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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第三章 Passion-受難の目醒め-
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第37話 とぼけた時間

 亜美子は玄関で靴を履こうとしていた。泣きすぎた目は真っ赤に腫れ、全身が気怠く、左手は痺れている。だが、そんな事に構っている時間はない。

 早く夢奈ちゃんに知らせなきゃ!

 すぐに携帯電話を開き、着信履歴を押す。


「……え?」


 亜美子は夢奈とかなりの頻度で電話をしていた。必ず、履歴が残っているはずだ。

 だが着信履歴を全て見ても、和泉夢奈の名前がないのだ。発信履歴も確認したが、結果は同じだった。

 亜美子は電話帳を確認する。あ行からわ行まで、隅々まで確認する。


「ない……夢奈ちゃんの名前がない……どうして?」


 もう時間がないので、亜美子は携帯電話が壊れたと結論づけた。携帯電話をカバンにしまう。その時、さらにおかしいことに気がついた。

 あれ? 誕生日プレゼントは?

 亜美子はカバンをひっくり返して、焦りながら探す。だが、いくら探しても見つからなかった。

 部屋に忘れた……? もう探しにいく時間がない。

 カバンの中身を戻して、傘も持たずに学校へと急ぐ。




 学校には前回よりも早く着いた。雨も降ったが、そんな事を気にしている余裕はない。亜美子は急足で階段を登り、教室のドアの前に着くと、無言で開ける。

 朝の2年2組はガヤガヤとうるさい。生徒達は、各々が話したい友達とお喋りを楽しんでいる。そう、一見いつもと変わらない教室に一安心する。


「おはよう亜美子!」


「加藤! おはよう!」


「お! 今日は早いな!」


 だが、その安心は束の間だった。教室に夢奈がいない。席さえないのだ。

 ど、どういうこと?

 亜美子は何が起きているのか全く理解できず、ただ困惑することしかできなかった。挨拶を全て無視して、本当は口も聞きたくなかったが、麗美に訪ねる。


「ねぇ。夢奈ちゃんの席、なんでないの?」


 麗美は怪訝な顔で答える。


「夢奈って誰? そんな子、もともとこのクラスにいないけど?」


 その言葉を聞き、亜美子の頭に一気に血が上る。


「酷いよ、麗美ちゃん! そんなわけないでしょ! 私のことからかわないでよ!」


 麗美はビクっとなる。だが、何か亜美子がふざけているのではと思い、他の生徒達が口を出してくる。


「夢奈って誰だ?」


「そんな奴、うちの学校にいたか?」


「加藤、もしかして大麻でも吸ったんじゃないの?」


「いやいや、大麻じゃそんなやばい幻覚見えないでしょ」


「亜美子、大丈夫? 変な夢でも見た?」


 ……こいつら、なんでよってたかって夢奈ちゃんを…?

