第17話 加速するこの思い
前回のあらすじ
サイレンの怪物を一体倒すも、変身が解けてしまった隆。
亜美子は地中に潜り倒れているサイレンの怪物に近づき、思い切り声を出し、残りの二体を撃破した。
隆はその衝撃で鼓膜が破れてしまった。
第17話 加速するこの思い
夢奈は驚いた。目の前で大の大人が土下座を始めたのだ。そんなところを見るのはもちろん初めてだ。
私は記憶にないし生きているし……とにかく、頭を上げてください!
そう言おうと思ったその時、隣にいる亜美子の呼吸が突然荒くなる。ハァハァと肩で息をする。隆は顔を上げて亜美子の方を見る。
「本当に助かったよ。ゆっくりやすんで」
隆がそう言うと亜美子がゆっくり頷く。夢奈は状況の全てを察した。
「出たのですね」
「うん。亜美子ちゃんのおかげで助かったよ。色々聞きたいだろうけど、僕も疲れたから、ちょっと煙草吸ってくるね」
隆はポケットからピンクの煙草の箱を取り出す。
「私もいいですか?」
「良いよ」
夢奈も煙草の準備をし、二人でベランダへ出る。隆が煙草を咥えると、夢奈がライダーで火をつけてくれた。
「ありがとう」
隆は煙を吸う。夢奈も火をつけ煙を吸う。そして、二人の吐き出した煙は交わることなく曇り空へと消える。
「驚いたな。僕と同じロージニアを吸っている人、初めて見たよ。この銘柄なかなか売ってないよね」
「ここの近くの煙草屋さんで買ってます。このお店もその帰りに散歩して見つけたんです」
「あぁ。なるほど」
隆は学区から離れたこの店を、夢奈が散歩中に見つけたことが不思議であった。たが、今ので納得した。
夢奈は落ち着いた声で言う。
「中学生の私が吸うのを黙認してくれてありがとうございます……照井さんなら許してくれる気がして、つい吸ってしまいました」
夢奈は頭を下げる。隆はその言葉に驚く。
「中学生なら煙草くらいみんな吸わないの?」
「吸わないですね」
「今はそうなんだね」
隆はため息と共に煙を吐き出す。
僕が中学の時と比べてかなり変わったなぁ。……でも、あの時からあれを倒せていない。亜美子ちゃんも危険な目に合わせて……
「あの。大丈夫ですか?」
「あ、うん」
隆は我に帰る。少しでも気が緩むとマイナスの思考が押し寄せてしまう。隆は自分自身に大人としての不甲斐なさを感じた。
「和泉さん、僕に敬語を使わなくて良いよ。むしろ使わないで欲しいな」
「そうですか……それなら使わないわ。私のことも夢奈で良いよ」
隆の悲しそうな瞳がさらに曇り、力なく笑う。
「いや……和泉さんと呼ばせてもらうよ。和泉さんは亜美子ちゃんのことが大好きなんだね。僕と二人で話している時とは全然顔が違うよ」
「え? そうですか?」
夢奈はそんなことを考えたこともなかった。確かに亜美子は夢奈にとって特別な存在だ。だが、他の人と話している時の顔が違うという自覚は全く無かったのだ。
「亜美子ちゃんに話したいことがあるし、そろそろ戻ろうか」
「そうね」
二人は部屋に戻る。一人で休んでいた亜美子は、だいぶ落ち着いたようだ。夢奈は亜美子の隣に座り、隆は二人の前に座る。
「亜美子、大丈夫?」
「大丈夫……」
その声は明らかに大丈夫ではない。ひどい風邪をひいたかのように枯れていたのだ。
「攻撃の反動だね。こんなになるまで頑張ってくれてありがとう」
隆は深々と頭を下げる。
「でも、とどめはなるべく僕が刺すよ。最期の最期に敵が何かしかけてきても、経験でわかるから」
亜美子は黙って頷く。
「そうだ。和泉さんは記憶が飛んでいるからさっきした話、もう一度するね」
隆は夢奈に向けてさっきの時間で話したことをもう一度説明し始めた。夢奈は相槌を打ちながら聞く。
隆の話は先ほどよりも早く終わった。
「わかったわ」
夢奈は一言だけそう言った。
「亜美子ちゃんが戦うことについては良いのかい?」
夢奈はちょっと上向いてうーんと考えた。
