第13話 懺悔は自室で
前回のあらすじ
変身して戦いたい亜美子、戦わせたくない夢奈。いつのまにか二人は喧嘩になってしまう。
亜美子の身に起きたことを知った夢奈は、後日二人で雑貨屋Dream Houseへ行くことを決め仲直りする。
その帰り道、夢奈はTAKUYAという気になる人のSNSを見て顔を赤くする。
2009年4月29日。
この日は祝日。曇り空の下、夢奈は雑貨屋の前で亜美子を待っている。
うん。もう10分過ぎたわね。だいたいこのくらいに着くんだけど……道に迷ってないかしら……
夢奈が心配し始めた頃、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ごめん! 遅れた!」
「今日もいつも通りね」
亜美子が子犬のように駆け寄り、夢奈が微笑む。いつものような待ち合わせの光景だ。二人の胸元にはあのネックレスが輝いている。
亜美子は今日も遅刻を許された。だが、夢奈はいつも亜美子に甘いわけではない。病院の時のように、叱る時はちゃんと叱ってくれる。そして、何かあったら必ず助けてくれる。
夢奈ちゃん、優しいのになぁ……
亜美子は入院している時のことを思い出す。
一週間前。
「亜美子! 元気?」
「本当に心配したよ。」
「あ! 麗美ちゃん! 小夜ちゃん!」
夕方、学校が終わってから二人の少女がお見舞いに来てくれた。ボーイッシュな麗美と髪を二つ結びにして、眼鏡をかけた小夜だ。
他にも行きたがるクラスメイトはたくさんいたが、代表して二人が来てくれたのだ。小夜は紙袋を亜美子に渡す。
「亜美子ちゃん。これあげる。入院、長引いたら暇だろうし」
「ありがとう。でも明日には退院できそうだよ。しばらくは自宅療養になるけどね」
亜美子が紙袋を受け取る。小夜も麗美も嬉しそうだ。この紙袋の中身が、一週間後の夢奈との約束に遅刻する原因になるとは、この時はまだ誰も思わなかった。
この日も学校にいる時と同じようなおしゃべりを、三人で楽しんだ。そして、話題が夢奈のことになる。
「今日ね、夢奈ちゃんが朝からお見舞いに来てくれたんだよ!」
亜美子は目を輝かせながら言う。二人はその瞳が眩し過ぎて目を逸らす。
「あ、確かに和泉さん、学校午後から来たね。私も部活休んじゃったけど、学校まで休むのはちょっとやり過ぎな気も……」
麗美は夢奈が学校を休んだことをあまり快く思っていないようだ。小夜がフォローする。
「ほら! 和泉さんって亜美子ちゃんと特に仲良しだからさ! 和泉さんと仲良い亜美子ちゃんって本当にすごいよね!」
「すごい? なんで?」
不思議に思った亜美子が尋ねる。小夜はちょっとばつが悪そうだ。
あ、余計なこと言っちゃった。……もう仕方ないよね。
小夜は言うことに決めた。
「私、和泉さんのことちょっと怖くて……別に嫌なことされたわけじゃないけど……なんか近くにいるだけで緊張しちゃう……」
「和泉さんが怖いの私もわかるよ。小学生の時はおとなしかった亜美子が、話しかけに行ったのびっくりしたもん……」
「まってまって! 夢奈ちゃん怖くなんてないよ!」
亜美子は夢奈の良いところを必死になって説明する。どんなに頑張っても夢奈の良いところを伝え切れた気にはなれない。それほど、亜美子は夢奈が好きなのだ。
二人は亜美子の熱量に若干引きつつも、本当に夢奈のことが好きと言うのは伝わったようだ。
「みんなとこうして友達になれたのも夢奈ちゃんのおかげなんだよ! ……そうだ! 今度四人で遊ぼうよ!」
思い返すと夢奈とは二人でしか遊んだことがなかった。複数人で遊ぶチャンスもあったが、夢奈の都合の悪い日が多く実現できていない。
「わかった。今後遊ぼうか。和泉さんのこと怖いって言ってごめんね」
「最初に怖いって言ったの私だから。本当にごめんなさい。是非今度遊びたいね」
「ありがとう! 遊べばきっと夢奈ちゃんのこと好きになるよ!」
いつになるかわからない約束だが、亜美子は必ず実現させて夢奈の良さを二人に伝えたいと思った。
次の日。
亜美子は退院できた。しかし、身体がまだ本調子にならず、その週は学校を休み、次の週から登校したのだ。
ゆっくり休めて、亜美子はすっかりいつもの調子を取り戻した。連続無欠席記録と引き換えに。
2009年4月29日。
OPENの札がかけられた扉。手をかけたのは夢奈だ。この前とは打って変わって、二人とも緊張している。
「開けるわ」
夢奈は亜美子の方が心身に負担があると判断し、率先して開けた。
現に亜美子の負担は相当なものだった。自分のせいで右腕を失った雑貨屋さんを見ることが怖いのだ。でも、目を逸らしてはいけない事実。亜美子は夢奈と共に一歩踏み出す。
「いらっしゃいませ。そろそろ来る頃だと思っていたよ。立ち話もあれだし、午前中は臨時休業にするから上で話そうか」
とても暗い顔の店主が出迎えてくれた。ウェーブがかかった長髪も相まって、相変わらず女性と間違えてしまうほど美しい顔立ちだ。だが、その顔は明らかに沈みきっている。店の空気は重く澱んでいた。これでは営業も厳しいだろう。
亜美子も夢奈もその姿を見て心配になったが、右腕がちゃんとあることに安心する。
三人で重たい空気と一緒に、二階の居住スペースに向かう。外にある階段を登り玄関まで着くと、店主は鍵をあける。
「何もなくてごめんね」
扉の向こうにある部屋は、本当に生活に最低限必要なものしか置いていない。二人は軽く挨拶して、とりあえず床に座る。店主は冷蔵庫を開ける。
え? この人、何食べて生きているの?
