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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第三章 Passion-受難の目醒め-
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第34話 君の声が今も胸に響くよ

 たぬきくんは、森の入り口まで到着した。

 森の中からは激しい音が聞こえ、強いピンク色の光が時折見える。

 もう既に始まっているのか。早く、亜美子と合流しなければッ!

 すると、森の中からカサカサ音が聞こえてきた。たぬきくんは音がする方を睨む。そして、それは姿を現した。


「クルシイナァァァァァァ」


「舐めたマネしやがってッ!」


 たぬきくんそっくりの、黒いたぬきのあみぐるみの怪物が現れたのだ。その身長はたぬきくんと同じ100センチほどであったが、たぬきくんと違い右腕も大きな尻尾もちゃんと付いている。さらに、顔には大きな一つの眼が付いている。

 一つ眼の黒たぬきの口が開く。その声はたぬきくんと同じく、男性の裏声のようだ。


「向こうで特異点が頑張っているぞ。今回の怪物は親友だからな」


 たぬきくんは絶句した。血の気が引き、みるみるうちに顔が青くなっていく。


「おまえも意地悪だな。人間が媒介になっていると教えなかったのか?」


 たぬきくんは、首をブルっと振る。

 今はこいつと話している場合ではない。試してみるかッ!

異常者の問いかけに答えず、一つ眼の黒たぬきの前に左手を突き出す。

 すると、大きなシャボン玉のようなものが現れ、一つ眼の黒いたぬきにぶつかり、たちまちその身体はシールドに包まれてしまった。これで全く身動きが取れない。

 よし! いけるぞッ!

 一つ眼の黒いたぬきが動けない隙に、森の中へと走り出す。

 たぬきくんは戦いの中で強くなり、この技を発動しても身体を動かせるようになっていたのだ。


「なるほど。ある程度は力が戻ったというわけか。でも、そうはいかないよ」


 一つ眼の黒いたぬきが大きな尻尾を動かす。バリィィンと音を立てて、シールドは簡単に壊れてしまった。すぐにたぬきくんの近づき、尻尾で思い切り殴りつける。


「うわぁぁぁ!」


 たぬきくんは飛ばされ、地面に寝転がるもすぐに起き上がる。


「オイラのシールドを破壊した……だと……?」


 過去10年間、たぬきくんはシールドを破壊されたことがなかった。そのシールドがあっさり破られてしまったのだ。


「この怪物はおまえと似ていて攻撃力は非常に低いしスピードも遅いが、シールドに干渉できるのさ」


 異常者が嘲笑する。たぬきくんは攻撃体制に入る。


「それなら、殴り合うまでだ!」


 たぬきくんは勢いよく、一つ眼の黒いたぬきへと向かう。距離を詰めると、すかさず左手で殴る。


「オラァァッ!」


 だが、それを一つ目の黒いたぬきは右手で弾く。そして、大きな尻尾をたぬきくんに向けて振りかざす。たぬきくんはギリギリのところで後ろに下がり避ける。


「せいぜい頑張ってくれよ」


 黒いたぬきから一つ眼が消えた。たぬきくんは、そんなことはお構いなしに、黒いたぬきとの距離を縮める。

 こいつは確かに、オイラに似て攻撃力も高くスピードも速い。だが、触れた時わかった。防御はそれほど高くない。冷静に体力配分を考えて正確に攻撃を当てれば……勝てるッ!

