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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第一章 Metamorphose-変身まで-
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第12話 優しさに包まれたなら

前回のあらすじ



 たぬきは自らの右腕を犠牲にし、亜美子に変身して戦う力を与える。そして、その正体は雑貨屋の店主だった。

 だが亜美子は変身したばかりで力をうまく使えなかった。店主はどうにかたぬきがとどめを刺し、殺虫剤の怪物を倒した。

 CLOSEDの札がかかった雑貨屋Dream House。その中に店主はいる。オープンの準備をしている時間にまで巻き戻されたのだ。

 先程の戦いでたくさん怪我をしたが、今の店主には傷一つない。失った右腕も綺麗についている。

 店主は自分の右腕を見る。そして、諦めたように笑う。

 とりあえず、煙草でも吸いに行こうかな。

 店主はドアを開け外に出る。ふと建物に目をやると、そこにはいつもと変わらない壁があった。

 ……まさかッ!

 何故か店主はそれを見ると慌てて居住スペースへ行き、そこにあるパソコンで検索エンジンにアクセスする。この町の大きな道路で水道管が破裂したのがトップニュースになっている。


「こんなことになるなんて……」


 店主は左手で何かを調べ始める。




 調べ物を始めてから15分以上が経過した。


「やはり……そうか……」


 店主はパソコンの電源を落とす。

 頭の中にある思いが溢れてくる。ずっと見えないふりをしてきた思い。それが自分を痛めつける。嫌な汗が身体から吹き出す。頭が痛む。

 店主はピンクの煙草を持ってベランダへ出る。火をつけて煙を吸うと、ヤニで頭が少しくらっとして落ち着きを取り戻した。


「今日は臨時休業かな」


 店主は煙草を吸い終わっても、すぐには戻らなかった。自分の右腕をずっと見つめている。普段から悲しそうな目をしているが、より一層悲しそうだ。だが、枯れてしまっているのか、彼の目から涙は流れていない。


「亜美子ちゃんに、こんな思いさせられないな」


 店主は二本目の煙草に火をつける。

 あの少女の姿が頭に浮かぶ。今の店主と同じ髪型、ウェーブのかかった長い黒髪。甘いシャンプーの匂いまでが鮮明に蘇る。

 ……あいつに顔向けできないな。

 店主の吐き出した煙は空へと消えた。




 2009年4月22日。

 とある病院で、一人の少女がゆっくり目を覚ます。何か夢を見ていた気がするが、起きたと同時に忘れてしまった。でも大切なことを夢に見ていた気がする。なんだかモヤモヤした目覚めだ。


「おじさん! おばさん! 亜美子が起きました!」


 目覚めた亜美子を見て、夢奈は声をあげて喜ぶと、安心のため息をつく。お父さんとお母さんが駆け寄ってくる。


「亜美子! よかったぁ!」


「本当に心配したんだぞ。あんまり無理をするなよ」


 お母さんもお父さんも安堵の表情を浮かべる。だが、亜美子は今の状況を全く理解できていない。

 制服の夢奈ちゃんがいる……学校かな? あ、でもお父さんとお母さんもいる……


「あれ? ここは?」


「ここは病院よ」


 夢奈が状況を説明し始めた。

 一時間目の授業中、亜美子が突然倒れたのだ。そして、救急車が来てそのまま病院に搬送された。病院についてから眠り続け、今やっと目を覚ましたのだ。


「本当に心配したのよ。心配しすぎて体育の時間、私まですごく具合悪くなっちゃって、そのまま早退したの」


「え? 大丈夫?」


「今は自分の身体の心配をしなさい。私なら一晩寝て元気になったわ」


 夢奈は呆れたように言ったが、その口調からは嬉しさが溢れ出している。続けてお父さんが話す。


「医者が言うにはどうやら過労みたいだね。最近無理してないか?」


「だ、大丈夫だよ」


「それなら良いが…」


 亜美子はお父さんから目を逸らす。お父さんは何だか腑に落ちないようだ。


「この話は何度かしたけど、俺の最初の結婚相手は、突然死しているんだ。亜美子もそうならないように、日頃から体調に気を付けてな」


「うん。ありがとう。お父さん」


 亜美子はこの話を何度か聞いたが、聞くたびに不思議な気持ちになっていた。何度か写真も見せてもらったが、自分の親が自分の全く知らない人と夫婦だったことに、実感が持てないのだ。