亜美子は冷蔵庫の中身が見えてしまった。そこには一本の烏龍茶と大量の飲むタイプのゼリーが入っていたのだ。しかも、全部同じ味だ。
店主は烏龍茶を二人の前に置く。続けて、台所からコップを二個、左手で持ってきた。コップに烏龍茶を左手で注ぐ。
「良かったら飲みな」
「ありがとうございます」
夢奈は烏龍茶を一口飲んだが、亜美子は全く飲もうとしない。あることに気づいてしまい、とても優雅に烏龍茶を飲める気分ではなかったからだ。
やっぱり……私のせいだ……私のせいだ……
夢奈は亜美子の様子を見て、とても聞きづらい、だがはっきりさせなければならない質問をする。
「あの。右腕……具合悪いんですか?」
「あぁ。これね」
店主も座り、ウェーブのかかった綺麗な黒髪に左手で触り、力なく笑う。その顔は完全に諦めているようだ。
「全く感覚がないね。動かないどころか痛みさえ感じなくなってしまったよ」
亜美子はすぐに立ち上がる。
「ごめんなさい……」
目に涙を浮かべ、深々と頭を下げる。その姿を見た店主は表情を変えずに言う。
「僕が右腕を無くしたことなんてどうでも良いよ。それよりも君達に謝りたいことがあるから聞いてくれるかな」
どうでも良い? 自分の身体だよ? 私のせいでこうなったんだよ? 私がせっかく助けてもらった命を投げ出したから……
亜美子の心が喉元まで出かかった時だ。
「亜美子、もう座ろう。話を聞きましょう」
「うん……」
亜美子は夢奈に言われしぶしぶ座る。店主はゆっくり話し始めた。
「僕はあの時、すぐに学校へ向かった。すぐにでも助けに行きたかった……でも、校舎の周りに硬い霧のシールドが貼られていたんだ」
亜美子は校舎から聞こえる声が言っていた言葉を思い出した。
残念。多分、助けはしばらく来ないよ。
あの声を思い返すだけで嫌な気分になり、それが亜美子の顔に出る。
「ガラスが割れるような音が聞こえたけど、シールドが壊れた音だったんだね」
「そうだね」
一方、夢奈は自分の記憶にない話なので、黙って聞くしかなかった。店主は続ける。
「僕にもっと力があれば、君達に怖い思いをさせることもなかった。亜美子ちゃんを変身させる必要もなかったよ。全ては僕の責任だ。申し訳なかった」
店主は二人に土下座をする。まさか、自分よりも歳上の大人に、土下座までされると思わず二人は困惑し、逆に申し訳なくなってしまった。
「私は記憶にないし生きているし……とにかく、頭を上げてください!」
「私も雑貨屋さんのおかげで今生きているから……怒ってませんよ!」
店主はゆっくり頭を上げる。その顔は先ほどよりは明るくなったようだ。
殺虫剤の怪物と戦っていたあの時、霧のシールドを破壊すると、すぐにそれが校舎の上にいるのが見えた。殺虫剤の怪物も侵入者に攻撃されると判断し、とっさにグラウンドへ降りた。
しかし、店主は声で亜美子達がいると気が付いていたため、救出を優先して霧の中へ飛び込んだのだ。この時、霧の毒が自分に影響がない保証はなかったが、考えるより先に身体が動いていた。
その結果、怪物に不意打ちを与えることができた。店主はこのことを胸にしまい二人に話さなかった。
「ありがとう。僕は僕を許せないけど、君達の言葉は素直に受け取る。だから亜美子ちゃんも僕の言葉を素直に受け取って右腕の件は気にしないで欲しい」
亜美子は少し考えてから、何か決心をしたような顔になる。その目に涙はない。
「気にしないのは無理です。ただ、自分を責めるのはやめて、助けてくれたことに感謝します」
「ありがとう。感謝されたいわけじゃないけど、僕もその方がうれしいよ」
店主の表情はさらに明るくなる。しかし、それも束の間。店主は表情を引き締めて話し始めた。
「今日はもちろん僕の懺悔を聞きにきたわけじゃないよね。僕の知っていることは話すから、何でも聞いてよ」
亜美子の心臓がバクバクする。緊張している。いよいよ色々なことがわかるのだ。夢奈の方を見ると、頑張れと言わんばかりに微笑んでいる。亜美子は意を決して聞く。
「あの、私、変身したじゃないですか。あれ何ですか? そもそもあの怪物は何? えっと……」
亜美子はそういえばまだ店主の名前を聞いていないことを思い出した。店主はそれを察する。
「僕の名前は照井隆だよ。よろしくね」
照井……隆……? どこかで聞いたような……
だが、よく思い出せなかったので考えることをやめた。
「ありがとうございます。隆くんは何でたぬきになれるの?」
隆は少し遠い目になる。
隆くん……いきなり呼び捨てか。相変わらず、面白い子だ。……そういえば、久々にこの呼び方で人から呼ばれたな。
「ちょっと亜美子、照井さんは歳上なんだから失礼じゃない?」
「あ! ごめんなさい!」
「和泉さんありがとう。でも嫌な気はしてないしそれで良いよ。…………今から順を追って全て話す。この話、ちょっと長くなるよ。
あと今さらだけど和泉さんは亜美子ちゃんの身に起こったことは把握しているのかな? 僕が話す話もかなり荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど……」
夢奈は力強く頷く。
「全て聞きました。私は亜美子を、照井さんを、信じます」
「わかった」
隆は話し始めた。
 