 たぬきくんは冷静に攻める。




 「はぁぁぁッ!」


 亜美子は距離を取り、八本の手から繰り広げられる攻撃をかわしつつ、何度も黒い蜘蛛の怪物にピンク色の光を放つ。だがそこまで、効いている感じはない。

 黒い蜘蛛の怪物の動きは、その巨大な見た目に反してとても速い。迂闊に近づけない。そして、近づけない理由は他にもあった。

 あれが夢奈ちゃんだったと思うと……できることなら攻撃したくないよ……

 こんな状況ではあるが拳や物をぶつける気になれず、比較的攻撃している実感の少ない、オーラを飛ばすことしかできなかったのだ。

 

「クルシイナァァァァァァァァァァァァ」


 オーラによる攻撃をものともしない黒い蜘蛛の怪物は、容赦無く亜美子に襲いかかる。


「そんな声出さないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 亜美子は黒い蜘蛛の怪物の雄叫びを聞くたびに、心が張り裂けそうになっていた。自らの心の痛みを吐き出すよう、ピンク色の光を連打する。


「はぁぁぁぁぁぁッ!」


「クルシイナァァァァァァァァァァァァァ」


 悲鳴をあげた黒い蜘蛛の怪物の動きが止まる。亜美子も、先程の連打でかなりの力を消耗したため、ハァハァと肩で息をし、ピンクのオーラを身に纏いながら佇む。

 だがその時、黒い蜘蛛の怪物の青い目に異変が起きた。青かった八つの目が、全て人間の黒い目のようになったのだ。


「やぁ。随分とお疲れのようだね」


 異常者が黒い蜘蛛の怪物を通して話しかける。その声は、特に加工されたようなわけではなく、普段の異常者の声と全く同じだ。


「夢奈ちゃんを元に戻してよ……戻してよぉぉぉぉぉ!」


 亜美子が怒鳴りつけると、異常者は、んーと考えているかのような声を出す。


「特異点がそこまで言うかぁ……別に、戻せるなら構わないけど、黒い液体にした人間の戻し方すらわからないんだよね」


 黒い液体……

 その言葉に亜美子は動揺する。夢奈の身体が黒い液体になってしまった時が蘇る。親友の姿が一瞬にして、変わってしまった。まさに絶望の瞬間。

 痛いよ……痛いよ……痛いよ……

 夢奈の姿が消える前の、最後の言葉が亜美子の頭の中でこだまする。亜美子は恐怖で青ざめていくが、異常者はさらに追い討ちをかける。


「本当に特異点は偽善者だよね。知り合いだと認識したらろくに攻撃できないのか? 今までおまえが戦って、殴ってきたのも元は人間だぞ? もしかしたら、他にもおまえの知り合いが、怪物になっていたかもしれないな」


 亜美子の頭に今までの戦いがフラッシュバックする。怪物が弱く簡単に倒せる時は、どこかゲーム感覚で遊ぶように戦っていた自分の姿が浮かんだ。

 そうだよ! 私がやったの! すごいでしょ! こんなのもはやただの石ころだね! なんか可愛く見えてきちゃう!