 お父さんとの会話が終わると、今度はお母さんが話しかけてきた。


「和泉さんはわざわざ学校休んで、お見舞いに来てくれたんだよ。ちゃんとお礼を言おう」


 加藤家一同、夢奈にありがとうございましたと頭を下げる。夢奈は照れ臭そうに、いえいえと言った。


「亜美子も目が覚めたし、俺は午後から仕事するからそろそろいくよ」


「私も戻ろうかな。和泉さん、学校にいくなら送っていこうか?」


「ありがとうございます。でも、私はもう少し亜美子と話してから行きます」


 夢奈が丁寧に断ると、亜美子の両親は再度夢奈にお礼を言い、病室から出て行った。二人がいなくなるのを確認し、夢奈は真剣な顔で亜美子に聞く。


「もしかして、昨日も出たの?」


 亜美子は黙って頷く。病室の空気が張り詰める。


「今こうして無事ってことは、あのたぬきが助けに来たのね」


「それなんだけど……」


 亜美子は少し溜めてから、ゆっくりした口調で話し始めた。


「私、あの時死にかけたんだ」


「し、死にかけた? 何で!? 何があったの?」


 夢奈が驚いて声が大きくなる。亜美子は少しびっくりしたが話を続ける。


「ちょっと私がドジしちゃって……」


「ドジって……でもちょっと待って。時間が巻き戻っても怪我は治らないんでしょ? どういうこと?」


 夢奈が食い入るように聞いてくる。亜美子は自分が死ぬとわかりながら、夢奈を助けたことは言えなかった。それを言ってしまうと夢奈が罪悪感を持ってしまうからだ。


「たぬきが力をくれて……私、変身しちゃったの。そしたら身体も良くなって。そのあと私が怪物に攻撃したんだけど……全然歯が立たなくてさぁ。で、悔しい気持ちが込み上げて来て……そこから先は覚えてない」


「へ、変身!? 亜美子がたぬきにでもなったの!?」


「違うよ。日曜の朝にテレビでやっている、女の子が戦うあれみたいなのだよ。私、変身能力を手に入れたと思う」


「そうだったの……あれのオルタナティブってことね」


 夢奈は驚きつつも亜美子の話をすんなり受け入れた。もちろん亜美子はオルタナティブの意味をわかっていないようだったが、そんなことはどうでも良い。

 夢奈は恐る恐る亜美子に尋ねる。


「これから、どうしていくの? 怪物が出てきたらまた変身して戦うの?」


「戦う」


 亜美子はたくましい声で即答する。その声には固い意志と決意がある。しかし、夢奈は亜美子を睨みつけ、強い口調で言う。


「絶対にダメよ!」


「なんでよ!」


 亜美子も夢奈を睨みつけ、強い口調で返す。夢奈は早口でまくしたてる。


「危ないからに決まっているでしょ! 変身できるなら亜美子だけでも逃げれば良いのよ! 亜美子は時間が戻っても怪我が治らないんでしょ!? 最悪、死ぬかもしれないんだよ!?」


「でも、でも、私は守りたいの! みんなを守りたいの! 夢奈ちゃんを守りたいの!」


 亜美子は必死に訴えた。しかし、夢奈は全く聞く耳を持ってくれない。




 しばらく言い合うと少し落ち着いたのか、夢奈は冷静で重たく殴るような、それでいて優しい声で言う。


「たぬきが何とかしてくれれば、亜美子以外の人は死んでも元に戻るわよね? それなら亜美子が危険なことをする必要はないわ。よく考えてよ。私が死んだって別に問題はないわよね?」


