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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第三章 Passion-受難の目醒め-
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第38話 絶望

 しばらくの沈黙の後、亜美子は声を振り絞る。


「嘘つかないでよ。そんなことあるわけないじゃん。人の存在が……消えちゃうなんてありえないよ」


「……残念だけど、これは事実なんだ」


「証拠もないのに言うなッ! 嘘吐きッ!」


 亜美子の怒号が隆に向けられる。すると、隆は亜美子によくわからない質問をしてきた。


「シホンメモリ。この名前、聞いたことある?」


「はぁ?」


 隆はカウンターにある紙に、鉛筆でその名前を漢字で書いて、亜美子に見せる。


「市本芽萌理……? こんな名前、見たことも聞いたこともない! 知らないよッ! 話逸らさないでッ!」


「……全部話すよ」


 隆は4月に起きた出来事を話し始めた。




 2009年4月20日。

 この日は、殺虫剤の怪物が襲撃する前日だ。隆が、いつものように店番をしていると、スーツケースを持った一人の中年男性が入って来た。

 いかにもガラが悪そうな見た目だが、その顔は憔悴しきっている。


「あの、すみません。お願いがあるので聞いていただけないでしょうか」


 見た目に反して弱々しい声で隆に話かける。


「どうしましたか?」


 男は事情を説明し始めた。


「実は、娘が三日前から行方不明になっておりまして、情報提供を呼びかけるためのビラを配っております。もしよろしければ、お店の外の壁に貼っていただけないでしょうか?」


「そうだったのですね。大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 男はスーツケースを開ける。中にはビラがぎっしり詰まっていた。その量に隆も驚きを隠せなかった。男はそのうちの一枚を隆に手渡す。


「たくさんあって驚きましたよね。色々な人の協力を得て、このビラを市内の学校全てに配布することができるようになりました。私も今から学校へ向かいます」


「そうですか。娘さん、見つかると良いですね」


「ありがとうございます」


 隆は男が去ってから、店の外の壁にビラを貼った。確かに絶対に離れないように、テープで頑丈に固定したのだ。





 2009年4月21日。

 この日は殺虫剤の怪物が学校を襲撃した日だ。早朝、隆は調べ物をしようと検索エンジンにアクセスする。すると、市本芽萌理のことがトップニュースになっていた。

 本当に、早く見つかると良いな。

 隆は祈るようにその記事を読んだ。




 その後、殺虫剤の怪物を倒した隆は、オープンの準備をしている時間にまで巻き戻された。動かない右腕を確認し、煙草でも吸おうと外へ出る。

 隆は外の壁を見ると、とんでもない異変に気がついてしまう。

 ない……昨日貼ったビラがない……まさかッ!

 隆は慌てて居住スペースへと行き、検索エンジンにアクセスする。

 この町の大きな道路で水道管が破裂したのがトップニュースになっており、市本芽萌理の記事が見当たらない。


「こんなことになるなんて……」


 隆は15分以上、市本芽萌理について調べたが、結局見つけることが出来なかった。


「やはり……そうか……」


 市本芽萌理は殺虫剤の怪物にされた。そう結論づけるしかなかった。

 自分の中で見えないふりをしていた、人間を消しているという事実が、その姿を表したのだ。




 2009年11月30日。

 亜美子は隆の話を呆然と聞いていた。最初から、全て真実であると薄々感じている。

 だが、それを認めてしまうわけにはいかない。絶対に認めたくなかった。亜美子は下を向く。


「もう、良いよ」


「まだ、話していない話が……」


 隆が言いかけると、亜美子は陳列されている陶器のコップを手に取った。


「もう良いのォォォッ!」


 亜美子はそれを隆に投げつけた。隆なら避けることも、左手で弾くことも出来ただろう。だが、微動だにしない。

 陶器のコップは、隆の額でバリィィンと鈍い音を立てながら割れ、床に散らばる。隆の額からは血が流れている。隆は虚な表情を変えない。

 それを見た亜美子は逃げるようにDream Houseから去った。そのまま帰宅すると、この世界からも逃げるように布団に入った。




 朝。

 亜美子はいつものように登校していた。本当は学校には行きたくない。でも、何故か行かなければいけないような気がして登校したのだ。

 重い足取りで静かな廊下を歩き、教室の前まで着く。亜美子はゆっくりとドアを開ける。


「おはよう。亜美子、今日は早いのね」


 少し声が低め声。ボブカット。170センチはある身長。モデルのようなスラっとした体型で大学生くらいに見える美人。そして、亜美子が何よりも好きな笑顔。


「夢奈ちゃん!」


 亜美子の目の前に夢奈が立っているのだ。亜美子の顔は涙でぐちゃぐちゃになる。


「隆くんが嘘ついたんだよ……夢奈ちゃんがこの世界から消えたって……昨日はどこにいたの? 会いたかったよ」


 夢奈ふふと笑う。


「照井さんの言っていることは本当よ。私は亜美子に殺されたの」


「……え?」


 夢奈の思いがけない言葉に亜美子の涙が止まる。夢奈は相変わらず笑顔だ。


「痛かったなぁ。苦しかったなぁ。ここにいる人は全員、亜美子達に殺されたのよ」


 気がつくと教室の机に座っている人達が亜美子を見ていた。誰一人として知っている顔はいない。


「そうだ、亜美子に私の親友紹介するわ」


「し、親友……?」


 席から亜美子と同じぐらいの年齢の女子生徒が立ち上がり、夢奈の横まで来た。メガネをかけていて、髪をふたつ結びにしている、全然知らない女子生徒だ。その女子生徒は空な目で、亜美子を見ている。


「この子のこと覚えてる?」


「し、知らないよ。こんな子しらないよ……」


 震える亜美子を見て、夢奈はふふふと笑う。


「同じクラスだったのよ? 忘れちゃったのね。かわいそう」


 夢奈は親友と呼ぶその女子生徒の後ろに回り抱きつく。

 トン。

 床に何かが落ちた。亜美子は目の前で起きた出来事に思わず息を呑む。

 夢奈の首が落ちたのだ。その顔は苦痛に歪みながら亜美子を睨んでいる。もはや亜美子は声すら出なかった。

 夢奈の生首が言う。


「……苦しいな。苦しいな」


 それに同調するように、教室にいる人達も同じ言葉を繰り返す。


「苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな苦しいな」




 亜美子は目を覚ました。時刻は23時50分。


「……私、夢奈ちゃんのこと殺したんだね」


 悪夢を見たあとにしては、妙に落ち着いていた。いや、もはや取り乱す力さえも残っていなかったのだ。

 そして、隆のことが頭に浮かぶ。亜美子を見ていた虚な顔。あの時、いったい何を考えていたのだろうか。


「隆くん、酷いよ……なんで、大事なこと黙っていたの……」


 亜美子の両目から涙が頬を伝う。溶けた心が一緒に流れてくるようだ。亜美子から感情が消えていく。


「苦しいな……苦しいな……」


 苦痛の表情すらない亜美子の口から、漏れるように言葉が出る。もはや、負の感情さえも残っていない。

 夢奈、隆、Dream House、学校。亜美子はこの日、大切なものをたくさん失った。




 2009年11月30日

 和泉夢奈 死亡(享年14歳)

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