「本音を言うなら戦ってほしくないけど……なんだろう。一週間前の喧嘩の時に根負けしたのかな。今は受け入れられるわ」
前の時間と違い、夢奈は冷静に亜美子の思いを受け止めていたのだ。
「わかった。ご理解ありがとう。じゃあさっきの戦いの話をしようか。
今回の敵は三体複合型のサイレンの怪物で、怪物自体が音の攻撃を直に浴びることに弱かったみたいだ。それでどうにか勝てた」
「なるほど。ハウリングみたいなものね。ということは亜美子が大声攻撃でもしたのかしら?」
亜美子はニコニコしながら夢奈を見て頷く。もちろんあの時はハウリングなど知らず、ただヤケクソになって怒鳴っただけだ。たまたまうまくいったに過ぎない。
「亜美子ちゃんの声、敵の攻撃よりもうるさかったよ。もう二度とあんな声聞きたくない。
……そんなことより大事な話がある。この前もそうだけど、亜美子ちゃんの戦い方、ちょっと良くないね。結果として勝てたけどあれじゃ身体に負担がかかりすぎる」
亜美子は隆から目を下に逸らして振り絞る様に言う。
「自分でも……そう思う。だから……お願いがあるの……」
「お願い? 何かな?」
二人が煙草を吸っている間、亜美子は自分の戦いを振り返っていた。戦いの基礎もなく、行き当たりばったりの自分。このままだと、夢奈との約束は守れず死んでしまうだろ。亜美子は隆をまっすぐ見る。
「隆くん……私に、剣術教えて……」
「え?」
「ん?」
隆も夢奈も完全に目が点になる。何故いきなり剣術が出てきたのか全く分からなかったからだ。亜美子が続けて喋る。
「ほら、あの小説……『ジェミニR』の主人公が……」
それを聞いて二人は納得した。
『ジェミニR』とは姉を事故で失った中学二年生の女の子が、双子座の妖精の力で亜美子のように変身して、悪の組織と戦う小説だ。激しいバトルシーンと熱いキャラクターが大人気でアニメ化まで決まっている。その主人公が父親から剣術を教わりパワーアップするシーンがあるのだ。
亜美子は入院中に小夜から貰い、それを読んでいた。ちなみに『ジェミニR』を朝読み過ぎてしまったことが、今日の遅刻の原因だ。
「僕も読んだけど絶対にあれは無理だよ」
「私も……双子座生まれ……ジェミニだし……なんとか……ならないかな……」
夢奈はふふと笑う。一方、隆はただ困惑している。
「えーと……少なくとも僕はもう、どんなに鍛えてもあの小説家のキャラのような動きはできないよ。亜美子ちゃんが運動の天才だとして、それでも何年も鍛えてやっとできるかできないかだね。あの小説に書かれていることはそれだけすごいことなんだよ」
隆は剣術に近いものに心当たりがあった。だが、今の亜美子には不可能であり、変に真似されても危険なのであえてそれには触れなかった。
続けて夢奈が話す。
「私も現実的では無いと思う。主人公は家の地下の特訓場で、毎日父親から指導を受けながら気絶するまでトレーニングしているよね? 亜美子とは環境が違いすぎるわ」
亜美子は一般家庭であり、両親ともに何かの達人というわけでもない。夢奈の言う通り、亜美子と小説の主人公は環境が違いすぎるのだ。
「夢奈ちゃんも……読んでいたんだね……そうだね……私、一人っ子だし……お姉ちゃんが亡くなったとかも……ないから……環境が違いすぎる……かも……」
「いや、そこはあんまり関係ない気が……」
夢奈は苦笑いし、亜美子はがっくり肩を落とす。隆も肩を落とし暗い顔をしたが、すぐにふと何かを思いついた。
「いや、全く参考にならないこともないぞ。二人目の子。あの子は武術の達人だけど、それが参考になるかもしれない」
「え……? 二人……目……? 二人目が……いるの……?」
亜美子はきょとんとする。隆はその顔を見て、自分の過ちに気づく。
しまった……やってしまった。
二人目は二巻に現れるキャラだ。亜美子はまだ一巻しか読んでいなかったのだ。
「えっと……実は二人目もいるんだ」
「えぇ……ネタバレじゃん……」