 亜美子の表情がさらに険しく変わる。


「死んでも良いなんて言うなぁッ!」


 亜美子の甲高い怒号が、夢奈に浴びせられる。夢奈はビクッとしてそのまま黙り込む。亜美子も下を向いて黙り込む。




 秒針だけが鳴る病室。何分経っただろうか。それとも何秒か。二人には何時間にも感じた。すっかり重たくなった口を亜美子は開く。


「あのたぬきの正体ね。雑貨屋さんだったの」


「え? あの雑貨屋さん?」


「うん……」


 亜美子の肩が震え、その目から涙が溢れてくる。


「雑貨屋さんね、私を助けるために……右腕を……右腕を……無くしたの……」


「え……」


「だから私がやらなきゃダメなの。私がやりたいの」


 亜美子はその場に泣き崩れてしまった。夢奈は目に涙をいっぱい浮かべ、亜美子の頭を撫でながら言う。


「さっきはごめんね。退院したら一緒に雑貨屋さんへいこう」


「私も怒鳴ってごめんね。一緒に行こう」


 亜美子が首にかけたピンクの石のハートのネックレスを見せると、夢奈も青の石のハートのネックレスを見せる。こうして優しい喧嘩は終わった。


「もうお昼だし私もそろそろ行くね。お腹すいちゃった」


「本当だ。もうお昼だね。お見舞い来てくれてありがとう」


 夢奈は病室のドアを開けると、振り返り亜美子に手を振る。亜美子も夢奈に手を振り返す。夢奈はニコっと笑うと病室から出ていった。

 亜美子は夢奈が出て行ったドアを見つめている。

 夢奈ちゃん、ありがとう。でも私は……私は……戦いたいの。



 

 夢奈は学校へ行く前に、ファミレスでご飯を食べることにした。お昼時ではあったが、平日だったのでそこまで客は多くなく、すんなりと席に座れた。

 平日に大学生くらいに見える美人女子中学生が、一人でファミレスにいる。その光景は何となく周りの視線を集めてしまう。

 またこれにしようかしら。

 チーズが中に入ったハンバーグを注文し、携帯電話でWeXを開く。

 夢奈はユメメロ♡という名前でWeXをやっているのだ。クラスメイトは夢奈がWeXをやっていることを知らない。亜美子も、自分自身がやっていないのでもちろん知らない。

 夢奈はWeXに日記や読んだ本の感想を書いている。そして、自分の書い本の感想に、どうやらコメントがきているようだ。

 あ! TAKUYAさんからだわ!

 夢奈は彼から来るコメントがいつも嬉しかった。

 夢奈がWeXを始めたのはサービスが開始してまもない小学校4年生の時だ。その時に本好きのコミュニティに入って、彼とはそこで知り合い仲良くなった。もう5年近くの付き合いであり、亜美子よりも長い。

 TAKUYAというユーザーは夢奈より5つ歳上の男性で、今年有名国立大学に入ったらしい。彼はとにかく知識が豊富だ。そして教えるのも上手い。

 夢奈はWeXのメッセージ機能を使って勉強を教えてもらったこともあった。中学で習う範囲は余裕で超えていて、トップ校の高校生でも中々解けないような問題であったが、TAKUYAはうまく文章にして教えてくれた。

 さらにその文書からは気さくで、明るい人柄が存分に伝わってくる。

 いつか会ってみたいなぁ。

 夢奈にとってはTAKUYAとは友達というよりも憧れの存在だ。お互いに顔も知らないが、そんなことは関係ない。むしろ、顔がわからないから仲良くなれたのかもしれない。

 だが、亜美子と仲良くなってからは、少しずつだがTAKUYAに会いたいという思いが募っていった。リアルな人間同士の交流の楽しさを知ったからだろう。

 あぁ。でも私からは会いたいなんて言えないなぁ。

 夢奈のほほが少し赤くなる。

 

「お待たせいたしました。超美味チーズが入った最強ハンバーグです」


 注文の品が来た。夢奈は店員にお礼を言うと、お上品に食べ始める。思い返するとこの変な名前のハンバーグも亜美子のオススメだ。

 亜美子、あなたの気持ちはわかる。でも私は……私は……死なせたくないの。だって亜美子は……たった一人の友達だから。




第一章 Metamorphose-変身まで-【完】


【次章】第二章 Romance-恋と戦闘-


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