表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第一章 Metamorphose-変身まで-
14/71

第11話 魔法の言葉

前回のあらすじ



 殺虫剤の怪物に大ダメージを与えたたぬき。霧が晴れていく。

 だが、たぬきが見たものは、両手と下半身全てが溶けた今にも死にそうな亜美子だった。

「これはなかなか見られないよ。もっと見せて」


 校舎の声がそう言うと、殺虫剤の怪物のへこんだところ全てに目が現れる。

 たぬきはそんなことはどうでもよく、目の前の光景にただ絶望し、言葉を失う。


「お願い! お願い! 亜美子を助けて! 助けてよ!」


「助からないよ。もうすぐ死ぬ。時間が戻ってもこの子は無理だよ」


 心ない校舎の声に、同じく絶望した夢奈であったが、それでも必死に助けを求め続ける。校舎にいる男は嘲笑い、さらに挑発する。


「さぁ、どうする? どうする?」


 たぬきの頭に昔の記憶が蘇る。

 14歳くらいの少女との記憶。この学校と同じ制服を着た少女と楽しくおしゃべりをしている、なんてことない日常の風景だ。ウェーブのかかった長くて黒い髪の少女と、一緒にお話ししているだけ。それだけなのに幸せだった時間。

 たぬきは思い切り目をつぶり、何かを吹っ切るようにカッと見開く。

 オイラは、オイラは……今、目の前にいる亜美子を、亜美子を……死なせたくない。

 たぬきは亜美子のところまで走る。

 絶対に、絶対に死なせたくない。絶対にッ! 例え、亜美子に憎まれても……死なせたくないッ!

 亜美子のもとにたどり着くと右手を亜美子の身体にそえる。すると亜美子の身体の周りにピンクのオーラがフワッと現れ始める。


「おいおい。まさか、また同じ過ちを繰り返すのか? おまえも無事じゃすまないぞ?」


 大袈裟に心配したかのような声が、校舎から聞こえてきた。それはあまりにもわざとらしく、感情がこもっていないのは明らかだ。対照的に、たぬきの感情は爆発する。


「過ちでも構わないッ! 無事じゃあなくても……構わないッッッ!」


 たぬきの右腕にも同じようにピンクのオーラが現れる。


「うぉぉぉぉぉ! もっとだ! もっとだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 オーラは激しく光り始め、亜美子の身体を包んでいく。そして、たぬきの右手も同じように激しく光り、ピンクの光を亜美子の方に放つ。

 すると、亜美子を包んでいた光が、楕円型の球体になった。まさにピンク色の光の繭だ。

 たぬきはその光景を見ると、ニヤリと笑い地面へ倒れた。

 ポン。

 不思議な音と共に煙が出て、たぬきを包む。煙が消えると、たぬきの代わりに誰かが倒れていた。驚きのあまりか、夢奈の涙が止まる。


「え……あなただったんですか……?」


 それは夢奈の知っている人物だった。




 亜美子はピンクの光の繭の中で目を覚ます。


「ここが天国?」


 亜美子は自分の身体を確認する。


「手足が……戻っている。なんだか力もみなぎってくる。私、死んでない」


 ここはすごく心地が良い。亜美子はずっとここにいたいとさえ思えた。だが、亜美子は強い意志でそれを振り切る。


「ずっとここにいちゃダメ。行かなきゃ。この力があればなんとかなりそう」


 亜美子の頭にある言葉が浮かぶ。忘れていた言葉を思い出したかのような感覚だ。

 何故、自分がこの言葉を知っているか、この言葉が意味するものは何か、亜美子は全くわからない。だが、今この言葉を言う時だと本能が訴えている。亜美子は力強く言う。


「キュルラン・キュルラン」




 横たわっていたピンクの光の繭は縦になり、その形がだんだん人の姿へと変わっていく。そして、完全に人の形になると、眩しいピンクの光が放出された。


「亜美子! 亜美子!」


「心配かけてごめんね」


 夢奈は嬉しさのあまり声をあげる。てへっと笑う亜美子は傷一つなく立っていた。

 亜美子は身体の内側から、とんでもないエネルギーを自分に感じている。そして、その姿は大きく変わっていた。

 真っ黒な髪の毛は金色になり、濃いピンクのハートと薄いピンクの逆さハートが交互に四つ着いた髪飾りで結ばれ、縦巻きのポニーテールになっていた。

 服は薄いピンクを基調としていて、袖は白くホワホワして丸い。胸元から濃いピンクのハートが縦に三つ付いてついており、下に行くごとに小さくなっていく。その服は若干短く、ヘソが出ている。

 薄いピンクのスカートは上下にハートと逆さハートの白いフリルがついていて、太ももが少し見える。

 膝よりも長い白い靴下を履いており、薄いピンクのヒールの前には、濃いピンクのハートが付いている。

 まさに、この姿こそが魔法少女だ。


「なんか。姿まで変わっちゃった」


 亜美子は自分の姿を軽く見てから、自分の近くで倒れている人を見る。


「え……」

 

