序言 雨のあとには
1999年6月のある日。
この日は突然の豪雨に見舞われた。空が急に暗くなる。青空を灰色の闇が覆い尽くすようだった。世間では7月に世界の終わりがやってくるという噂があり、まさにその前触れ、とまで言うとちょっと大袈裟だが、近年稀に見る激しい雨だ。
その雨を4歳になるかならないかくらいの女の子が、大きめのスーパーの入り口に立って眺めていた。髪の毛は肩ぐらいまであり、前髪は眉毛が隠れるくらいの長さだ。
どうやら親とはぐれてしまったらしい。迷子のようだ。女の子は泣くこともできず、ただただ雨を眺めている。その時間は10分以上だ。子供にとっての10分は大人にとっての何倍もの時間に匹敵する。
その顔は空と同じくらい暗い。大人たちは誰一人声をかけることなく彼女を通り過ぎていく。風が吹く。冷たい風だ。雨が女の子に降りかかる。寒い。そんな時だ。
「こんにちは」
女の子は後ろを振り向くと、自分と同じくらいの年齢の背の高いおかっぱの女の子がニコニコしながら立っていた。
「私、まいご! あなたは?」
女の子は自分の名前を聞かれたと思い、雨音に掻き消されそうなほど小さな声で答えた。それを聞いたか否か、笑顔の女の子は一方的に話し始める。
「元気の出る言葉、教えてあげるね!」
笑顔の女の子はよくわからない言葉を元気な声で言った。日本語にない様な響きだ。もちろん、暗い顔の女の子は意味を理解していなかった。
「何それ?」
「わかんない!」
笑顔の女の子は大きな声で言った。周りの人の視線が二人に集まる。暗い顔の女の子はびっくりして一歩引く。そして、笑顔の女の子はさよならも言わずにお店の中へと消えていった。
こんなやりとりをしているうちに雨は止んでいた。一人取り残された女の子はさっき教えてもらった言葉を呟く。
何故だろうか。不思議と身体が温かくなった気がした。すると、女の子はあるものに気づく。
「わぁー!」
空に大きな綺麗なものが現れたのだ。さっきまでの暗い顔が嘘ように明るい笑顔になる。そう、まるであの女の子のように。
笑顔になった女の子は、後ろから自分の名前が呼ばれたことに気がつく。聞き慣れた声だ。女の子はすぐに後ろを振り返る。
「お母さん!虹が綺麗だよ!」
きっとあの言葉は魔法の言葉なんだ。幸せの魔法なんだ。あの子はたぶん虹の天使だ。また会えるといいな。
きっとまた会えるよ。