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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第一章 Metamorphose-変身まで-
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第1話 紅に染まったこの空を

 とある県にあるベッドタウン。この地域は駅から若干遠いが、とても住みやすい。

 公共の施設は綺麗に整備されているし、21世紀になった頃にできた大きな商業施設もある。さらに、近くには遭難しそうなほど大きな森もある。

 90年代の終わりくらいまでは荒れている学校もあったが、それからもう10年以上が経ち、今ではどの学校も落ち着いている。

 住みたい町ランキングの上位にくるような地区ではないが、知る人ぞ知る穴場ではないだろうか。この地区では平和な日常だけが、人々の記憶に残っていた。


 2009年4月12日。

 朝、この町で暮らす一人の少女が目を覚ます。目覚まし時計の音ではない自然な目覚めは、疲れを昨日に置き去りにしていた。快適な朝だ。少女は大きな目で朝の光を見つめる。

 今、何時だろぉ。

 まだ少しだけ眠い頭で考えた。こんなに気持ちの良い目覚め。朝から気分は最高。

 でも何かがおかしい。目覚まし時計が鳴る前に目覚めていたら、もっと眠いはず。少女は目覚まし時計の時間を確認する。


 「え? 2時50分?」


 外で鳥がチュンと鳴いた。言うまでもなく外は明るい。どうやら目覚まし時計にトラブルがあったようだ。

 少女はまさかと思い充電中の折りたたみ式の携帯電話に手を伸ばした。最新モデルの携帯電話をそっと開く。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 小柄な少女の甲高い悲鳴が、二階から家全体に響く。この日は同じクラスの親友と遊びに行く約束をしていたのだ。しかし、既に待ち合わせ時間5分前。


「あぁ。どうしよう。もう間に合わない」


 少女はすぐに「ごめん今起きた。すぐに準備する」と絵文字も顔文字もないメールを送ると、洗面所に駆け込む。

 鏡に自分が映る。肩まであるストレートの黒い髪は寝癖でボサボサ。眉毛が隠れる程度まである前髪はうねっている。

 少女は可愛い顔ではあるが、中学二年生になってもいまだに小学生と間違えられている。対する親友は中学生に見えないくらい大人っぽい美人であった。そのため、少しでも自分も大人っぽく身なりを整えたかったが、もう時間がないので最低限の支度を済ませるとリビングへ向かう。


「おはよう」


「さっきすごい声が聞こえたけどどうしたの?」


 テレビを見ていたお母さんが心配そうに少女を見る。

 テレビからニュースが聞こえる。どうやら若い女性が殺害された未解決事件から今日で5年が経ったようだ。しかし、知らない誰かの悲惨な事件より、自分の身に起きた小さなトラブルの方が重大である。そのニュースは右から左へと流れていった。


「実は寝坊しちゃって」


「また寝坊? あんなうるさい目覚まし時計買ったのに?」


 呆れたようなお母さんの口調に、少女は口を尖らせる。


「だって目覚まし時計が壊れて……」


「あら……それなら仕方ないよね」


 お母さんは空笑いした。少女は時計に目を向ける。


「あ。もうこんな時間。いってきます」


「いってらっしゃい」


 少女は親友に連絡を入れようと玄関で携帯電話を開いた。すると一件のメールが入っていた。差出人は和泉夢奈。少女の親友だ。


 亜美子が遅れるのはいつものことだから大丈夫よ!


 この言葉を見て少女こと亜美子は、はぁとため息をつく。

 本当に遅刻ばかりだから否定することもできないよぉ。

 夢奈とは小学校五年生からの仲であり、亜美子の遅刻も慣れっ子だ。

 それにしても今日の遅刻は酷い。普段は10分以内の遅刻でおさまるが、今日は何分遅れてしまうのだろうか。「今から家出る! ごめんね!」とメールを送り、昨日のうちに玄関に置いておいたカバンを持って、朝ごはんも食べずに外へ出た。

 お母さんは、急いでいるのにちゃんと挨拶にくる娘を誇らしく思い微笑んで呟く。


「本当に元気になってよかった」


 亜美子は雲一つない青空の下を全力で走る。一秒でも早く夢奈に会うために。走る。走る。人通りがそれほど多くない住宅街を走る。しかし、亜美子の足は遅く体力もないので、ゴミ捨て場があるあたりですぐに息切れしてしまった。

 あぁ。朝からのダッシュはキツイなぁ。でも、行かなきゃ。行くぞぉ!

 夢奈に早く会いたいという気持ちが、亜美子を歩かせた。まだ4月だというのに亜美子の身体は汗だくだ。それでも亜美子の心は夢奈と遊ぶ事への楽しみで満たされている。

 今日は夢奈と雑貨屋さんへ行く。夢奈曰く、変な場所にあるお店だけど可愛いものがたくさん売っているらしい。昨日のうちに今まで貯めておいたお金を多めに財布へ入れておいた。今日はたくさん買い物ができる。

 ふふ。頑張ってコツコツ貯めておいてよかった。

 亜美子はもう既に幸せな気持ちだ。しかし、待ち合わせ場所まであと半分の距離に差し掛かった時、異変は突然起きた。


「え? なに? なに? なに? なにこれ?」


 何の前触れもなく、空が赤くなったのだ。

 それは夕焼けのような自然な赤ではなかった。血のような、全てを焼き尽くす炎のような赤。

 家から出て空を見る人もいれば、ベランダから見る人もいる。歩いている人は立ち止まって空を見る。

 亜美子も同じように空を見上げた。空が赤く燃えている。とても嫌な異常な空だ。

 え?

 亜美子は声を出さずに驚いた。今度は後ろの方から金切り声のような悲鳴のような大きな音が聞こえたのだ。

 生物に出せないような大きな音だ。亜美子はその音が「クルシイナー」と聞こえた気がした。

 音の方向を向いた人々が一斉に逃げ出していく。家にいた人は慌てて家から出る。

 さっきの変な音は何? 何かの鳴き声? 誰かの悲鳴? 何が起こっているの?

 亜美子は恐る恐る振り返る。人々が逃げた理由はすぐにわかった。でも、信じられない。自分にも見えているのに信じられなかった。さっきとは違った汗が垂れる。身体が小刻みに震えだした。

 こんな事起きるわけがないよ……こんなのいるわがないよ!

 亜美子は自分に言い聞かせたが、それは確かに存在していた。

 亜美子が息切れしたゴミ捨て場付近の上空を、5メートルくらいの黒いプテラノドンが飛んでいるのだ。その質感は生き物と言うよりプラスチックで作った人形の様であった。

 亜美子の身体は恐怖で硬直する。


「クルシイナァァァァァァァ」


 黒いプテラノドンから発せられた鳴き声が、赤い空の町を突き刺すように響く。

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