 その姿に、ただ涙が溢れてくる。


「初めて会った時、どこかで見た気がすると思った……こういうことだったんだ……」


 瞬時にこの人があのたぬきで、自分を助けてくれたと理解したのだ。この人物は亜美子も知っていた。


「雑貨屋さん……ごめんなさい。私のせいで……私のせいで……」


「良いんだよ。それより、もし、できたらで良いから、僕が回復するまであれと戦ってくれないかな?」


 店主は優しい声で亜美子に微笑む。しかし、その右腕は完全に消失していた。夢奈もそれに気付き、思わず息を呑む。

 亜美子は涙を拭いて力強く頷くと、殺虫剤の怪物を睨みつける。殺虫剤の怪物は体力が回復したのか、すでに起き上がっていた。しかし、もう霧を出す力は残っていないようだ。


「ほぉーこういうの久々だなぁ」


 校舎の声からはしゃぐ様な声が聞こえるや否や、亜美子は殺虫剤の怪物に突っ込んだ。店主は見守る。


「あれはなかなか速いぞ」


 そのスピードはたぬきこと店主さえも驚くものだ。


「喰らえ化け物!」


 殺虫剤の怪物は全く反応できず、亜美子の一撃を食らう。しかし、カーンという音とともに亜美子の手が痺れた。


「頑張れ! 亜美子!」


 夢奈の応援が聞こえる。だが、あまりダメージを与えられていないようだ。


「もう! なんなのぉ!」


 亜美子はがむしゃらに殴り続ける。自分の手が痺れても何度も殴る。あまりのスピードに殺虫剤の怪物は反撃できない。しかし、全くと言っていいほどダメージがない。


「何で全然効かないのぉ!」


「まだ力が出しきれないか…」


 店主が悔しい顔で戦いを見ている。すぐに加勢したいが、まだ身体が動きそうにない。


「あぁ! もう!」


 亜美子は手が動かなくなってきたので、殺虫剤の怪物から距離をとる。すると今度は殺虫剤の怪物が攻撃を始める。それを見た、店主の悔しさは増していく。


「あと少しなのに……」


 殺虫剤の怪物は先程の戦いでかなり弱っている。そのため、殴る蹴るの攻撃は亜美子に全く効いていないようだ。亜美子はその場から一歩も動かない。まるで弱い風に当たっているかのように。

 少しすると亜美子はガタガタと震えだし、ボソボソと何かを言い始めた。


「夢奈ちゃんに痛い想いさせて……雑貨屋さんのことも傷つけて……みんなや私を殺しかけて……」


 亜美子の身体にピンクのオーラが現れる。大気がバチバチと揺れ動く。


「なんか、嫌な予感がするぞ……」


 店主の呟きを簡単にかき消す大声で、亜美子は叫んだ。


「ふざけんなバカァァァァァァァァァァァァッ!」


 亜美子の全身から眩いピンクの光が放たれる。その光が校舎や体育館、学校の敷地内にあるもの、いや、学校の外にあるものまで全て飲み込む。

 ゴゴゴゴという音を立てて全ての建物が崩れ去っていく。夢奈も店主もあまりの眩しさに目をつぶった。




 光が消えたあとは瓦礫の山だ。しかし、夢奈も店主も傷一つついていない。殺虫剤の怪物はというと、目があったところ全てから黒い液体を流し倒れていた。

 力を使い果たした亜美子は倒れ込み、変身が解け体操着姿になってしまう。そして、そのまま気を失った。


「まだ倒しきれなかったか……そろそろ行けそうだな……」


 店主は小さい声で言うと、そのまま立ち上がる。そして、倒れている殺虫剤の怪物のところに歩く。ゆっくりと、何度も何度も転びそうになりながら歩いていく。


「とどめは……僕が刺さなきゃ……」


 殺虫剤の怪物の前に立つと、ポンという音ともに煙が出て、右腕のないたぬきの姿に変身した。

 たぬきは、失った自分の右腕を一切見ない。かわりに、敵である殺虫剤の怪物を睨みつける。深く息を吸い込む。


「これで終わりだぁぁぁぁぁ」


 たぬきは叫ぶ。そして、残りの力を全て込めてた左手の拳を怪物にぶつける。

 ゴォォンと鐘のような音が鳴り、殺虫剤の怪物から流れていた黒い液体が透明に変わる。それが消えると、洗い流されるかのように、空が青くなっていく。

 殺虫剤の怪物を倒したのだ。




 瓦礫の中で男は生きていた。本来なら死ぬはずの瓦礫の下敷きになっても、怪我一つしていない。


「こんなことになるなんて……これからが楽しみだなぁ」


 男は不敵に笑う。




 こうして時間は巻き戻り、たくさんの犠牲者を出したこの戦いも、怪物と共に歴史から消滅したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