 亜美子は下を向いてゆっくりと歩く。ただならぬ気配に、教室が一瞬で鎮まりかえる。そして、誰も座っていない椅子を見つけると、その脚を持ち窓ガラスに方に向く。

 亜美子の視界に入ることが怖くなり、窓ガラスの方にいた生徒達はすぐに退く。

 亜美子はカバンを床に起き、椅子を引きずりながら、窓ガラスに向かって歩く。

 教室に椅子を引きずる異様な音が響く。そして、窓ガラスまで1メートルほどのところに来た時だ。

 バリィィィィン。

 亜美子は椅子を窓ガラスにぶつけたのだ。粉々の破片が教室に散らばる。

 ドォォォォン。

 鈍い音を立てて、椅子が地面に落下した。雨が壊れた椅子に容赦なく降り注ぐ。


「……私、具合悪いから帰るね」


 クラスメイトは身動き一つ取れずにいる。亜美子はカバンを拾い、教室を後にした。

 廊下には、先ほどの音を聞いた他のクラスの生徒がたくさんいた。だが、みんな亜美子を見るとそっと避けて道を譲っていく。

 そんな中、たった一人だけ亜美子に近づく生徒がいた。


「おい。さっきの音、なんだよ? おまえ大丈夫かよ?」


 亜美子はその生徒にだけ、心の底からの笑顔を見せる。


「京介、ありがとうね」


 この言葉を最後に、亜美子は校舎を後にする。




 亜美子は傘立てから盗んだビニール傘で帰宅した。玄関を開けると、そこには鬼の形相のお母さんが待っていた。亜美子は目を合わせられず俯く。


「さっき学校から連絡あったよ。あんた何したの?」


「別に……」


 亜美子は暗く小さな声で答える。お母さんの語尾が強くなる。


「何なのその態度!? あんた反省しているの!?」


 亜美子はゆっくり顔を上げてお母さんを見る。お母さんは目を逸らした。その顔から、今まで見た事がないような怒りが滲み出ていたからだ。それでいて、かなり体調が悪そうだ。


「……私、寝るね」


 お母さんは何も言えずに、自室へ行く亜美子を見送った。




 亜美子は夢を見た。記憶の中の出来事をもう一度体験したかのような、リアルで奇妙な感覚の夢だ。自由に動くことはできないが、夢の中で夢だという自覚もある。

 夢の中の亜美子はスーパーのトイレのような場所にいた。そこの洗面台の鏡に自分の姿が写っている。4歳くらいの姿で、夢奈と似たような髪型をしているが、もっと子供らしいおかっぱだ。

 周りには母親もいないが、何故か全く不安そうにしていない。むしろ、楽しそうだ。

 ここ、どこだろう。私、この髪型したことないし。……まぁ夢だから良いか。

 亜美子は深く考えないことにした。4歳くらいの亜美子はそのまま小走りでトイレから出る。

 どうやら、ここはスーパーのようだ。そのまま、トコトコ走ると入り口に着いた。

 外は、大雨だ。灰色の空から降る雨は、まるで世界の終わりを彷彿とさせる。

 そこまで言ってしまうと、ちょっと言い過ぎな気もするが、今日降っている雨よりもさらに激しい雨だ。

 季節はいつぐらいかわからないが、周りの服装から考えるとおそらく6月頃だろう。それでも、この雨のせいで風はかなり冷たい。

 その雨を、4歳くらいの亜美子と同じ歳くらいの女の子が眺めている。その後ろ姿は、14歳の亜美子の髪型によく似ていて、4歳の亜美子よりも小柄だ。

 誰だろう。この子。

 亜美子はとても気になったが、運のいいことに4歳くらいの亜美子も気になったようだ。


「こんにちは」


 その女の子が振り向く。その女の子は、前髪も14歳の亜美子にそっくりだ。不安そうな顔で、4歳くらいの亜美子を見つめている。そして、その顔は14歳の亜美子が知っている人物によく似ていた。


「私、まいご! あなたは?」


 その女の子は、雨音に掻き消さらそうなほど小さな声で、14歳の亜美子が何よりも聞きたい名前を言った。


「……夢奈」


 やっぱり。やっぱり、夢奈ちゃんだ。小さい頃の夢奈ちゃんだ。夢だけど、すごく嬉しい。

 14歳の亜美子は嬉しさのあまり泣き出しそうになる。だが、4歳くらいの亜美子の耳に、その名前は入っていないようだ。お構いなしに喋りだす。


「元気出る言葉、教えてあげるね!」 


 元気の出る言葉? 何それ? 私も知りたいよ。

 辛い出来事が起きた亜美子にとって、それは興味深く魅力的な話だ。だが、4歳くらいの亜美子から発せられた言葉は、意外なものだった。


「キュルラン・キュルラン!」


 え……変身の……呪文?




