜美子、ありがとう」


 さっきまで、確かに夢奈と話していたはずの亜美子は、ベッドの上でゆっくり目を覚ました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の絶望的な世界感が良いですね!これからが楽しみな作品です!
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