亜美子は口を尖らせる。隆は平謝りするしかなかった。掠れた声でブーブー文句を言う亜美子を夢奈がなだめる。
亜美子はしぶしぶ隆を許す。
「もぉ……気をつけてよね……」
「すまなかった。これから先の話も若干ネタバレになるけどどうする……?」
亜美子は少し悩んだが、今後の自分のために聞くことにした。
「なるべくネタバレしないように話すよ。おひつじ座の子が身につけた武術に……」
「え……? おひつじ座……? またネタバレ……した……!」
「静かに聞きなさい。喉、余計に痛めるわよ?」
「……はい」
夢奈に少し強めに言った。しゅんとなった亜美子は静かに聞く。
「では、気を取り直して話すよ。その子の身に付けた武術には、気持ちを落ち着かせる技術があるんだ。
これと似たようなものなら、頑張れば習得できそうだね。亜美子ちゃんはもっと落ち着いた方がいいと思うよ。まずは落ち着いて戦おうよ」
「そうね。確かに亜美子は普段から落ち着きがないなから良いかもしれないわね」
「ちょっとぉ…… 夢奈ちゃん……ひどいよぉ……」
夢奈は「そう言うところだぞ」と言わんばかりに、亜美子を見て微笑む。亜美子はなんだか恥ずかしくなり、てへっと舌を出し頭をかいて苦笑いする。
「とにかく、まずは亜美子ちゃんのできる範囲で良いから、落ち着く時間を持つと良いと思うよ」
「あ……それなら私にも……できそう……」
夢奈は半信半疑だが、亜美子にはそれができる確信があった。
「もう今日はこのくらいしようか。二人ともありがとう。またいつでも来てね」
二人は隆にお礼を言って、今日のところは家に帰ることにした。
夢奈は亜美子の喉を気づかい、帰り道は何も話さなかった。それを察してか、亜美子は嬉しそうだ。帰り道が別々になるところまで来ると、二人は一旦立ち止まる。
「夢奈ちゃん……今日は……ありがとう……」
「大丈夫よ。亜美子も今日は疲れたと思うから早く寝てね。喉、お大事にね」
「うん……寝たら……治るよ……ありがとう……」
二人はそれぞれの家路へと歩く。
夢奈は家に帰る前に近所の公園に寄ることにした。子供たちがまばらに遊んでいる公園のベンチに腰掛け、携帯電話を開く。
TAKUYAさんが日記を更新しているわ。
夢奈はその日記を読む。どうやら、五月末に行われる人気ロックバンドのArt syrupのライブに落選し、酷く落ち込んでいるようだ。
夢奈はTAKUYAからそのバンドを教わっていた。最初に聴いた時はヴォーカルがあまりにも独特過ぎて、全く好きになれなかった。
でもTAKUYAの好きな音楽ということで頑張って聴いていたら、その独特さとそれにマッチするメロディと歌詞を好きになり、今ではこのヴォーカルでないとダメだと思っている。
夢奈はコメントを書く。
残念でしたね。でもきっと次がありますよ。いつか私もTAKUYAさんとArt syrupのライブに行きたいです。水の中のカルマを生で聴いてみたいな。
夢奈は送信を押した。『水の中のカルマ』は夢奈がこのバンドの中で一番好きな曲だ。毎回ライブでやっているらしい。夢奈は自分が書いたコメントをもう一度読み直す。
私もTAKUYAさんとArt syrupのライブに行きたいです……! え! わ、私、無意識で何書いてるの!? 消さなけゃ!
万が一を考え、夢奈は更新のボタンを押す。するともうTAKUYAから返事が来ていた。
良いね! 次、チケット取れたら一緒に行こうよ!
夢奈の顔面は火が吹きそうなほど真っ赤になる。心臓がバクバクしてくる。
えぇぇぇぇ。い、一緒にライブに行ってくれるの!? えぇぇぇ……!
夢奈はありがとうございますとコメントした。
妙にそわそわしている夢奈を、公園で遊んでいた子供達がじっと見ている。夢奈はその視線に気づいて、恥ずかしくなり公園を後にした。
はぁ……なんだか私、落ち着きなくて亜美子みたい。……きっと、あの子がいたから私にもこんな感情が芽生えたのね。