 亜美子は目を覚ます。制服のまま、ベッドで眠っていたのだ。ゆっくりと上半身を起こす。そして、ボソリと言う。


「キュルラン……キュルラン……」


 寝たおかげで左手の痺れと怠さはなくなった。だが、全く元気が出ない。

 やっぱり、夢は夢か……

 亜美子は深いため息をつく。だが、あることを思い出していた。

 ……私、あの夢、何度か見たことある。確か、最初に見たのは初めて変身して倒れた時だ。あの時、夢奈ちゃん、学校休んでお見舞いに来てくれたよね。学校終わってからは、麗美ちゃんが来てくれたよね。

 麗美に言われた言葉が頭に蘇る。

 夢奈って誰? そんな子、もともとこのクラスにいないけど?

 亜美子は首を横に振る。麗美の言葉を振るい落とすように。

 そんなことない。夢奈ちゃんはうちのクラスにいるよ。今、どこに隠れているの? 会いたいよ。

 亜美子はベッドから起き上がり部屋を出て、玄関に一直線に向かう。そして、先程盗んできたビニール傘を手に取り、扉を開ける。

 もうすっかり暗くなっているが、雨は止んでいない。亜美子は外へと飛び出した。




 CLOSEDの札がかかった雑貨屋Dream House。隆は、カウンターにぼーっと立っていた。最近の隆は明るい顔をしていたが、元の暗い目に戻っている。

 チリンチリーン。楽器のようなドアベルの音が激しく店内に響く。その音色はなんだか悲しく叫んでいるようだ。


「隆くん! 夢奈ちゃんがどこにもいないの!」


 入ってくるなり、亜美子は鬼気迫る顔で言う。隆は圧倒されてしまったためか、今までにないくらい驚いた様子だ。


「ゆ、夢奈!? 夢奈だと!? どういうことだ!?」


「夢奈ちゃんがいないんだよ! 学校にもいないし、私の携帯にも連絡先がないの!」


 え……? 学校……? 亜美子ちゃん……何を…………まさかッ!

 隆は全てを察した。驚きの顔から、どんどん血の気が引き青ざめていく。亜美子は畳み掛けるように続ける。


「何その顔!? 隆くんまで夢奈ちゃんが初めからいないって言うの!? ここでこれと色違いの青い石のハートのネックレスを買った子だよ!?」


 亜美子は胸元からネックレスを出す。


「え、なんで……」


 この時、亜美子は初めて気がついた。ネックレスのチェーンが夢奈にプレゼントしようと思っていたものと同じなのだ。ピンクのハート形の石には、いまいち合わない。


「これは夢奈ちゃんの誕生日プレゼントに買ったのに……なんで私が……」


 状況が飲み込めない亜美子に、隆が暗い声で言う。


「僕の記憶では、これは亜美子ちゃんが自分のために買ったネックチェーンだよ。それに……青い石のハートのネックレスは……作っていない」


「そんなことあるわけないでしょ!」


 亜美子は隆を怒鳴りつける。隆はもはやどんな顔をしていいかわからず、無表情になってしまう。そして震えた声で言う。


「亜美子ちゃんに話さなければいけないことがあるんだ」


「何ッ!? 教えてよッ!」


 亜美子の鋭い声が隆を刺す。


「まず、あの怪物は……人間から生み出される」


「そんなこと知ってるよ! 夢奈ちゃんが目の前で怪物にされたんだからッ! なんで今までそんな大事なこと教えてくれなかったの!?」


「ごめん、僕は……」


 隆は何か言いかけようとしたが、亜美子が言葉を被せる。


「ごめんじゃないよッ! 夢奈ちゃんは今どこにいるの!? 知っているなら早く教えてぇッ!」


 隆は黙って頷く。相変わらず無表情だが、全身がガタガタ震えている。隆は精一杯声の声を出して亜美子に言う。


「怪物にされてしまった人間は……この世界から存在が消えてしまう。怪物にとどめを刺した人と、異常者の記憶にしか残らないんだよ」


 亜美子は言葉を失った。こんな話、到底受け入れられるものではない。

 暗い夜の雨はさらに激しさを増していく。

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