 思い返すと、はしゃぎながらそんなことを言い、黒い岩の怪物を軽く蹴って遊んだのが始りだった。亜美子の頭の中は罪悪感で埋め尽くされる。

 私、楽しんで人間を攻撃していたんだ……これじゃあ異常者と何も変わらない。同じだ。私も、知らず知らずのうちに狂っていたんだ。

 亜美子の身体から、ピンクのオーラが消える。完全に戦意喪失してしまったようだ。異常者はそのタイミングを逃さなかった。


「大丈夫だよ。まだ殺さないから」


 異常者がそう言うと、黒い蜘蛛の怪物のお尻の方から線状の青い何かが放出された。

 それは、亜美子の身体にぐるぐると巻きつき、首から下が青い繭のようになってしまう。

 亜美子は我に帰り、もがいてみる。だが全く身動きが取れない。先ほど戦意が折れたためか、ピンクのオーラも出せない。


「うぅ……全然動かない……」


 黒い蜘蛛の怪物は、首から下が糸で真っ青な亜美子を掴むと、枝の少ない木の上の方にくくり付けた。

 さらに糸を出して木と亜美子を固定し、木全体にも糸を巻き付け、折れないように強化する。


「ここで苦しむと良いよ」


 黒い蜘蛛の怪物の目が元の青い目に戻る。八つの目が亜美子に向く。今の亜美子は蜘蛛に捕獲された昆虫そのものだ。


「たぬきくんが来てくれなかったら、私、もう死んじゃうね……あの時と一緒だね、夢奈ちゃん」


 亜美子は黒い蜘蛛の怪物の目を見る。八つの目に映る亜美子は何故か笑っていた。そして、涙が流れている。

 たぬきくんが別の怪物と戦っていることを何となく察したため、今すぐ助けにくることは初めから頭になかった。亜美子は死を覚悟したのだ。

 だが、黒い蜘蛛の怪物は、そのまま亜美子を捕食すると思いきや、亜美子がいる場所と真逆の方向に身体を向けたのだ。


「……え?」


 ドォォォォォォン。ダァァァァァァァン。

 激しい音が森中に響く。黒い蜘蛛の怪物は地面を殴り穴を開けたり、生えている巨大な木を引っこ抜き、棒の様に振り回したりしている。

 振り回した木が別の木にぶつかり、両方とも折れる。黒い蜘蛛の怪物は秘密の場所を破壊し始めたのだ。

 

「やめてよ夢奈ちゃん! 秘密の場所が壊れちゃうよ! やめてよぉぉぉぉぉ!」


 周り穴だらけになり、木の残骸が散らばっている。二人だけの秘密の場所はあっという間に変わり果ててしまったのだ。

 そんな中、亜美子は動く小さなものが目に入った。たぬきくんよりも圧倒的に小さく弱い生き物。それはアライグマだ。アライグマは破壊されてしまった住処に困惑しているようだ。

 黒い蜘蛛の怪物は、秘密の場所を破壊するのをやめて、青い目でアライグマを捉える。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 黒い蜘蛛の怪物の手が、容赦無くアライグマを潰したのだ。

 潰れたアライグマを口の方へ持っていき、口の中に入れる。クチャクチャと嫌な咀嚼音を立てる。そしてそれを、味のなくなったガムのように吐き出す。ぐちゃぐちゃになった地面に、ぐちゃぐちゃになった肉が落ちる。

 秘密の場所での思い出が走馬灯のように蘇る。




 この秘密の場所は亜美子と夢奈が小学生の時に見つけた。


「夢奈ちゃん! ここなんかすごい! 私達の秘密の場所にしようよ!」


「良いわね。私も気に入った」


 最初に森の行ったことないところに行こうと言い出したのは、亜美子だった。

 普段は親と一緒に来たことがある場所で遊んでいたが、冒険してみたくなったのだ。最初は反対していた夢奈だったが、亜美子に押し切られて森の中を探検してこの場所を発見した。

 以来、亜美子が六年生の時に遭難するまで二人はここでよく遊ぶようになったのだ。





 中学2年生になって久々に来た時、亜美子は自分の身に起きていることを、全て夢奈に打ち明けた。そして、夢奈は全てを受け入れてくれた。


「あ! たぬきがいる!」


 その日の帰り、亜美子がたぬきと間違えて撮ったアライグマの写真は、それ以来ずっと夢奈の携帯の待ち受け画面だった。壊れてしまい、もう二度と映らない携帯電話の。


「たぬきは幸福の印なの! きっと待ち受けにすると良いことがあるよ!」


 写真を送った時、ちょっと困惑していたが、それでもとても嬉しそうだった夢奈。

 そんな姿が浮かんで消える。




 黒い蜘蛛の怪物は再び動く。秘密の場所のほぼ全てを壊したので、今度はその周りまで破壊し始めたのだ。


「違うよ……夢奈ちゃんはこんなことしないよ。これはもう夢奈ちゃんじゃない。

 戦わなきゃ……戦って、夢奈ちゃんを取り戻さなきゃ……戦わなきゃッ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 亜美子の身体がピンク色に光り、そのまま力で糸を断ち切る。ピンクのオーラを纏った亜美子は、地面に着地する。

 黒い蜘蛛の怪物は亜美子の方を向く。八つの青い目、一つ一つがじっくりと亜美子を見る。亜美子はその目の全てを睨み返す。

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